アップルがVision Proで提唱する「空間OS」に必要なものはなにか(西田宗千佳)

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西田宗千佳

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フリーライター/ジャーナリスト

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1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。

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Apple Vision Proが発表され、「空間コンピューティング」(Spatial Computing)という言葉が急に注目されるようになってきた。

だがその考え方は別に新しいものではない。VRのように「空間すべてを使う」形態が登場すれば、PCやスマートフォンの活躍する場所も、空間全体を生かしたディスプレイの中になるのが必然だ。アップルはゲームやコミュニケーションを狙っているわけではないので、VR的な要素の中でも広い概念である「空間コンピューティング」という言葉を持ち出してきたに過ぎない、と考えている。

空間コンピューティング的なものは、MetaにしろPICOにしろ、コンシューマー向けのVRデバイスを作っているところなら大小それぞれアプローチしている。ただし、Vision Proが発表されるまで、もっとも積極的な開発を行なっていたMetaですら、「空間コンピューティング用のOS」としての実装はようやく始まったばかりだった。Vision Proの凄みは、初手から「空間OS」とでもいうべき要素をかなりの部分で備えてきたことにある。

では「空間OS」になるためにはどんな要素が必要なのだろうか。半ば妄想めいた話になるが、少しその部分を、3のパートに分けて考察してみることにしよう。


※この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2023年6月26日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。コンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もあります。



その1:空間を把握する能力

空間OSにまず必要とされるのは「周囲の空間がどういう状況か」を把握する機能だ。

Vison Proが目立ち過ぎているが、実のところ、ここでMetaはかなり先進的な取り組みをずっと続けてきた。

MetaにしろPICOにしろ、そしてPlayStation VR2にしろ、現在のゲーム向けHMDには「セーフエリア設定」という機能がある。周囲を認識し、どこが壁でどこに障害物があるかを把握しておくことで、ゲームに熱中した時に周囲のリアルな状況が見えていなくても、事故などのトラブルが起きないように配慮するためのものだ。

この基礎を作ったのはMeta(当時はOculusだった)であり、その功績を軽くみることはできない。本質的には、部屋の中の様子はOS側が正確に把握しておくべきもので、空間OSには必要な要素かと思う。

▲MetaのHMDではガーディアン(セーフエリア)を設定する必要がある

現状、Vision Proでは「セーフエリア設定」を行わないようだ。ただこれは、自然なビデオシースルーによって周囲をそのまま見せているからであり、机の位置や壁までの距離をOSが認識していない、という話ではない。

要は、周囲を別の映像で覆う=仮想の世界を見るのがデフォルトであるVR機器の場合、仮想世界と現実をマッチさせるための「セーフエリア設定」が必須になり、ビデオシースルーによって現実の世界を見せるのがデフォルトであるVision Proの場合、セーフエリアを事前に設定する必要はなく、「動きながら壁や障害物を把握する」形で十分、ということなのだ。別の言い方をすれば、セーフエリアを人間の判断に委ねている、ということでもある。

だから、Vision Proで完全に仮想世界へ入り込むアプリを使う場合には、壁や障害物からの距離について、Metaなどより保守的な動作になるだろう、と想定できる。

またそもそも、ビデオシースルーが実現できるとしても、見えている映像と現実の間での「立体感の差異」が大きいと、Vision Proのような使い方は難しい。その実現には大きなコストがかかり、低価格な機器では採用が難しい。

空間を把握する能力は空間OSに必須のものだが、それをどう設計するかは、使うハードウェアの特質に依存するのである。

その2:ペーパーパラダイムを超える能力

空間をすべて利用可能になるということは、どこにでも文書やアプリケーションを配置可能、ということでもある。

我々の生活において、文書の基本は「紙」だ。デジタルデバイスとデータの時代になったが、そのアナロジーは紙のまま。紙の文書というパラダイムを超えるのは難しい。

空間OSの時代になっても、文書のほとんどは平面のままで、立体にはならないと思われる。もちろん、平面の写真の代わりに3D写真・3Dオブジェクトを使うことは増えるかもしれないが、常に3Dであることが求められるわけでもないだろう。そもそも、そうしてしまうとデータ制作のコスト(お金という意味ではなく、日常的な作業時間やストレージの消費も含む)として割に合わない可能性が高い。

▲Apple Vision Proは現実のデスクトップに、仮想ディスプレイを配置する

だが、紙を机の上に置く「デスクトップ」メタファーからは解放される必要がある。

PCで大きな画面やマルチディスプレイが求められるのは、限られた「デスクトップ」という領域に文書を配置しなければならないからである。大きさに制限がないなら、マルチディスプレイよりも巨大なディスプレイの方が使いやすい。そして、空間OSとなるなら、そもそも「画面の広さ」という概念が消失する。

一方でその時には、自由に配置したウィンドウをどう「疲れずに扱うのか」ということを考える必要が出てくる。

平面の画面ですら、ウィンドウの並べ替えは面倒なものだ。自由度が高まる立体空間ではさらにめんどくさくなる。

ウィンドウの前後関係を「適当に」動かすだけで快適に操作する機能や、目の前にあるウィンドウを一時的に片付けて左右にどかす機能などが求められるようになるだろう。

その際、棚に書類が刺さっているように、「ウィンドウが並んで重ねて置かれる」ようなメタファーも必要になるかもしれない。

現状、Metaの環境は「アプリランチャー」に近く、こうした部分が弱い。Vision Proでは、小さな手の動きと視線でウィンドウを動かせるようになっていて配慮が見えるが、「自動整列」のような機能の存在は確認できていない。

その3:外部との接点

我々は生活の中で、複数のデバイスを使い分けている。PCで作業をしている時も、スマホに電話やメッセージの着信があればそちらを見る。また、誰かに話しかけられたらそちらを向く。テレビを見ながら仕事をしたりもするだろう。

実空間は複数の「メディア」が共存する世界だ。人間は実空間の中にある多数の機器を、それぞれ目と耳で認識し、脳内で判断しながら対応してきた。それが最も自然な姿だ。

では、空間OSの時代になるとどうか。現実を元にした映像か仮想の映像かは別として、視界は「なんらかの映像」で覆われる。すなわち、1つの機器の映像で世界が占有されてしまうわけだ。

実際に長時間使うことを考えると、これは大きな課題になる。

そのため、Metaのデバイスはスマホアプリと連携し、通知などをHMDの側にも表示できる機能を搭載している。Vision Proも「アップルのiCloudデバイス」であるので、iPhoneとMac、iPhoneとiPadが連携するのと同様に、通知などをHMD側で受け取れるだろうと想定できる。

もっとシンプルな方法として、ビデオシースルーの画質をあげ、スマホなどの画面をそのままHMD越しに見られるようにする……という方法もある。現状存在するHMDではかなり厳しいが、Vision Proは画質が高く十分に確認可能だったし、Metaの「Meta Quest 3」も、画質向上で確認可能にすることを目指しているようだ。ただ、これはあくまで次善の策であり、ある種の力技でもある。

▲フルカラーのビデオパススルーを訴求するMeta Quest 3

求められる方向性としては、空間OS側に「他のデバイスの情報を表示する」機能を実装し、デバイスを手に取らなくてもHMD内から確認できるようにする、ということだろう。これはVision Proでも限定的だろう、と予想できる。

さらには、他人とのコミュニケーションも重要だ。HMDをつけている自分を別のアバターとして見せる技術(Vision Proの場合は「Persona」)や、外から自分に話しかけてくる人とのコミュニケーションを補助する能力も求められる。

すなわち、空間OSには「外部との接点」となる機能が必須で、それは今のPCやスマホ以上に重要な意味を持つ、ということなのだ。Vision Proの発表で強調されたのは、こう考えると当たり前の部分であり、それだけアップルが「空間コンピュータ用のOSとはなにか」を真剣に考えていた証でもある。

《西田宗千佳》

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