1週間の気になるAI技術・研究をいくつかピックアップして解説する連載「生成AIウィークリー」から、特に興味深い技術や研究にスポットライトを当てる生成AIクローズアップ。
今回は、今年のノーベル化学賞を受賞した2人、デミス・ハサビス、ジョン・M・ジャンパー両氏が開発に貢献したタンパク質構造AI予測ツール「AlphaFold」シリーズによって、精子と卵子の結合メカニズムを明らかにした論文「A conserved fertilization complex bridges sperm and egg in vertebrates」に注目します。
▲魚類(左)と哺乳類(右)における、精子と卵子の結合を示した図
AlphaFoldは、2018年にGoogle DeepMindが開発したAIシステムで、タンパク質の3次元構造を高精度で予測することができます。
2020年にはさらに改良されたAlphaFold2が登場し、タンパク質構造予測の精度を向上させました。2021年には、AlphaFold2の技術をベースに、複数のタンパク質が形成する複合体の構造予測を追加した「AlphaFold-Multimer」を発表しました。
この研究では、「AlphaFold-Multimer」を用い、精子と卵子の結合を仲介するタンパク質複合体を発見しました。この発見は、受精には卵子と精子上の2つのタンパク質だけで十分であるという従来の考えを覆すものです。
脊椎動物における卵子と精子の融合過程は、その生殖における重要な役割にもかかわらず、解明が困難な分子レベルの謎でした。これらの問題を克服するため、研究チームは、水中に卵子と精子を放出するゼブラフィッシュと哺乳類としてマウスを用いた実験を開始しました。
研究チームは、実験室でのタンパク質作業の困難を回避するため、「AlphaFold-Multimer」を使用してタンパク質間の相互作用を予測しました。
予測の結果、AlphaFold-Multimerは、3つの精子タンパク質(Izumo1、Spaca6、Tmem81)が複合体を形成することを示しました。
そのうち2つは既に受精に重要であることが知られていましたが、研究チームは3つ目のタンパク質(Tmem81)もゼブラフィッシュとマウスの両方で受精に不可欠であることを確認し、これら3つのタンパク質が魚類と哺乳類の精子で相互作用することを発見しました。
▲AlphaFold-Multimerは3つの精子タンパク質の複合体と予測
さらに、研究チームはこの3つの精子タンパク質が仲介役として連携して脊椎動物の受精を可能にしていることを発見しました。ゼブラフィッシュの精子では、3つのタンパク質が互いに依存し合って安定化していることがわかりました。また、ヒトの細胞でこれらのタンパク質を共発現させた場合にも、複合体の形成が確認されました。
興味深いことに、この精子上の複合体は、魚類と哺乳類で異なる卵子のタンパク質と結合することが明らかになりました。ゼブラフィッシュでは「Bouncer」というタンパク質、哺乳類では「JUNO」というタンパク質と結合します。これは、脊椎動物の進化の過程で精子側のメカニズムが保存される一方、卵子側のタンパク質が多様化したことを示唆しています。
▲魚類と哺乳類では、異なる卵子タンパク質と結合する
この発見は、受精のメカニズムに関する新たな洞察をもたらし、不妊治療や避妊薬の開発に大きな影響を与える可能性があります。