1990年代までは、モニターと言えば、ブラウン管が主流だった。
かくいう筆者も、1995年前後に「(当時として)最高のゲーム体験のために」と奮い立ち、ソニーのトリニトロン管の高画質モニター「KX-29HV3」を、約25万円くらいで購入したことがあり、今でも時々、当時のゲーム機をこれに繋いで懐かしさに耽ることがある。
90年代といえば、ノートPCなどでは既にカラー液晶モニターが普通に採用されていた時代だったので、モニター製品への液晶パネルへの採用が始まった頃だったが、当時の液晶モニターは「残像感」が強く、ゲームとの相性は芳しくなかった。
時代が進んだ現在では、現実問題として、最新のゲーミングモニター製品では「遅延」「応答速度」においては、当時のブラウン管のモニターと同等かそれ以上に到達している。
今でも、一部のメディアで「遅延」と「応答速度」を混同した言及が目に付くが、90年代当時の液晶モニターで問題とされていたのは「応答速度」の方だった。
90年代の当時、多くのメディアで「液晶は遅延が大きい」などと言われたが、それは"液晶"テレビでのことで、実は当時の"液晶"モニターの「(入力)遅延」は、当時のブラウン管モニターと大差がなかったのだ。
なお、モニターにおける「(入力)遅延」とは、映像がモニターに入力されてから、実際に表示が開始されるまでの待ち時間。テレビなどでは画質補正する処理系が介入するのでその処理時間が大半を占める。モニターではこの処理時間が極めて短い。
「応答速度」(正確を記するのであれば「応答時間」)は、実際にモニターに映像表示が行われて、目的の表示になるまでの時間。ブラウン管ならば映像を描き出すために照射された電子ビームが衝突した管面上の蛍光体が発光するまでの時間。液晶ならば液晶分子が目的の「配向状態」になるまでの時間に相当する。
eスポーツ人気が浸透してきた昨今では、ある種、メディアよりもユーザー(ゲーマー)の方が、遅延と応答速度の意味を正しく理解している傾向もあり、モニター選びにおいて、各製品のスペック表に対するチェックの目も厳しくなってきている。
では、ゲーミングモニター製品のもう一つの重要な性能指標である「残像感」はどうなのか。今回は、この「残像感」についてフォーカスした話題をお届けする。
■人間はどうして残像を知覚するのか
映像をディスプレイ機器で見た時、映像中の動体オブジェクトがぼやけて見えることがある。映画などの場合、[一時停止] ボタンを押して見ると、その映像中の動体自身が残像を伴って描かれていることに気が付く。この状態の映像を見て「モニターの残像感がどうこう」と議論するのはナンセンスだ。だって元々、残像が描かれているのだから。
ゲームの場合、意図的にモーションブラーエフェクトをかけていない限りは、どんな速く動いている動体でも、ゲームに対して[Pause] をかければ、静止したゲーム映像中のその動体は完全静止した状態でくっきりと描画される。実際、ゲームを一時停止させたときに、そうした映像を見たことがあるだろう。
なお「モーションブラー」とは、ゲーム映像中における高速動体を、意図的にぼやけて描く特殊演出のことだ。視点が動くことで視界全体の動きに対する「カメラブラー」や、動的キャラクターの高速移動や、そうしたキャラクターの部位が高速に動く様子に対する「オブジェクト・モーションブラー」などがある。
しかし、こうした「静止させればくっきりと見える」映像も、動画としてモニターで見た時には残像感を感じることがある。これはなぜなのか。
人間の視覚において、映像中の高速移動体に対して残像を知覚しやすいのは、前フレームと現在フレームにおける動体が大きく移動しているときだ。
この現象を再現するには、親指と人差し指の間に挟んだ2枚の10円玉をこするように高速に動かして「ほら、10円玉がたくさん見える!」という、あの「子供だましな手品」が分かりやすい。
2本の指で反復運動させられている2枚の10円玉の軌道の両端2箇所の折り返し地点では、10円玉は一瞬静止する。人間の目は、この一瞬、留まった2箇所の10円玉を強く知覚するも、その間の反復運動の「軌跡」は残像として見えてしまう。
モニターを見ている時にも、これに近いことが起きている(下図)。
▲残像が見える仕組み
飛んでいるボールを、同じ1/60秒間、見ていても、フレームレートが60fpsの映像を見ている場合、移動後のボールは一コマで描かれ、それが高速移動体では移動前のボールと離れて描かれるため残像が目立つ。これがホールドボケが知覚されるメカニズムとなる。
一方、現実世界やハイフレームレートにおいては、同じ、1/60秒間、見ていても、飛んでいるるボールの移動前と移動後の移動量がわずかで、しかも多くのコマ数(現実世界では無限大のコマ数)で描かれるため残像が知覚されたとしても気が付きにくい。
映像では、フレームレートが有限なので、たとえば60fpsの映像では、1/60秒(16.67ms)の間に動いた高速動体の軌跡は"飛び飛び"になる。この"飛び飛び"のところが強く知覚されて残像として見えてしまう。
これがいわゆる「ホールドボケ」(Hold-type Blur)という現象だ。
リフレッシュレートが60Hz程度の液晶モニターでは、バックライトを常時点灯しているため、1/60秒前の「移動前の動体像」を「移動後の動体像」の表示直前まで見せられることになる。これがホールドボケを知覚しやすくしている。いうまでもないだろうが、有機ELモニターでも、リフレッシュレートが60Hz程度では、同じく、ホールドボケを見ることになる。
■「ホールドボケ」を低減するために
60Hzリフレッシュレートのモニターにおいて、このホールドボケを解消しようとして、業界が始めたのが「黒挿入」や「バックライトスキャニング」というテクニックになる。
16.67ms間隔で映像が表示される60fpsの映像表示において、実体の映像を表示する期間を、たとえば3.33msでやめてしまい、残りの13.34msは全画面黒表示にしてしまう。これが黒挿入だ。
有機ELでは実際に全黒フレームを表示するし、液晶では光源たるバックライトを消すことで、この「黒挿入」を実現する。こうすることで人間の知覚システムは、前フレームの印象が弱められ、ホールドボケが知覚が低減される(個人差あり)。
▲黒挿入の概念図
そんなことをしなくとも、かつてブラウン管の表示で残像感が少ないと感じられたのは、ブラウン管の表示原理が「天然の黒挿入」を行えていたため。ブラウン管のサブピクセルに相当する各RGBの蛍光体はその最大輝度で発光したあとわずか1ms~3ms程度で消光してしまうのだ。これが黒挿入に相当する。
なお、液晶において黒挿入は、液晶分子の配向経過を隠蔽する恩恵もあったので、一時期、かなり流行した。
液晶パネルの液晶画素(各RGBサブピクセル)は、電極から与えられた電場の強さに応じて「液晶分子の並び方」(液晶の配向状態)を変える。その並び方の違いが、バックライトからの透過光の割合を変える。これが液晶のサブピクセルが階調の違いを生み出すメカニズムだ。問題は、その「液晶分子の並び方」の変更に時間が掛かること。そう、これが事実上の液晶の応答速度(応答時間)だ。
実は、液晶パネルでは、「液晶分子の並び方」の完了までに掛かる時間が、応答速度の遅い液晶で10ms前後、早い液晶では1ms前後かかる。バックライトを点灯したままでいると、液晶分子達が並び方を変える様子が「色変移」として知覚されてしまう。
これが残像知覚にも大きく起因するため、この「液晶分子の並び方」変更期間をユーザーに見せないようにするため、液晶の駆動タイミングに連動して画面上の上から下までを横帯状に黒挿入を行っていく「バックライトスキャニング」というテクニックも流行した。
▲バックライトスキャニング
しかし、こうした黒挿入やバックライトスキャニングといった技術は、いくつかの理由で、最近では、その採用は減少傾向にある。
まず、1つ目の理由は、液晶分子の応答速度がブラウン管上の蛍光体と大差ない1ms~3msにまで高められてしまったため。2つ目は、液晶パネルの光源として使われる一部の白色LEDが黒挿入に見合う応答速度を発揮できないことがあるため。
液晶パネルのバックライトに用いられる白色LEDは実体光源の青色LEDと赤と緑の蛍光体の組み合わせでできているわけだが、一部の広色域タイプの白色LEDに搭載される赤色蛍光体の応答速度があまり速くなく、LEDを消光しても赤色が一瞬残ってしまうことがあり、「赤挿入」として揶揄されることもあった。結果的に、これが「画質的にあまり芳しくない」と指摘されるようになり、採用事例が減ったようだ。
■表示を現実世界に近づけるために
普段、現実世界を見ていて、それほど残像感を感じないのは、現実世界のフレームレートが「無限大」fpsだからだ。現実世界では道を走る自動車も、フレームレート無限大で見えているので、前述したようなホールドボケが知覚されることは少ない。いや、実際には残像を知覚しているのかもしれないが、人間の上限視覚サイクル(フレームレート)で見ているので、その動体の前位置と現位置の移動距離が知覚上の最小限なので「ボケ」として知覚されにくいのだ。
だとすれば、モニターにおいても表示フレームレートを極限まで上げていけば「ホールドボケ」は低減できるのでは? そんな着想で考案されたのが、60fps映像を120fps映像に変換するような「補間フレーム技術」(倍速駆動技術)だ。ただ、このタイプの技術は画像処理技術なので映像表示が実践されるまでの「遅延」を大きくしてしまう。
そこで昨今では、ゲーム映像については、ハイフレームレート表示に対応することで残像を低減するアプローチに流行が移ってきている。具体的には、昨今の最新ゲーミングモニター製品では、高リフレッシュレートへの対応が積極的になってきているのだ。
実際、4K(3840×2160ピクセル)解像度で240Hz、フルHD(1920×1080ピクセル)解像度で480Hzのリフレッシュレートに対応したゲーミングモニターの新製品の発表が続いている。
▲4K/240Hz、フルHD/480Hzの表示に対応したLGの有機ELゲーミングモニター「32GS95UV-B」
そうしたゲーミングモニター製品では、その「残像感の少なさ」を表す「ClearMR」と呼ばれるスペック値がアピールされるようになってきている。
■モニター向けの新「残像感」指標「ClearMR」とは?
動画表示品質の目安としては、液晶においては、いわゆる「GTG」(Gray to Gray)指標が長らく用いられてきた。
これは、意味合いとしては液晶画素の中間階調(白黒では灰色/グレーに相当)における応答速度を計測したもので、ms(ミリ秒)の値で表される。値が小さいほど応答速度が速い(応答時間が短い)とされ、高速とされた。近年では速い液晶では1ms~3ms前後をマークするものがある。
なぜ、中間階調のの応答速度を計測するかといえば、液晶素子においては、中間階調の速度が「一番遅い」ため。この値を計測して公開しておけば、実動時は「この値より速いだろう」という性能保証のようなものができるため。
しかし、液晶は上で述べてきたように、液晶の配向は瞬間で完了できないし、そもそもホールドボケは液晶素子の応答速度の向上だけで解決できない。そもそも応答速度がμs(μ秒)の有機ELでもホールドボケは起こりうるし、液晶でもリフレッシュレートを高めればホールドボケは低減できるのだ。
GTGとは別に、MPRT(Moving Picture Response Time)というものも存在する。こちらは、動体を伴ったテスト画像を用いて、測定対象ピクセルが、目的の輝度に到達するまでの時間を計測したモノで、GTG指標を、より動画表示品質に特化したものになっている。
結果はGTGと同じ、ms値で表され、GTG値との比較もしやすい。ただ、MPRTも元々は液晶の動画表示品質のために誕生したものとなっており、μsオーダーで応答できる有機ELでは、MPRT値は極めて優秀な値になりやすい。
であれば、なにか、新しい動画表示品質の指標が必要なのではないか。
そんな業界の要望を受けて、2022年、映像関連の標準規格を策定しているVESA(Video Electronics Standards Association)は、動画の残像の少なさを表す指標として「ClearMR」(Clear Motion Ratio)という新規格を提唱した。
この新指標では、ClearMR値が大きいほど残像感が小さいことを表し、2024年限時点ではClearMR3000から13000まで、1000刻みで規定されている。
なお、上で軽く紹介したLGの有機ELゲーミングモニター「32GS95UV-B」は、ClearMR13000の認証を取得したモニター製品となっている。
▲ClearMR規格一覧。最新版では13000まで規定されている
動体を伴ったテスト画像を用いて計測する点はMPRTと同じだが、概念的には画面全体のピクセルの振る舞いについての計測となる。測定値も時間値ではなく、独特なスコア形式を採用している。
順を追って解説しよう。
たとえば、この「13000の数値の意味」だが、「画面上において、残像でぼやけているピクセル1個に対して、残像のない鮮明なピクセルが、その13000%分存在する」の意味を表している。つまり、13000%→130倍ということだ。
このままではわかりにくいので、この値を「画面上の総ピクセル数」に対し「残像のない鮮明なピクセル」の比率(パーセンテージ)に換算してみると「130÷131≒99.24%」となる。つまり、ClearMR 13000は、「画面上の99.24%が鮮明なピクセル」として見えるモニターということなのだ。
となれば、規格上、最低値のClearMR3000でも、「画面上の96.77%が鮮明なピクセル」となるので、ClearMR認証が取れているモニター製品はかなり残像感が少ないとみていいだろう。
ちなみに、ClearMR値は、バックライトスキャニングをはじめとする黒挿入系技術の併用無しで認証される。つまり、高いClearMR値を取得したモニター製品だからといって、フリッカー感が強い…といったことはないわけだ。
ClearMR値は、大手メーカーで採用されつつある。これが認証取得済みの製品リストになる。
今後のゲーミングモニター製品製品を選ぶ際の手がかりとして参考にするといいかもしれない。