iPhoneのカメラが過大評価されつつある。Blackmagic Cameraは簡単に扱えるモノではない(小寺信良)

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小寺信良

小寺信良

ライター/コラムニスト

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18年間テレビ番組制作者を務めたのち、文筆家として独立。家電から放送機器まで執筆・評論活動を行なう傍ら、子供の教育と保護者活動の合理化・IT化に取り組む。一般社団法人「インターネットユーザー協会」代表理事。

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先日AV Watchの連載でBlackmagic DesignのBlackMagic Cameraを取り上げたことで、別の媒体からBlackmagic Cameraの特集をやりたいので手伝ってくれと声がかかるようになった。

▲Blackmagic Camera

ただその方向性が、Blackmagic Cameraを使えば凄い映像が誰でも簡単に、みたいなノリだったので、そういう方向性ならお手伝いできませんよ、とお伝えした。筆者も大人なのでまあ初心者向けの記事なのでそうしたキャッチコピーになるのはやむなしとは思うが、「誰でも簡単に」はさすがに違うんじゃないか。

どうもBlackmagic Cameraの登場で、iPhone 15 Pro Maxのカメラが過大に評価されているように思える。


※この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2023年12月18日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。コンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もあります。



プロも使う?

事の発端はなにかと探ってみたところ、現地時間10月30日に開催されたAppleのイベント「Scary Fast」の映像が、iPhone 15 Pro MaxとBlackmagic Cameraを使って撮影されたことが原因のようだ。

・Scary Fast

「Scary Fast」の舞台裏:iPhoneで撮影し、Macで編集したAppleの基調講演イベント

「舞台裏」の映像をご覧いただければだいたいおわかりかと思うが、この撮影ではカメラがiPhoneなだけで、ほかの撮影機材はすべてデジタルシネマ用である。これだけの予算と人員と機材をぶち込めば、もはやiPhoneじゃなくてもいい絵が撮れますよね、という話である。

iPhone 15 Pro Maxはローンでも組めば買える。Blackmagic Cameraは無料。それとBlackmagic Cameraを使えば誰でも簡単にあのクオリティの映像が撮れますよ、は決してイコールではない。

11月に行なわれたInter BEEの際に、DaVinci Resolveのユーザーミーティングが開催された。開発者も出席して意見交換などをしたのだが、現在Blackmagic DesignはAppleとかなり深いレベルで情報交換しており、Blackmagic Cameraもそうした経緯の中で産まれたようだ。よってすぐにAndroid版が登場するわけではない。

Blackmagic Designとしても、シネマカメラは多数輩出しているが、アクションカメラやジンバルカメラクラスの小型カメラがない。マルチカメラ撮影時に小型カメラが必要ならiPhoneが利用できるということはメリットになる。

Appleとしても、iPhone 15で新たにApple Logを搭載したが、撮影ノウハウからカラーグレーディング、編集まで面倒みきれない。そのあたりをBlackmagic Designに助けてもらいたいという意向があるのだろう。

Appleにはビデオ編集ツールとしてFinal Cut Proもあるが、現在は新コーデックに対応する細々としてアップデートが行なわれるだけで、メジャーアップデートはもう12年行なわれていない。今はメンテナンス部隊があるだけで、開発プロジェクトはすでに解散していると見ていいだろう。

Blackmagic Cameraが初心者には手に負えない理由

Blackmagic CameraのUIは、同社製シネマカメラに寄せてある。撮影機能そのものは難しいわけではなく、マニュアルで露出調整の経験がある人なら撮影はできる。ただマニュアルで露出を追うにはヒストグラムが読めなければならず、そのあたりがキモになるだろう。

▲Blackmagic Cameraの撮影時のUI

それよりも難易度が高いのが、設定のほうである。例えばコーデックだけでも6つあり、Apple ProResだけでも4種類ある。これを初心者、中級者、上級者向けに使い分けを考えてと言われても、まあ困るわけだ。無茶を承知でこじつけはできるが、ハニワみたいな顔をして、そういう問題じゃないんですよねーと言うしかない。

▲コーデックの選択画面

さらにカラースペースには、Rec. 709、Rec. 2020、P3 D65、Apple Logがある。仕様にはACESも乗っているので、そのうちアップデートで対応するのかもしれない。この違いを「誰でも」理解するのは無理だ。

▲カラースペースの選択画面

Scary Fastの撮影シーンをみると、ほぼ夜間に行なわれている。そこにキロワット単位の照明を複数台バチコーンと当てて、光量を稼いでいる。それをApple Logで撮影して、ノイズの出やすい暗部はグレーディングで黒に潰し込んでいる。ナイトシーンでもこんなに綺麗に、の正体はこういうことである。

こうした撮影は、個人ではできない。技術的にというより、まず機材面で「あり得ない」のだ。

Apple Logもまだ公開が始まったばかりで、まだLUTも用意されていない。Appleでは開発者向けにLUTを配布しているが、LogからSDRに変換するもので、HDRコンテンツにするには、マニュアルでグレーディングする技術が必要になる。

もう1つのハードルは、タイムコードに対する知識である。現在DaVinci Resolveには、マルチカメラを同期する方法として、音声をベースに同期を取る機能が提供されているが、どのクリップが「組み」なのかを判別するには、タイムコードでソートするのが一番早い。Blackmagic Cameraにはシーンやテイク数などをメタデータに入れる機能も用意されているが、他のカメラが対応していなければ意味がない。

タイムコードを使ったことがある初心者は、まずいない。しかもiPhoneにタイムコードを流し込むには別途Bluetooth対応のタイムコードジェネレータを用意する必要がある。価格的には5万8000円ぐらいなので大したことはないが、これを買ってまでiPhoneでマルチカメラ収録をしたい人は、初心者ではないだろう。

Blackmagic Cameraの使いどころ

無料なので誰でも利用できるのは事実だが、Blackmagic Cameraの真価が発揮できるのは、各種ProResが撮れてApple Logで撮影できるiPhone 15以降ということになる。

これを使ってメリットがあるのは、複数人のトークを目立たずマルチカメラ撮影したり、マルチカメラのひとつとして狭い車内に固定するようなケースだろう。現在デジタルシネマ文脈で使われているのは、元々ズームする習慣がないカメラワークと相性がいいからである。

またこれから映像を学びたいという人のために、学習教材としての使い方はメリットが大きいだろう。プロ用シネマカメラと同じ設定ができるので、高いカメラやレンズが手配できなくても、学習ができる。

また撮影された素材はプロコーデックなので、その後の編集やカラーグレーディングにも対応できる。DaVinci Resolveは学習者用として無償バージョンも配付されているので、この組み合わせは専門学校や芸大などでは重宝されるだろう。

一方で、初心者がわけもわからず「お勧め設定」で使っても、標準カメラアプリよりも良い絵が撮れるわけではないし、なぜそうなのかの理屈が付いていかないので、成長が見込めない。筆者が懸念しているのは、そういった安易な勧め方がYouTubeを中心に展開されていることである。

まあそうした動画を真に受けてやってみるというのも最初のきっかけとしてはアリかもしれないが、ゆくゆくはきちんとした教育を受けてほしいと思う。

《小寺信良》

小寺信良

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