17年の歴史を背負い、ヒリヒリしたエッジを歩く(小寺信良)

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小寺信良

小寺信良

ライター/コラムニスト

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18年間テレビ番組制作者を務めたのち、文筆家として独立。家電から放送機器まで執筆・評論活動を行なう傍ら、子供の教育と保護者活動の合理化・IT化に取り組む。一般社団法人「インターネットユーザー協会」代表理事。

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(筆者がフィルムカメラで撮影した2005年のサンフランシスコ)

TechnoEdge創刊へ寄せて

ガジェット系ニュースサイト「Engadget 日本版」が17年の歴史に幕を下ろした。そしてその事実上の後継メディアとも言える「TechnoEdge」が創刊となった。まずは創刊おめでとうございます。

コンピュータテクノロジーを報じることがビジネスになり始めたのは、1980年代前半のことだったろう。1982年に発売されたNEC PC-9801、富士通FM-7のヒットに同調するように、Oh!PC、Oh!X、Oh!FM、マイコンBASICマガジン、ログイン、テクノポリスといった情報誌が次々と登場した。

パソコン誌の隆盛によって技術系出版社が大きくなり、それが1998年以降のインターネット爆発に載ってテック系WEBニュースサイトへ繋がっていった。現在も多くの技術系ニュースサイトは、出版業がベースとなっている。

そんな中、2004~2005年ごろに米国で 「Gizmodo」や「Engadget」といったブログ系ニュースサイトが数多く誕生した。これらはブログシステムを使ってサイト管理を効率化することで、短い記事をスピード感を持って出すことができた。またそのテイストも、タイトルがシャレていたり、表現にひねりを加えていたりするスタイルであった。

出版をベースとしないメディアの強みとしては、ゴシップやリーク情報も扱える点が挙げられる。結果として誤報や、イタズラネタを掴まされるといった失態はあったものの、噂を噂として扱うメディアとしての「荒さ」は同時に「強さ」でもあった。

こうしたテイストを日本語で展開するには知恵がいる。これをうまくさばいたのが、Ittousai率いる初期のEngadget 日本版だった。丁寧なですます調ながら、ダメなところを困惑口調で語るという独特の距離感が多くのフォロワーを生み出したものの、最終的には本物に迫る書き手はとうとう現われなかった。

組織が大きくなり、Ittousai氏が書き手からディレクションに回るようになると、その独特な文体を目にする機会が減ってしまったが、「Engadget 日本版は特別」という意識は多くの人の心に長く残った。

「報じる」から「創る」まで

Engadget 日本版がガジェット系ニュースサイトとしてローンチした2005年は、大手家電メーカーですら迷走した時代である。DVDプラスマイナス戦争はまだ決着が着いておらず、音楽プレーヤーはiPodに負け続けていた。衛星モバイル放送、通称「モバHO!」が鳴り物入りでスタートしたが、1年経っても成果は出せなかった。秋葉原は永らくバスケットコートだった神田青果市場跡地の再開発が始まり、「PCパーツ街の次」の姿を模索中だった。

そんな中、アメリカ、韓国、台湾では早くもハードウェアベンチャーが産声を上げつつあり、そこから次々と怪しげな「ガジェット」が生み出されてきた。ちょっと秋葉原の裏路地に入ればそうした品が手軽に買えた。ちゃんと動いても動かなくても、とにかく変で、面白かった。

やがてこうしたムーブメントは日本にも飛び火し、2008年~2010年ごろには多くのベンチャーが立ちあがった。中国工場が小ロットでの生産を引き受けるようになると、ハードウェアの作り方が変わっていった。大手家電メーカーはDVDに続き、次世代DVDでさらなる迷走を続けており、カメラはにわかに沸き起こった3Dブームに浮き足立った。

同時に日本もようやくスマートフォンの時代が幕を開けた。日本でiPhone 3Gは発売されたのが2008年。そこから多くのガジェットは、スマホのエコシステムに組み込まれていった。だが日本でスマホ所持率がガラケーを超えるまで、そこから7年もかかっている。

「ガジェット」は、情報だけでも面白い。だが広い読者にアプローチしようとすれば、一般紙に近くなる。だがEngadget 日本版はそうしなかった。よりニッチな方に深入りし、濃い読者とコミュニケーションを取るようになっていった。

そうした経緯から、ガジェットは「情報」だけでなく、「発明する」「自分で作る」「体験する」へと移っていく。Engadget 日本版は、以前から「Engadget Night」のような小規模イベントを主催していたが、やがて読者を巻き込んで「電子工作部」を結成。3Dプリンタも廉価で買えるようになると、色々と話が変わってくる。

秋葉原の旧練成中学校をリノベーションした「アーツ千代田 3331」に拠点を移した2014年以降、大規模なフェスを開催していった。ガジェットメーカーが新作をブースで出展したり、学生がハードウェアアートを展示したり、特定のテーマでガジェットやサービスのアイデアを考えるアイデアソンから、実際にそれを作ってしまうハッカソンまで、Engadget 日本版が日本のガジェットのゆりかごとなっていった。

ドローンの可能性も、Engadget 日本版が積極的に扱ってきた分野である。「アーツ千代田 3331」の屋上を利用した「クワッドコプター選手権」も3回開催したが、2015年のドローン首相官邸突入事件をきっかけに、すべてのドローンが急速に危険視されていった。人間、わからないものは怖い。

そこで第3回のクワッドコプター選手権のプレイベントとして筆者も協力し、「ドローンソン」を開催した。「間違った使い方には、役立つ使い方で対抗しよう」をコンセプトに、カラス退治、五輪の輪を描く集団飛行、迷子捜しなど、多くのアイデアが検討された。救急救命士育成の視点から、医療用医薬品「エピペン」をドローンで運ぶという実験の様子も公開された。これらのアイデアの中には、現在実用化されたものもいくつかある。

Engadget 日本版には、ホワイトハッカーのマインドがあった。

TechnoEdgeに期待するもの

さて、新生TechnoEdgeには皆さん何を期待しているのだろうか。ある人はIttousai氏の文章が再び読みたいと思うだろう。またある人はガジェット系オンラインイベントに期待するだろう。モノ作りやクラウドファンディングの情報に期待する人もいるかもしれない。TechnoEdgeは新メディアでありながら、17年の歴史と期待を背負うことになる。

すぐにすべての期待に応えることはできないかもしれない。Engadget 日本版は日本のガジェット界に深く刺さっており、手がけたジャンルはあまりにも多岐に渡る。

だがまあ、Ittousai氏は自分の好きなようにやるだろうし、多くの人はそれで納得するだろう。彼がいる限り、マインドは変わらない。著名ミュージシャンが違うバンドを組んだようなものだからである。

これからTechnoEdgeが創っていくものは、なんにしろ「おもしろいもの」に違いない。ずっと純粋に「おもしろい」を追求してきたメディアの次の一手に、刮目しておきたい。

《小寺信良》
小寺信良

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