打ち間違い・変換ミスのことを「typo」ということがある。
typoは英語でタイプミスを示す俗語で、typeのeをoと打ち間違う……という話に由来する。冷静にキー配列を考えるとeとoはあんまり打ち間違えないようにも思うが、それはそれとして、だ。
ライターの仕事はtypoとの戦いだ。
理由はいくつかある。
・本来間違えていてはいけない
・文書の生産量が多いのでtypo混入の可能性もその分上がる
・スピードが必要なのでtypoしやすさも上がる
・その割にうっかりしがち
書籍などのように何回も、複数人の手を経るものならtypoは減らしやすいのだが、日々の作業だとtypoをゼロにするのは難しい。
というわけで今回は、typoを減らすツールとして登場した「Typoless」を使ってみたい。
※この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2023年10月30日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。コンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もあります。
▲朝日新聞社が提供する、ウェブベースの校正支援サービス「Typoless」
Typolessは朝日新聞社が提供する校正支援サービスで、個人向けにも有料で提供される。
今回は、筆者が日常的に使っている2つのサービスと比較しながら、実際に使って価値を確かめてみたい。
日常的には「Microsoftエディター」を使っているが……
本来、記事はtypoがゼロであるのが望ましい。それは百も承知なのだが、人間どうしてもtypoを見逃すことはある。
それを少しでも減らすため、もう何年もの間、いくつかの「校正支援ツール」を使っている。
現在日常的に使っているのは、Microsoft Wordの「Microsoftエディター」だ。
これはマイクロソフトが2021年にリリースした機能で、2020年からテスト公開されていた。AIの機能向上とともに生まれたもので、それ以前にWordに搭載されていた校正支援機能に比べ、だいぶ精度が上がっている。現在はウェブ経由とWord経由、どちらからも使える。Wordで原稿を書いているからということもあるが、ワンクリックかつ簡単なので日常的に使っている。
ただ、それでも精度は完璧にはほど遠い。
以下は、本メルマガ211号掲載の「西田の論壇」をMicrosoftエディターでチェックしたものだ。指摘はすでに「ゼロ」だが、実際にはいくつものtypoがあった。
▲Word上の「Microsoftエディター」。右側に校正指摘が表示される。表示は「ゼロ」だが、実際にはいくつものtypoがある
筆者が使うもう1つの校正支援サービスである「ATOKクラウドチェッカー」に同じ文章をかけてみた。
▲ATOKクラウドチェッカー。Microsoftエディターも見逃した指摘を出してはいるものの、使い勝手も表示も見にくい
ATOKクラウドチェッカーは、日本語入力ソフト「ATOK」のサブスクリプション版である「ATOK Passport プレミアム」に付属する機能で、ウェブから利用する。ご覧のように、いくつかの指摘があるのがわかるだろう。
この指摘は間違いではないのだが、指摘された部分の一覧性がイマイチで、修正もちょっとめんどくさい。指摘内容もだいぶ的外れで、Microsoftエディターに比べ精度も劣る、というのが筆者の印象だ。
ATOKクラウドチェッカーは2014年にリリースされたもので、それ以来外観的な機能がほとんど刷新されていない。そのため、正直機能的には時代遅れである感が否めないのだ。
AI指摘をわかりやすく示す「Typoless」
というわけで、これらの結果を踏まえた上で、Typolessを使ってみよう。
Typolessを個人契約で使う場合、「スタンダード」と「プレミアム」がある。どちらも有料で、価格は月額2200円と5500円。正直かなり高価で、文章を生業にしている人でないとなかなか度胸のいる値付けである。
▲Typolessの価格一覧。基本は月額2200円もしくは5500円の有料サービス。個人向けには2週間の無料体験がある
ちなみに、Microsoftエディターは無料で使えて、ATOKクラウドチェッカーは月額600円(ATOK Passportプレミアムの価格)なので、コスパだけで言えば比較にならない。
だが、UIや指摘内容はずっとリッチだ。
以下は「スタンダード」プランでTypolessを使った時のものだ。Microsoftエディターでは指摘されなかった点がちゃんと出てくるし、ATOKクラウドチェッカーよりずっとみやすい。
▲Typolessを「スタンダード」で使った時の校正指摘。右側に指摘が並ぶ
スタンダードでの指摘内容は、AIを使った校正支援指摘に限定される。要は打ち間違いや句読点の抜け、入れ替えた方がいい言葉の指摘などである。
みたところ、指摘はもっともなものが多い。英語の綴りに関するtypoはMicrosoftエディターの指摘の方が正確で正しいが、日本語についてはTypolessの方が正しい。
▲指摘の1つを拡大。表記揺れにつながる指摘は確かに大切
ただ、「それは間違いじゃないでしょ」という、固有名詞に関わる指摘や、文章のテイスト的に残しておきたい指摘も出てくる。
▲こちらの指摘はその通りだが、文章表現的にこのままがいい
▲「パ」と「バ」の確認のつもりなのだろうが、ここは間違ってはいない
この辺は、「校正指摘=間違いではない」という観点で行われているのだろう。
文章のチェックというと、多くの人は「間違いを指摘される」と思いがちだ。だが校正指摘とはそういう性質のものではない。第三者の目から見て「間違いかもしれないもの」を筆者に再確認のために指摘する……という考え方だ。
だから、多めに指摘が出ても気にすることはない。読んでみておかしくなかったら、指摘マークの右下にある「ゴミ箱」マークをクリックし、指摘は無視してしまえばいい。
実は指摘量については、「積極的」から「消極的」までの3段階で切り替えが行える。この辺は好みで切り替えてもいいだろう。
▲上の方には指摘量を変更するためのスイッチもある
「プレミアム」は高いが「記者向け」指摘が充実
では、より上位の「プレミアム」ではどうだろうか?
こちらではAIベースの校正に加え、同音異義語や当て字の利用ルールなどの指摘もある。こうした部分は、朝日新聞社内で新聞記者向けに提供されているツールのデータを活用しているようだ。
▲「プレミアム」での校正指摘。用語ルールに則った指摘がブルーで表示されている点に注目
多くの新聞社は、社内記者向けに校正支援機能のついた専用エディタのようなツールを提供している。ベースになっているのは、NTTデータが開発している「Press Term」が多いと認識しているのだが、そこに新聞社向けの表記ルールを読み込ませて使う。使われるのは、朝日新聞社の場合には「朝日新聞の用語と取り決め」、通称「赤本」と呼ばれるルールをまとめた本があり、それ以外の一般的な出版社だと、共同通信社の「記者ハンドブック」が使われることが多い。
Typolessの「プレミアム」では「朝日新聞社の校閲ルール」を使っている、ということなので、おそらく赤本ベースのルールで指摘が行われているのだと考えられる。
多くの場合、このレベルの指摘は「多すぎる」と感じる人が多いと思う。だがプロ向けとしては、確かにここまでやってくれた方がいい。
結論から言えば、Typolessは間違いなく有用だと感じる。価格的には確かに高いが、筆者は使い続けたいと思った。プレミアムのまま使い続けるかどうかは、ちょっと思案するが……。
できればこれを、シンプルなウェブベースではなく「他のアプリから呼び出せる機能」が欲しい、と思う。
例えばウェブブラウザのExtensionやGoogleドキュメントのプラグインになっていると、文書をコピペする手間が省ける。Copilot in WindowsなどのOSビルトインツールから、「今書いた文書をTypolessで校正して結果を見せて」と命令して使えたりしたら便利だろうな、とも思う。
そういうAPIベースでの連携はこれからのツールに求められていくものなので、有料提供するなら、ぜひがんばって整備をお願いしたいと思う。
さて、最後に。
ここまで書いたこの原稿を、Microsoftエディター・ATOKクラウドチェッカー・Typolessに通した結果も示しておこうと思う。
▲上から、Microsoftエディター/ATOKクラウドチェッカー/Typolessの指摘。Microsoftエディターに通してからTypolessにかけるのが良さそうだ
なお、みなさんが最終的に読んでいるのは、Typolessを通して修正した後のものなので、ご安心を。