イーロン・マスク氏によって買収されたTwitterをめぐるニュースが連日世間を騒がせています。
関連記事:Twitter、イーロン・マスクによる買収が成立。CEO・CFOほか幹部は退職
従業員の大量解雇や、認証バッジをめぐる紆余曲折、あるいはアメリカ中間選挙などといったイベントにまつわるフェイクニュースの蔓延をどのように止めるのかといったように、議論はイーロン・マスクというエキセントリックな人物を中心にして加熱する一方です。
関連記事:イーロン・マスク、Twitter社員の大量解雇を開始。不当解雇の集団訴訟も
関連記事:Twitter、旧「認証マーク」は本人確認なしで誰でも購入可能に。著名人は新設の「公式マーク」で区別
あまりに情報が多いため、これまでの経緯はどうったのかをご存知ないひとには、そもそもどうしてこれだけ大きな問題として取り扱われているのか、わかりにくい面もあるでしょう。
そこで、これから3回の記事で、イーロン・マスクによるTwitterの買収をめぐる話題について、要点を絞って整理してみたいと思います。
第1回目は、急に進められた従業員の解雇と、なぜイーロンがサブスクリプションサービスのTwitter Blueの改修を急いでいるかに着目します。
まるで災害が起こったような大量解雇の現場
イーロン・マスク氏によるTwitterの買収提案が行われたのは2022年の4月です。Twitterは一週間後にそれを受け入れ、一時はイーロン側が買収額に難色を示して手続きを停止したために訴訟になるなどの混乱もあったものの、最終的には10月の末に買収は完了したのは報道のとおりです。
買収が成立すればイーロンが大量解雇に踏み切ることは事前から報じられていました。一時は全従業員の75%を解雇するのではないかという観測が流れて(Washington Postの記事)、その後否定される(Engadgetの記事)といったように、社員は不安な状況に立たされていました。
実際に買収が成立すると、イーロンはすぐにCEOのパラグ・アグラワル 氏、CFOのネッド・セガール氏をはじめとする取締役を解雇し(TechCrunch)、最初の改革であるTwitter Blueのアップデートにむけて社員に号令をかける一方で、Twitter全従業員の半数以上にあたる、4000人近い人員の整理に着手します。
「Twitterを会社として健全な状態にするために、全世界の従業員について人員削減を行う困難なプロセスを開始する」
回覧されたTwitterの社内メモで従業員たちはこのように告げられます。そして11月4日金曜日の朝9時(太平洋時間)に結果は知らされることになっていました。
多くの従業員が超過勤務でTwitterのサブスクリプションサービスTwitter Blueのアップデート作業をすすめるなか、予告された9時よりも早く異変が始まります。一部の社員が会社のGmailやSlackにアクセスできなくなったのです。
この様子は社員からの匿名の報告をまとめたケイシー・ニュートン氏のSubstackニュースレターの記事に迫真の描写で紹介されています。
社員たちが社内システムで互いにお別れを告げ、幸運を呼びかけ合うなか、一人また一人とメンバーが返事をしなくなっていきます。
チームの誰が残っているのかわからないので、残された従業員が連絡がつくメンバーのリストをGoogle Docsでまとめながら業務に当たる様子は、まるで災害が発生して半数の社員が犠牲になったような、異様な雰囲気です。
最終的に、シャノン・ラジ・シング氏をリーダーとする人権問題に対応するチーム、ジェラード・K・コーエン氏率いるアクセシビリティのチーム、渉外チーム、機械学習における倫理と透明性を検討するチームがまるごと消滅し、キュレーションやモデレーションに携わるチームも15%ほど削減されることになります。
ほかにも日本を含む海外のスタッフの多くが解雇通告をうけたとされていますが、これらの海外部署はもともとどれくらいの人員がいたのかわかりにくいため、その実態は外からは掴みづらくなっています。
その一方で、拙速に解雇通告をだしすぎたために日常のオペレーションに必須の人員も切ってしまい、あわてて呼び戻そうとしている、そうした行動に伴う法的な混乱も生じているとの報告があります。
短期的には影響が見えにくいものの、これだけの人員削減をした影響は小さなバグや、負荷がかかったときのサービスの提供状態が不安定になるといった形で次第に現れるのではないかと予想している元従業員もいます。
実際、2009年に廃止されたはずの旧RT機能に戻ってしまう人や、アカウントが理由もなく凍結されたり解除されたりするケース、リプライが読み込みにくかったりフォロワー数が実態を表していない、トレンド欄でキュレーションされていた記事の更新がとまるなどといった異常がいくらか報告されるようになっています。
なぜイーロンはTwitterの収益化を急いでいるのか?
ここで興味深いのは、イーロンがアメリカ雇用法 WARN Act に違反するリスクを伴う大量解雇をなぜ急いだのか、なぜサブスクリプションサービスであるTwitter Blueの値上げを急いだのかです。その背景は、今回の買収によってTwitterとイーロン自身に大きな負債が生まれたことが理由ではないかという指摘があります。
今回の買収は形式としてはLBO(Leveraged Buyout)、つまりTwitterが現資産や将来のキャッシュフローを担保として、銀行や投資家から借金をするという形で進められています。
今回が普通のLBOと違うのは、出資する側に買収する本人であるイーロンが加わっている点です。銀行からの出資にオラクル共同創業者のラリー・エリソン氏やサウジの投資家であるワリード・ビンタラール王子などの投資と、すでにイーロンが個人で購入していたTwitter株などを勘定にいれて整理すると、Twitterは出資者に対して130億ドルほどの借金をしているという計算になります。これは利子だけで年間10億ドルに達することを意味します。
イーロンが買収直後に大量解雇に踏み切り、Twitter Blueの値上げを告知した背景には、こうしたTwitterのキャッシュフローの厳しさがあるというわけです。
また、もともとTwitterが近年、特に2021年にRevueなどといった会社の買収を通して人員が急に増えていたという経緯もあり、1年前に退任したTwitter創業者の一人、ジャック・ドーシー氏もこれを謝罪しています。イーロンが踏み切った大量解雇には、これを是正する目的もあったとみられます。
具体的なビジネスプランはあるのか?
イーロンはビジネスの天才と称賛される一方で、今回のTwitterの買収とその後のビジネス展開については明確なプランがあるのかを疑問視する声もあります。
たとえば新しいTwitter Blueについては当初月20ドルの値段が検討されていると報じられていましたが、それを耳にした作家のスティーヴン・キングが「高すぎる」とツイートしたのに対してイーロン自身が「8ドルならどうだろう」と返事をするなど、どうも場当たり的に値段を決めているのではないかと心配になる一幕もあります。
このTwitter Blueは改修前で約10万人の購読者がいることがわかっていますが、月8ドルに値上がりした場合に多くのユーザーが離れる可能性があります。
また、いずれはTwitter Blueの特典として広告の表示料を半減することを宣言していますが、これは加入したユーザー1人当たり月に6ドルを失う計算に相当し、AppleストアやGoogle Playストアの手数料も含めると月8ドルでは損失になってしまう可能性も指摘されています。
Twitterの混乱をうけて大口の広告主であるGM、P&Gなどといった会社が広告を一時停止しているとも報じられており、Twitterの収益性はまだまだ不透明な状態が続いています。Twitterを「一定時間後は課金しないと閲覧できない」モデルに変えるアイデアが取り沙汰されたとのリーク情報もあり、キャッシュフローの問題は深刻であることを伺わせます。
一見、なにもかも計画通りで周到な準備でTwitterを買収したかのようにみえるイーロン・マスクですが、こうした混乱はそのイメージを揺るがせます。こうした背景もあって、イーロンが今後具体的にどのようにTwitterを運営し、ユーザーがこれから伸びるのか減るのか、サブスクリプションサービスがうまくいくのかが注目を集めているのです。
今後の展望を考える上でヒントになるのが認証バッジの扱いと、モデレーションに関する判断ですが、それらについては、次回以降でみていきましょう。
変なことをいろいろ試しながら
この原稿を書いている途中で「オフィシャル」のバッジが発表されたので追記したところ、一晩原稿を寝かせているうちにイーロンによって廃止されたという報告がはいってきました。
「しばらくのあいだ、ツイッターは変なことをいろいろ試しながら進む」とイーロンはツイートしていますが、良いアイデアを試しているというよりは、迷走しているようにみえてしまうのは著者だけでしょうか。
関連記事:Twitter、旧「認証マーク」は本人確認なしで誰でも購入可能に。著名人は新設の「公式マーク」で区別
関連記事:イーロン・マスク、Twitterの認証マーク課金方針を認める。作家キングの「むしろお前らが私に払え」に月8ドルへの値下げ提案