イーロン・マスク氏がツイッターを買収してから9ヶ月。
ツイッターのロゴが青い鳥から「X」に変更され、様々な波紋を呼んでいます。
今回のロゴ変更が特に物議を醸したのは、その思いつきにも見えるスピード感でしょう。
なにしろ、マスク氏がツイッターブランドと鳥たちに別れを告げることになるだろうという趣旨のツイートをし、新ロゴの募集をしたのが7月23日のこと。
その後、募集に応えて応募してきた中のロゴの一つを気に入ったようで、1時間後にはそのロゴの動画をツイート。
そして、翌日の7月24日には、ツイッターのウェブサービスのロゴをいきなり変更し、世界中のツイッターユーザーを驚かせたわけです。
そのロゴ変更の本気度は社内にもほとんど事前に共有されていなかったらしく、公式アカウントは順次「Twitter」の文字が削除されていくものの、アプリのロゴ変更もAndroid版が先行し、ようやく29日になってiPhone版が変更されるという時差変更。
メディアの記事に掲載されているツイートボタンなどは、未だにまったく変更されていませんし、ツイッター社のロゴのブランドガイドラインも、青い鳥のロゴのまま放置されている状態です。
参考:Twitterについて | Twitterロゴ、ブランドガイドライン
通常、こうした大規模なサービスにおけるロゴ変更というのは、かなりの事前準備や関係企業への事前連絡とセットで用意周到に実施されるのが普通ですが、今回のツイッターから「X」へのブランド変更は、マスク氏らしい常識外れなものだったと言えるでしょう。
ここで注目したいのは、マスク氏がなぜ今の段階でツイッターから「X」へのブランド変更を強行したのかという点です。
ツイッターから「X」への変更は既定路線
多くのツイッターユーザーは、今回のブランド変更に衝撃を受けていると思いますが、実は業界関係者の間では、マスク氏がツイッターアプリを「X」にブランド変更するのは既定路線でした。
マスク氏が、いわゆるスーパーアプリとよばれる「X」を開発したいというのは、ツイッターの買収が実現する以前から業界では有名な話です。
特に、ツイッター買収中止をめぐる訴訟を目前に、マスク氏が買収を決断した2022年10月に、自分に言い聞かせるように「ツイッター買収はXの開発を加速させる」と投稿していたのが象徴的でしょう。
そういう意味では、マスク氏がツイッターを買収した本音が、スーパーアプリ「X」開発の近道だったことは明白で、ツイッターが将来的にスーパーアプリ「X」になる際に、ブランドやロゴが変更されるのは、当然予想される未来だったわけです。
参考:ツイッター社消滅に、8割のリストラ。見えてきたツイッター買収、マスク氏の本音
ただ、私も含め、そうした業界関係者の多くは、あくまでツイッターに決済機能やショート動画機能など、スーパーアプリと呼ぶのにふさわしい機能が実装されてから「X」にブランド変更されると予測していました。
今回のタイミングで、ここまで急なロゴ変更をするというのは予想外だったわけです。
なにしろ、マスク氏はブランド変更を決定した直後に、すぐに会社のビルのツイッターロゴを撤去しようとしたそうですが、工事の許可を取っておらず警察に止められるという騒動までありました。
マスク氏側が、今回のロゴ変更を事前に計画していなかったことが良く分かる騒動と言えます。
なぜマスク氏は、このタイミングでツイッターから「X」へのブランド変更を実施することにしたのか、大きく二つのポイントがあると考えられます。
新しいブランドで広告主を呼び戻すため
まず一つ目の理由は、マスク氏がツイッター買収を決めたタイミングにツイッターから離れてしまった広告主が、半年以上経った現時点でもほとんど戻ってきていないという点でしょう。
おそらくマスク氏の計算としては、ツイッターで社員をある程度リストラして利益に余裕を持たせることで、ツイッターの買収時の借入金の利払いをツイッターの収益によって相殺し、その間にスーパーアプリの開発に注力するというものだったと想像されます。
しかし、マスク氏の予想に反し、ツイッター買収直後に大手広告主を中心に半分以上の広告主がツイッターから離反。
売上が半減する事態に直面することになります。
当時は広告主の離反は一時的なものと考えられたため、マスク氏は無償で公開していたAPIを高額に変更したり、有料版であるTwitter Blueの強化を行うことで、広告以外の収益確保を模索しながら、広告主が戻るのを待とうとしていました。
しかし、はからずもマスク氏が告白してしまったように、現時点でもツイッターの広告収入は半減したままで、未だにキャッシュフローは赤字の状態が続いているようです。
そうした状況から、マスク氏としてはツイッターブランドを維持するよりも、新しい「X」というブランドで再スタートする方が、広告主も戻ってくる可能性があると判断した可能性は高そうです。
そんなことで広告主は戻ってくるのかと怪訝に思う方も少なくないとは思いますが、ブランドがリフレッシュするタイミングで広告主が広告を見直すというのはあり得ない話ではありません。
実際、早速「X」は広告料金を値下げして、広告主を呼び戻そうとしているようです。
参考:新生ツイッター「X」、広告料金を値下げ
しかも、広告料金の値下げとセットで、大手企業向けに付与した金色の認証バッジを、広告支出が一定基準に達していない企業からは剥奪することも発表。
値下げと脅しという飴と鞭のセットで、広告主の呼び戻しを図る作戦のようです。
ライバルの「スレッズ」やFacebookに対抗するため
もう一つの理由は、7月頭に公開され5日で1億人の登録を集めたツイッター対抗サービスである「スレッズ」に対抗するためでしょう。
正確に言うと、「スレッズ」だけでなく、FacebookとInstagramを含めたMeta社への対抗です。
マスク氏がいうスーパーアプリの理想像は、中国におけるWeChatだと言われており、テキストメッセージや決済、ゲームにタクシーの呼び出しといった様々な機能が統合されたアプリをイメージしているようです。
このマスク氏のスーパーアプリの構想における明確なライバルと言えるのがFacebookやInstagramです。
FacebookやInstagramはユーザー同士のメッセージ交換の主要アプリですし、すでに動画や写真共有など様々な機能が統合されており、現時点のツイッターよりは明らかにスーパーアプリに近いわけです。
さらに今回、ザッカーバーグ氏は明らかにマスク氏のスーパーアプリ構想に先手を打つ形で、ツイッター対抗アプリの「スレッズ」をInstagramに連動させる形で公開してきました。
ザッカーバーグ氏が11年ぶりにツイッターに投稿した画像が、二人のスパイダーマンがお互いに相手を偽物だと指さす画像という非常に挑発的なものだったことが象徴的でしょう。
マスク氏からすると、自分はスーパーアプリを作る予定なのに、ザッカーバーグ氏は、ある意味FacebookやInstagramの子分として「スレッズ」を作り、それをツイッターにライバルとしてぶつけてきた形になります。
ツイッターブランドのままでは、ツイッターは所詮「スレッズ」のライバルであり、FacebookやInstagramと比較するべきではない存在と周りから見られてしまうリスクが出てきてしまったわけです。
さらに「スレッズ」は、マスク氏が好きな「黒」をロゴのカラーとして選択しており、このまま放置しておくと黒色のSNSは「X」ではなく「スレッズ」というイメージが浸透してしまうリスクも感じていたはずです。
30分間のツイート連投から見える心情の変化
おそらくマスク氏は、上記のような背景がある状態で、ブランド変更への問題意識を強くしていたため、23日にツイッターのデフォルトを黒に変えるという投票を行うことにしたと思われます。
23日のマスク氏のツイートを時系列で見てみると、上記の投票の前に「Paint it Black」「詫寂」と意味深な投稿をしてから、上記のデフォルト色を黒に変更する投票を行い、直後にツイッターのブランド変更について言及し、新ロゴの募集をはじめています。
実に、この一連のツイートが実施されたのは30分ほどの時間です。
おそらくは、ツイートしながらそれに対するユーザーの反応が良かったことに気を良くして、一連の判断を勢いで実施することにした可能性が高そうです。
独断専行で有名なイーロン・マスク氏ならではの決断と言えるでしょう。
ブランド変更により離反していた広告主が戻ってくるかどうかは分かりませんが、現在のところは世間の注目は、完全に「スレッズ」から「X」に移っていますから、マスク氏の決断はそういう意味ではある程度成功したと言えるかもしれません。
はたして「X」は本当にスーパーアプリになれるのか?
ただ、本当に重要なのは、はたして「X」はユーザーにとって真のスーパーアプリになれるのかという点です。
ツイッターから「X」にブランド変更したとは言え、現在の「X」に実装されている機能はツイッターのままです。
イーロン・マスク氏は、直近のツイッターのアクティブユーザー数が新記録になったとツイートしていましたが、ツイッターのアクティブユーザー数が5億程度と言われているのに対し、FacebookやInstagramのアクティブユーザー数は20~30億と言われています。
ブランドだけ「X」に変えたところで、機能が真のスーパーアプリになったわけではありません。
ツイッター新CEOのヤッカリーノ氏は、「X」は音声、動画、メッセージング、決済やバンキングなどの機能を軸に、アイデア、商品、サービスなど全ての機会のグローバルマーケットプレースになると宣言していますが、現時点の「X」を見てそう受け止めるユーザーはまだまだ少ないでしょう。
また、一つのアプリに複数の機能が統合されたからといって、必ずしもユーザーがそれを使うようにならないというのは、歴史が証明しています。
日本で象徴的な事例と言えるのは、日本において最もスーパーアプリに近い存在であると考えられていたLINEやメルカリが、決済機能においては単機能のアプリとしてスタートしたPayPayに完敗した点があげられます。
参考:コード決済シェア1位はPayPay(約75%)
スマホアプリにおいては、単機能のアプリの方が、複数の機能が統合されたアプリよりも選ばれるケースも多く見られます。
「X」に決済機能が実装されたところで、WeChatのように全てのユーザーが「X」の決済機能を使う保証は全くないのです。
マスク氏に、ユーザーはついていくか?
また、当然最も注目されるのは、マスク氏の「X」を引き続きツイッターユーザーが使いつづけるかどうかでしょう。
ツイッターのようなサービスは、ネットワーク効果が非常に強く働くため、今回のブランド変更でいきなりユーザー数が急減するようなことにはならないと思われます。
おそらくは「X」に変更されたことで戸惑っているユーザーも、しばらくすれば新しいロゴになれていくでしょう。
ただ、一般的にユーザーファーストであることが重要とされるウェブサービスにおいて、マスク氏が明らかにマスクファーストとでも言うべき独断専行の判断を続けて、様々なユーザーの反感や反発を招いている点がどう影響するかは注目点と言えます。
特に、従来の無料でサービスもAPIも開放することで、独特なエコシステムを形成していたツイッターが、マスク氏の下、課金しないユーザーを明らかに軽視するようになっている点は、大きな変化と言えるでしょう。
いずれにしても、本当に「X」がスーパーアプリとして選ばれるようになるかどうかは、これからのマスク氏とヤッカリーノ氏の手腕が問われると言えます。
マスク氏の今回のブランド変更の前倒しの決断が、世紀の大英断になるのか、それともブランド変更失敗事例になるのか。
少なくとも、今回のツイッターから「X」へのブランド変更が、インターネットの歴史に名を残す大きな出来事であることは間違いなさそうです。
この記事は2023年7月30日にYahoo!ニュースに掲載された『なぜツイッターを「X」に?マスク氏がスーパーアプリ実現を急ぐ理由』を、テクノエッジ編集部にて編集し、転載したものです。