『ゲーム・オブ・スローンズ』原作者ジョージ・R・R・マーティンが物理学論文を共著。架空の超人化ウイルスをモデル化

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Munenori Taniguchi

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『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作者として知られるファンタジー・SF小説家のジョージ・R・R・マーティンは最近、その作品リストに査読済みの物理学論文を加えました。

先日American Journal of Physicsに発表された研究論文には、米ロスアラモス国立研究所の物理学者イアン・トレギリスの共著者としてジョージ・R・R・マーティンの名が記されています。

トレギリスには、シェアードワールドSF小説『ワイルドカード』シリーズの著者のひとりという側面があり、この研究も『ワイルドカード』に登場する、異星人がもたらしたウイルスを科学的に分析検証したものとなっています。

シェアードワールドとは、複数の作家による独立した一連の創作物における、共通の舞台設定を適用した架空世界を指す言葉です。また『ワイルドカード』シリーズはマーティンと『新スタートレック』の脚本などに関わったメリンダ・M・スノッドグラスが編集しており、2024年2月時点で合計40人以上の作家が執筆、32作品が発表されています(日本語版も何冊か出版されていたが現在は絶版)。

さて、今回発表された論文「Ergodic Lagrangian dynamics in a superhero universe」は、その『ワイルドカード』シリーズにおける重要な題材である、架空のウイルスについての、トレギリスとマーティンの研究を記したものとなっています。このウイルスは、第二次世界大戦直後の地球にやってきた異星人によってもたらされ、感染した人の90%を死滅させてしまいます。一方で、生き延びることができた人々も、ウイルスの作用によってDNAに変化を来たすことは避けられません。

感染でもたらされる変化にはいくつか種類があり、生存者10%のうち9%は、外見的な変異をともなう「ジョーカー」に、残りの1%は超人的な能力を身につけ「エース」と呼ばれる存在に枝分かれします(エースの中でも、獲得した能力がまったく役に立たない類いだった者は「デュース」と呼ばれる)。さらに、身体的な突然変異と超人的な能力の両方を示す「ジョーカー・エース」がまれに登場するほか、ほとんど観察できないほどのごく弱い変異しか起こらなかったジョーカーおよびエースからなる「クリプト」と呼ばれるグループもあります。こうした変化の不確実性から、このウイルスは「ワイルドカードウイルス」と呼ばれています。

トレギリスは、『ワイルドカード』のウェブサイトでこのウイルスに関する科学的な憶測や議論を目にし、「理論的な専門家として、シンプルかつ基礎的なモデルでその特性を整理できるのではないか」と考えました。そして「他の物理学者と同じように、最初は封筒裏の走り書きのような、大雑把な計算から始めた」ものの、ついついのめり込んでしまい「最終的にはこれをブログのネタにするより、真面目な物理学論文に仕上げるほうが簡単かもしれない」との考えに至ったとのことです。

論文研究とするにあたり、ウイルスが物理法則を無視するような超能力をどうやって人間に与えるのかという疑問点には、本質的な回答が得られないことがわかっていました。そのため、トレギリスとマーティンは、ワイルドカードウイルスの感染によって人体に生じる 90:9:1 の変化の分岐に着目し、ウイルスの振る舞いを数学的に説明するためにこれを「単純な動的システムに置き換え、その時間平均動作により、『ワイルドカード』の世界における物語の展開と一致するような結果の統計的分布を生成、物理学の概念の幅広い柔軟性と有用性を実証すること」を目指しました。

最初はフラクタル構造と熱力学の類似性に基づくモデルが試されました。これは、ウイルスが起こす突然変異の複雑な性質と、それが人間の遺伝学に及ぼす意図しない影響を反映します。複雑なアイデアを一貫した理論的枠組みにまとめる作業は、文学的創造性と科学的厳密さを融合させるというトレギリスならではの先駆的な取り組みと言えるかもしれません。しかし、トレギリスとマーティンは、これは楽しくも終わりのないパズルだったとも語っています。

いろいろな試行錯誤を経て、最終的な結果として得られたのは、感染者間のウイルスの相互作用における力学を説明する「ラグランジアン定式化」と呼ばれるものでした。このアプローチにより、研究者は力ではなくエネルギーの力学を通じてシステムの挙動を分析できるようになったとのことです。

なお、ワイルドカードウイルスは物理学でモデル化できるものの、それが原作『ワイルドカード』シリーズでの絶対的なルールというわけではありません。そして物語の本質は「登場人物たちが何を求め、何を必要とし、どんな障害や課題があり、そして彼らがどのようにして世界と関わっているのかということ」だとトレギリスらは述べています。

トレギリスとマーティンは、ワイルドカードウイルスの広範囲にわたる影響について調査を続けています。物理学者と小説家によるコラボレーションは、科学と文学の両方に新しい考え方を生み出し、現代の社会的課題を乗り越える上での科学リテラシーの重要性を示していると言えそうです。

ちなみに、原作『Wild Cards』は2016年にTVドラマ化の企画が持ち上がり、2018年にはHuluが製作に加わって、2019年4月の放送開始が予定されていました。しかし製作は遅れ、2021年に権利がPeacockに移行したものの、2023年にはWGAやSAG-AFTRAによるストライキなどもあり、現在もまだ配信に至っていません。


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《Munenori Taniguchi》

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