イーロン・マスクによる買収で急激に変化しつつある巨大SNS「Twitter」の動きを解説する、堀正岳氏による集中連載の完結編である第3回は、モデレーション問題について。集中連載「揺れるTwitterの動きを理解する」の第1回、第2回はこちら。
連載第1回:イーロン・マスク氏はなぜTwitterの収益化を急ぐのか
連載第2回:なりすまし防止か有名人の証か。Twitterの認証バッジをめぐる経緯と混乱
英語圏ではTwitterを買収したイーロン・マスク氏のことを "Twitter's most important shitposter"「最も重要なクソツイッタラー」と紹介する人がいます。多少品がないとはいえ、この紹介はイーロンのある側面を言い当てているといえます。
自身が経営するTeslaやSpaceXの話題だけではなく、ミームや画像を多用しながら気に入らない相手を茶化したり煽ったりすることも多いイーロンの発信スタイルは、これまでもたびたび問題視されてきました。
例えば2018年に発生したタイのタムルアン洞窟における遭難事故で、イギリス人ダイバーのヴァーノン・アンスワース氏に対して名誉毀損とも受け取れるツイートを行なって訴訟になった件があります(裁判はイーロン側が勝訴)。また同年、Teslaの株式を非公開化にするとジョークをツイートしたことが米証券取引委員会に咎められた結果、2000万ドルの罰金の支払いに加えて3年間テスラの取締役会から除名され、いまでも特定の話題に関してイーロンは弁護士の許可なしにツイートできないという制限を受けています。
イーロン自身は、こうした制約や世間のバッシングに対して「誰でも好きなことを発信できるようにするべきだ」とたびたび不満を漏らしています。トランプ元大統領のアカウント凍結を批判したり、ユダヤ人差別発言で一時的にアカウントが停止されたカニエ・ウェスト氏に連帯したりといったように、ソーシャルメディアにおけるモデレーションの撤廃、あるいは少なくともその透明性の話題に強い関心を示してきました。
今回、イーロンがTwitterを買収した元々の動機であり、最も大きな争点がこの「モデレーション」の問題です。誰が、どんな根拠に基づいてTwitterのタイムラインに表示される情報を管理するのか? それがモデレーションの本質です。
集中連載の第3回は、Twitterにおけるモデレーション問題がたどってきた歴史と、問題点を整理してみましょう。
「言論の自由」党の「言論の自由」派
「私たちTwitterは『言論の自由』党の『言論の自由』派だと言っていい (we are the free speech wing of the free speech party)」
2012年に開催されたガーディアン紙のメディアサミットにおいて、当時イギリスにおけるTwitterのトップだったトニー・ワン氏はこのように述べていました。Twitterは投稿されるコンテンツに対してできるだけ中立で、伝声管のようにそれを忠実に伝えることを目指したいという意図で語られた言葉です。
当時のTwitterの投稿に関する規約はせいぜい600ワード程度で、プライバシー保護、誹謗中傷の禁止、著作権の保護、詐欺やポルノといったコンテンツの禁止が並べられているだけでした。禁止すべきものを明確にしておけば、プラットフォームは健全になる、そう信じられていた、のどかな時代の雰囲気がそこにはあります。
しかしそうした牧歌的な時代はすぐに終わりを迎えます。2016年までにこの規約は倍以上の長さに改定され、商標侵害、ヘイトスピーチ、ハラスメントの防止に関する規定が加わり、さらにその後は市民活動の阻害、選挙の不正、ミスリーディングなコンテンツに関する規定が加わって膨れ上がることになります。
Twitterの利用規約の限界を刺激し続け、狡猾に利用し続けたのが在任時のトランプ元大統領です。在任時にファクトチェックされただけでも実に5276回の不正確ないしは嘘の含まれるツイートをしたトランプ元大統領は、Twitterにとってプラットフォームに注目を集めてくれる救世主であるとともに、災厄でもあり続けました。
Twitterを利用して「俺の机のうえにはもっと大きな核のボタンがあるぞ」と北朝鮮の金正恩氏を威嚇し、イランのソレイマニ司令官の暗殺に関連して「報復には報復を加える」と発言し、政敵を毎日のように嘘の混じった発言で攻撃する大統領にどう対応するかはTwitter内外で大きな議論となりました。
暴力の教唆や誹謗中傷を禁じているTwitterの利用規約に照らせば大統領のアカウントは何らかの制限をうけるべきといえますが、世界で最も有名な、大きな権力をもった存在の投稿を制限する権利がTwitterにあるのかが問題になります。
その一方で、「何が正しいのか。何が誹謗中傷なのか」をTwitterが取り締まることで中立性が失われることを危惧する声も挙がります。Twitterにとってはどう転んでも批判される状態になったのです。
Twitterは当初「世界リーダーとTwitter」という記事を発表して「Twitterのユーザーは誰であっても利用規約が適用されるものの、世界首脳のツイートは重要性が高く議論を行う必要性が高いため削除などはしない」と表明して逃げようとします。
しかし自身のツイートが削除されないことを知ったトランプ氏のツイートの過激さが増したことを受けて、不正確なツイートに「フェイクニュースの可能性がある」というラベリングを行うこと、場合によってはツイートを隠してRTなどの拡散を抑制するという方針を打ち出します。
▲不正確なツイートが隠され、代わりに注意書きが表示されている状態の模式図。
この方針は2020年5月に初めて適用され「郵送投票は不正に満ちている」「暴動が始まれば、銃撃が始まる」といったトランプ氏のツイートにファクトチェックのラベルが表示されたり、ツイートの表示が隠されたりするようになりました。
「Twitterは言論の自由を侵害している!大統領として私はそれを許さない!」と応じたトランプ氏は、その8カ月後の2021年の1月、合衆国議会議事堂襲撃事件後のツイートが原因となってTwitterアカウントを凍結されることとなります。
「言論の自由絶対主義者」イーロン
トランプ元大統領のアカウントの凍結にはこうした長い経緯があるものの、この対応に不服を抱いているひとは少なくありません。そしてイーロンもその一人だと言われています。
「言論の自由は活発な民主主義の基盤であり、Twitter は人類の未来にとって重要な問題が議論されるデジタルな公共空間だ」
イーロンはTwitterの買収提案の中でこのように話題に触れ、それを促進することを約束しています。自分自身のことを「言論の自由絶対主義者だ」 と表現することもあるほどです。
しかしその一方で、イーロン自身がTeslaから解雇される社員に対して厳しい中傷禁止条項を突きつけたり、顧客に対して車両の感想などを発信することを禁止したりといった、都合の悪い言論を封じる動きが目立つことも指摘されています。
本当にイーロンを言論の自由の守護者として信用していいのか、疑問視する人も多くいるわけです。
Twitterと広告主との危うい関係
ここでややこしくも避けて通れないのが、Twitterと広告主の関係です。2021年におけるTwitterの収入の9割は広告から来ていることが知られていますが、イーロンが買収したTwitterのもとではブランドイメージに傷がつくことを恐れて、広告主が撤退しているという話題があるのです。
これを報じたジャーナリストのカラ・スウィッシャー氏によれば、Twitterのチーフ・カスタマー・オフィサーであるサラ・パーソネット氏が辞職し、広告主との関わりの深い役員すらもイーロンが解雇してしまったため、広告関連企業に急速に動揺が広がってしまったのだといいます。
この事態に対してイーロンは広告業界の最高マーケット責任者を集めて会議を開いて説明を試みるものの、「今後の計画は?」という基本的な質問に対してあやふやな答え方に終始してしまったために、会議が終わる前から予算を引き上げる企業が現れるほどの混乱が生まれてしまいました。
折しも下院議長のナンシー・ペロシ氏の夫が自宅に侵入した男に狙撃されて重症を負うという事件が発生し、それに対してイーロンが陰謀論をほのめかすツイートを投稿してから消すという事件も発生します。
イーロンの 「クソツイッタラー」ぶりが、Twitterがユーザーにとって安全な場所で、広告主にとってブランドを任せられる場所であり続けるのかについて、疑問を抱かせる結果を生み出してしまったのです。
広告収入はTwitterの生命線です。イーロン自身もこれを理解しているからこそ、買収が決定して最初に行ったツイートは広告主を安心させるためのツイートでした。
このツイートでイーロンは「Twitterは誰が何をいっても責任をとらなくていいような地獄のような場所になるわけにはいかない」と宣言します。そして、どのような言論が許されるのか、アカウントの凍結解除がありうるのかについては、コンテンツモデレーションに関する評議会を多様な視点で集めて決定すると発表しました。
中間発表を前にトランプ元大統領のアカウントを復活させるのか注目していた世間に対して、結論を先送りしたかっこうとなりました。
「言論の自由絶対主義者」としてふるまえば広告主が逃げてしまう。そうすればビジネスとしてのTwitterは窮地に陥る。イーロンの焦りとジレンマが、ここに集約されているといえるかもしれません。
モデレーションの不可能なまでの難しさ
ではあらためて、Twitterにとってモデレーションとはどういう問題なのでしょうか?
それは、限られた画面のなかにどのようなツイートを表示するのか、どんなツイートが増幅され、どんなものは抑制されるのかを決める高度に技術的な問題であり、同時にきわめて政治的な問題でもあります。
例えばアメリカではトランプ元大統領をはじめとする共和党側支持者が2018年頃から自分たちのツイートの拡散が抑制され、アカウントが検索から見えなくなる「シャドウバン」を受けていると主張している件があります。
Twitterはこれに対して政治的な理由を根拠としたシャドウバンは存在しないとの調査報告を公表しましたが、たとえそうした作為的な改変がなかったとしても、タイムラインに何を表示するかは技術的には高度で、心理的にはデリケートな問題です。
例えば10人しかフォローしていない人のタイムラインは比較的ゆっくりで全てのツイートが表示されているかもしれませんが、10000人をフォローしている人は、単位時間あたりに画面上に表示できるツイートには限界がありますので、どうしても間引かなくてはいけなくなります。
ツイートの頻度が極端に多い人が表示されてばかりだとスパムが増えてしまいますので間引かないといけませんし、ノイズのようなツイート、攻撃的なツイート、関連のないツイートを減らしつつ、ユーザー一人ひとりのフォロー状況にあわせて興味のあるトピックを優先し、関連する広告も動的に変化させなくてはいけません。これを全世界2億人といわれるユーザーに対してリアルタイムでおこなっているわけです。
しかし問題はここで終わりません。間引かれた側にも都合や言い分はあるのですから耳を傾けなければいけませんし、ユーザーのアテンションにむけて最適化されたタイムラインが少数派の弱者や、重要だけれどもニッチな情報を抑制する可能性も考えなければいけません。その一方で収益のためには広告をユーザーの意に反して増幅させなければいけないタイミングもあるでしょうし、そもそもTwitterがひとりひとりのユーザーにとって楽しい場所でなければユーザーはTikTokやInstagramに奪われてしまいます。
このすべてを考慮して、結果として表示されるタイムラインが公平で、中立で、ユーザーにとって興味深く、そのうえでモデレーションのポリシーに合わせて安全で、なおかつ広告主にとっても利用価値が高く収益をあげなくてはいけない。そうした不可能なほど困難なバランスを取らなくてはいけないのがTwitterのタイムラインのモデレーションです。
それがいま、イーロンに課せられた課題なのです。
イーロンはこの問題についてTwitterのアルゴリズムをオープンソース化するなどといった形で透明化をもたらせないかと提案しています。しかしそれが問題の解決になるのかは不明です。というのも、モデレーションは技術だけで解決できる問題ではなく、価値観のバランスを取り続ける問題だからです。
Twitterの買収の完了後、あるタイミングでイーロンは自身のプロフィールで自分の位置情報を「Hell」(地獄)に変えました。イーロン一流の皮肉なのか、あるいは思っていたのとは違った光景に対する述懐なのでしょうか。
確かなのは、Twitterを愛用しているユーザーの未来もまた、好むと好まざるとにかかわらず、彼と分かちがたく結びついているということです。
連載第1回:イーロン・マスク氏はなぜTwitterの収益化を急ぐのか
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