米ウォルト・ディズニー社が、リゾート内レストランで起きたアレルギーによる死亡の過失責任をめぐる裁判において、原告側が過去に無料体験していたディズニープラスのサービス規約と、チケット購入時の利用規約を根拠に、訴訟の取り下げを求めたことが明らかになりました。
(続報:ディズニー側が主張を取り下げ。)
亡くなったのはニューヨーク在住の医師 Kanokporn Tangsuan氏。2023年10月にフロリダのディズニースプリングスにあるレストラン Raglan Road Irish Pub and Restaurant で、夫とその母親とともに食事をした後、重篤なアナフィラキシー反応を起こし、搬送先の病院で死亡しました。
Tangsuan氏の夫である Jeffrey Piccolo氏は、レストラン側の過失とディズニーによる監督責任を訴えて、フロリダのオレンジ郡巡回裁判所に訴訟を提起しています。
死亡した Tangsuan氏はナッツ類と乳製品に重いアレルギーがあり、問題のレストランもアレルギーフレンドリーなメニューや、客側の事情にあわせた安全な食事を提供するとの説明で選んでいました。
遺族側は、選んだメニューにアレルギー源が含まれていないことをレストランの従業員に繰り返し確認したところ、従業員は料理人に確認したのち、アレルギーフリーであることを明言したと述べています (特定食材のアレルギーフリーを示す旗がついていないことを不審に思い再確認した際にも問題はないと伝えられたとしている)。
しかしTangsuan氏は食事後、リゾート内でショッピング中にアナフィラキシー症状を起こし、携行していたエピペンを自ら使用したものの、搬送先の病院で亡くなっています。
レストラン側の過失と、ディズニーの責任を問う訴訟に対して、ディズニー側の主張は
問題のレストランはディズニーリゾート内にあるものの、ディズニーが直接運営するわけではなく、所有もしていないため、訴訟の当事者とされること自体が適切ではない
原告は以前ストリーミングサービスの Disney+ に加入しており、またチケットの購入に My Disney Experience を使用し、利用規約に合意していた。(加えて、Disney+ の規約にはまた別のDisney利用規約にも合意する項目が含まれている)。
Disney+ 利用規約、およびDisney利用規約には、ディズニーとユーザー間で生じたいかなる紛争も裁判ではなく仲裁サービスを利用して解決することを定めた(陪審員)裁判放棄条項が含まれる。よって、ディズニーの責任を問おうとする今回の訴訟自体が無効であり、取り下げを求める
といったところ。
米国では集団訴訟の仕組みから企業が多額の賠償金を求められる例があったことなどから、最初から集団訴訟や陪審員裁判に訴える権利を放棄させ、いわゆる裁判外紛争解決手続である仲裁サービスを使うよう求める利用規約を多くの企業が導入しています。
もともと大企業と契約内容について交渉する力のない消費者が、サービスや商品の利用にあたって訴訟を受ける権利を放棄させられるのは、企業側に一方的に有利で不当ではないかとの批判は米国でも当然ありましたが、2011年にAT&Tの通信サービスを巡る裁判で、連邦最高裁が5対4の僅差で有効と認めた判例があり、以降さらに多く導入されるようになりました。
(今回のディズニーの利用規約を含め、この項目が不服であれば一定期間内にオプトアウトできることを定める場合もありますが、多くは郵送での手続きを要求しており、何かが起きる前に手間をかけて念のため手続きする人は多くありません)
裁判を受ける権利を放棄といっても、完全に何があっても救済しないわけではなく、裁判外の仲裁により損害の賠償を含む和解ができる可能性もあります。
しかし、強制仲裁条項に同意している時点で、仲裁人による裁定に不服があっても改めて公の訴訟に訴えることは極めて難しくなることから、消費者にとって不利な条項とする批判はいまもあります。
今回の裁判でいえば、少なくとも遺族側の主張によればレストラン側の重大な過失は明らかで、過去にディズニープラスのお試し体験をしたからといってここが不問になるわけではありません。
ディズニーとしては、リゾート内のレストランに対する責任を負わされることから逃れるためにこの免責(仲裁)条項を持ち出しています(より正確には、裁判でなく仲裁に持ち込もうとしている)。
しかし、リゾート内レストランの過失に対してディズニー側がどの程度の監督責任を負うのか、利用規約を根拠にした法廷戦術がどの程度妥当なのかはまた別の話としても、動画ストリーミングサービスを過去に体験加入したことを盾に、死亡者が出ている事故から逃れようとするのは、純粋にディズニープラスのブランディングにとってポジティブとはとても言えないのは確か。
今回の訴訟とディズニーの主張については米国はじめ多くのメディアが取り上げており、「Disney+ に入るとパーク内で死んでも泣き寝入りらしい」といった雑な風評と忌避が広がる可能性もあります。
蛇足。日本ではもともと米国のような集団訴訟の制度がなく(似た仕組みはあるが限定的)、そうした制度から企業が懲罰的損害賠償で痛い目に遭った歴史もないため、日本版のDisney+ 利用規約に米国のような強制仲裁条項は含まれていません。
ただし、Disneyのサービス規約にはこのほか「Disney利用規約(米国)」「Disney利用規約(日本)」があり、前者が今回の訴訟で問題になった強制仲裁条項を含む内容、後者はディズニーが日本でのみ提供するサービスに限定した内容。
日本限定ではない、ディズニーがグローバルに提供しているサービスを利用する場合、たとえばDisney+ の利用に必須のMyDisneyアカウント(旧ディズニーアカウント)を作成すると、日本からでも米国と同じ利用規約に合意したことになります。裁判所が認めるかはまた別の話。