テスラが、Green Hills Software CEOでThe Dawn Projectを率いるDan O' Dowd氏に対し、全国規模で展開しているテスラの先進運転支援システムである「Fill Self Driving(FSD)」の危険性を訴え、議会に使用禁止を求める広告キャンペーンを取りやめるよう要求しました。
テスラはO'Dowd氏に対しCease and Desist Letter、日本語では停止、もしくは中止通告書と呼ばれる書面を送付して「テスラに関する誤情報」を拡散するのをやめるよう強く申し立てています。テスラいわくO' Dowd氏が実施した「テストと称するもの」は「テスラの技術の能力を誤って伝えている」とのこと。
動画は米国のテレビ広告のほかTwitterやYouTubeなどでも見ることが可能。O' Dowd氏が自ら登場し、ナレーションも担当して「10万人のテスラドライバーが、すでに公道でFull Self-Drivingを使っている」「テスラの完全自動運転(FSD)は、私がこれまで見た中で最悪の商用ソフトウェアだ」「議会にこれを禁止するよう伝えてください」と述べています。
O'Dowd氏の代理人によると、この広告キャンペーンには”7桁ドル”の費用が投じられており「米国の60%以上の世帯に届くよう数百のテレビ局で放映されている」とのこと。
テスラは、O'Dowd氏に送付した書類のなかで「個人とThe Dawn Projectがテスラの商業的利益を貶め、テスラの完全自動運転(FSD)ベータ版技術の能力に関する中傷情報を一般に広めている」としています。そして問題の子どものダミー人形を跳ね飛ばす動画の削除、公開している内容の撤回、広告制作のための、テスト含む制作費用、テスト方法や結果が規制当局の認めたものだったかなどを明らかにするよう要求しています。
O'Dowd氏と(The Dawn Project)の広告キャンペーンは、熱狂的なテスラファン(またはマスク氏のファン)たちからの反発に遭い、一部では自ら独自の安全性テストを実施して広告の意見を否定、非難する人たちもいましたた。その最たるものは、自分の子どもを車の前に立たせて実験した例(後にYouTubeが削除)でしょう。
ただ、そうしたイーロン・マスク絶対主義的な立場の人たちだけでなく、冷静な批評家たちからも、O'Dowd氏の動画が「テスラの運転支援システムの重大な安全上の問題を特定できていない」とするなどの指摘もありました。
電気モビリティ情報メディアElectrekは、この広告に関して懐疑的な視点を示す記事を掲載しています。その記事によると、O'Dowd氏の映像には「FSD Beta をアクティブ化する場面がなく、ドライバーが FSDをオンにしようとして失敗したことを示す画面が表示されている」とのこと。またFSDはまだマップ情報を使用するため、広告にあるようなテストコース上ではオンにしようとしてもできない可能性も指摘しています。
Electrekの問い合わせに対して、The Dawn Projectはテストでは間違いなくFSDを使用した証拠として、テスト走行を行ったドライバーArt Haynieの供述書に、FSDを使用したときに表示された「完全自動運転(ベータ版)について」という画面のハードコピーを添付してElectrekに返送しました。しかしその画面は、FSDをオンにしたときに表示されるのではなく、FSDベータ契約に同意したときに表示される警告で、FSDを使用していることの証拠にはなっていませんでした。そしてこれをプロジェクト側に指摘したところ、返答はなかったとしています。
ただ、その後The Dawn Project氏はFSDをオンにした状態を撮影した車内からの映像と称するものを改めてTwitterに公開しました。しかしその映像も、車がダミー人形に衝突するよりかなり前にFSDがハンドルをつかむようドライバーに警告し、人形が近づくにつれて減速、最後はどうみてもThe Dawn Projectが主張する25mphには満たず、20mph(約32km/h)にも届かない低速で当たっているように見えます。少なくとも広告映像とはまったく異なる速度や挙動に見えます。
この新たに見つかった疑問点を、Electrekは再び問い合わせたものの、O'Dowd氏は対応を拒否しました。
そんな噛み合わないやりとりがあったその日に、テスラはO'Dowd氏に対して冒頭の通告書を送付していました。この通告書では広告動画の矛盾を指摘するElectrekの記事内容も引用されています。
ちなみに、テスラが一部オーナーに販売しているFSDことFull Self Drivingオプションは、直訳すれば「完全自動運転」となるものの、テスラはこれが「レベル2の運転支援システム」だと説明しています。したがってドライバーはハンドルから手を離さず、問題が発生すればいつでも自ら運転できるよう備えておく必要があるものだということに注意が必要です。
カリフォルニア州陸運局(DMV)は、テスラの運転支援システムのAutopilotおよびFSDという名称などが虚偽広告にあたると主張しています。また米運輸省道路交通安全局(NHTSA)は、AutopilotおよびFSD、FSDベータなどと呼ばれるテスラの運転支援システムの安全性を評価する複数の調査を実施しています。
以下は蛇足。
こうしたやりとりに前後して一般のFSDベータ版テスターのひとりJames Locke氏が、FSD使用中のテスラ車がうまく右折できなかったり、基本的な運転操作にすら手こずるかのような挙動を示した動画をSNSに投稿して、これまでこの機能に3万2000ドルも費やしてきたにもかかわらずまだ多くの仕事が残っていると述べました。これは一般テスターからの正直な感想ツイートといった感じのものに見えます。ところがイーロン・マスク氏の目には批判ツイートかなにかのように映ったようで、「まだ開発途上のベータ版を売って欲しいと言っておきながら、それを手にしたら文句ばかり言うのはやめて欲しい」とLocke氏にマスク氏本人から返答が返されてきました。
マスク氏は以前、Twitterで「早期バージョンであるベータ版には既知の問題がたくさんある。限られた車種や対象者を絞って限定的にリリースしていくのは、未知の問題を発見するためだ」と述べ、実際、今年2月には、AutopilotやFSDの改善のためなるとして「特にネガティブな評価を求めている」とフォロワーに呼びかけていました。ただ、上にあるようにセンセーショナルな映像を使ったFSDへのネガティブキャンペーンが行われたことなどで、マスク氏もさすがに少し落ち着きを失っていたかもしれないとはいえ、わざわざ高額なFSDハードウェアの追加料金を支払ってまで、その開発の無償テスターになってくれている人の意見に対しては、むしろ感謝の言葉を返すべきだったはずです。
しかし、Locke氏もLocke氏で相当なマスク氏のファンのようで、マスク氏本人から愚痴めいた返答を受けるや即座に謝罪、その後のツイートを追ってみてもテスラやSpaceXそしてマスク氏を礼賛するツイートを多数発しています。ここはもう少し自身の意見を主張して、骨のあるテスラオーナーの姿を示して欲しかったところです。