都市部を中心に品質が大きく低下していたドコモのネットワークですが、同社は4月に対応策を発表。7月28日には、つながりにくさ・遅さの象徴とも言えるスポットだった東京の渋谷、新宿、池袋、新橋での改善状況が明かされました。
以前、この連載でも取り上げたように、人流の戻りや地形の変化などがその原因。単純に言えば、増加したトラフィックを混雑エリアでさばききれなくなったということです。
ただし、上記4エリアでも依然として通信品質が低下したままの場所は残っています。代表例として、基地局の撤去されてしまったJRの渋谷駅ホームが挙げられていますが、筆者が簡単に調べた限りでも、まだまだ完璧とは言いがたい状況。
上記4エリア以外でも通信品質の大幅な低下は報告されており、チューニングの継続が求められます。
とはいえ、上記記事でも指摘したとおり、チューニングは対症療法でしかありません。チューニングしたとしても、ネットワークのキャパシティには限界があるため、それを上回るトラフィックが発生してしまうと、また似たような状況になってしまうからです。
ドコモは帯域幅が広く、大容量の5Gを「瞬速5G」と銘打って展開しています。この5Gを適切に広げていくことが、パケ詰まり解消の鍵になります。
実際、渋谷のハチ公口からスクランブル交差点にかけては、「計画を3か月前倒しにして、6月に(5Gの)サービスを開始できた」(ネットワーク本部 無線アクセスデザイン部 エリア品質部門 エリア品質企画担当 担当課長の福重 勝 氏)と言い、ネットワーク品質が大幅に向上しています。
筆者が試したところ、この場所では5G SAにつながるようになり、人が密集しがちな夜でも数百Mbpsの速度をたたき出していました。これぞドコモ品質といったところで、期待が持てます。
ただ、それならばもっと早い段階で混雑エリアに5Gを展開していけばいいのでは……との疑問もわいてきます。ドコモによると、周波数ひっ迫度合いは「セル単位、周波数単位で見て、どういうスループットになっているのかは推定できる」(同)とのこと。通信速度そのものが直接わかるわけではありませんが、ある程度、検知の仕組みは整っていたと言えるでしょう。
本来であれば、こうした場所にこそ、新周波数帯である3.7GHz帯なり4.5GHz帯なりの5Gが生きてくるはずです。実際、ドコモは「瞬速5Gを中心に、面的にある程度トラフィックの多いところを中心に進めてきた」(同)と言います。
ところが、その途中で「環境の変化や方針の変更」(同)があり、思うようにこれらのミッドバンドを広げられなかったようです。
ドコモは、国内で唯一、固定衛星通信との干渉を気にせずエリアを展開できる4.5GHz帯を展開していましたが、「全体の工程の中で先に置きすぎ、アドバンテージを生かしきれなかった」(ネットワーク本部 無線アクセスデザイン部 エリア品質部門 担当部長 佐々木 和紀 氏)のも仇になりました。この環境の変化や方針の変更とは、4Gからの周波数転用の開始や、人口カバー率拡大を打ち出したことです。
元々ドコモは、4Gから転用した5Gを「なんちゃって5G」と揶揄するほど、周波数転用には消極的でした。実際、いくら5Gといっても、帯域幅が狭ければスループットは上がりません。端末のピクトだけが5Gになるのは、有利誤認を招くというのが当時のドコモの主張。こうした考えもあり、まずは3.7GHz帯と4.5GHz帯の整備を優先していました。
ところが、政府がこのちゃぶ台を盛大にひっくり返します。2021年に総理大臣に就任した岸田 文雄 氏は、「デジタル田園都市国家構想」を打ち出し、そのインフラに5Gを据えました。簡単に言えば、5Gは全国に広くあまねく展開すべきであると打ち出したわけです。同年12月には、総務省が4キャリアに対し、5G基地局整備の加速化を要請。これと同時期に、ドコモは周波数転用の認可を得ています。
総務省が2022年3月に公表した「デジタル田園都市国家インフラ整備計画」では、23年度末の5G人口カバー率の目標が95%と定められました。元々、5Gは人口カバー率ではなく、基盤展開率で計画が立てられ、しかもそれは新たに割り当てた周波数が中心でした。ドコモも基本的には、これに従っていたように見えます。一方で、新たに打ち出されたのが人口カバー率でした。
ここからは筆者の推測ですが、ドコモがこの方針変更にあわてたのは、想像に難くありません。いきなり「2年後に人口カバー率を95%にせよ」とお達しがきたわけですから。実際、消極的だった周波数転用を開始した理由を問われたドコモの井伊基之社長は、「4Gの周波数再利用を(計画に)組み込まないと間に合わない」とこぼしていました。
しかもこのタイミングは、料金値下げ直後のこと。コスト削減を続けている状況での話です。井伊社長はさらっと語っていましたが、新たに周波数転用で5Gのエリアを広げるための資金的、人的リソースを確保するのは相当ハードルが高かったはずです。
ただ、数値目標が出てしまうと、それを守らざるをえなくなってきます。限られたリソースをやりくりすると、どこかにしわ寄せが出てきてしまいます。
特に、冒頭で挙げた渋谷や新宿、池袋、新橋は、すでに5Gを展開済みでもあります。すでにカウントされているため、ここに新たな基地局を打っても、人口カバー率や基盤展開率は0.001%すら上がりません。
それならば、こうしたエリアは、人口カバー率を達成してから改めて5Gを整備していこうとなっても、不思議ではありません。達成がギリギリの強烈なノルマの達成を求められているときに、ほとんど儲からない副業をする人はいないのと同じ理屈です。
一方で、他社は早々に4Gからの周波数転用を開始していたこともあり、23年度末に95%と言われても、ある程度余裕があったはずです。ソフトバンクは22年4月に5G人口カバー率が90%を突破。KDDIも、23年3月に人口カバー率90%を達成しています。ソフトバンクは2年、KDDIは1年で5%を達成すればよく、ドコモに比べれば大きな余裕があります。ドコモ以外は、計画通り、周波数がひっ迫しそうな場所に5Gを展開していくリソースがあったと言えるでしょう。この理屈なら、特に通信品質が低下しているのが「ドコモだけ」な理由を説明できます。
結果として、新周波数帯の拡大を愚直に推進してきたドコモの方針が裏目に出てしまったわけですが、こう書くと、ドコモ擁護かと思われるかもしれません。ただ、対応が後手に回ってしまったのは「読みが甘かった」(福重氏)ドコモの責任。予測の精緻化や、ユーザーの声をきちんと拾い上げる体制作りなどに課題があるのは事実です。
持株会社であるNTTの島田明社長も、8月9日に開催された決算説明会で、「通信品質に関してはいろいろなところで話題になり、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ない」と謝罪。そのうえで、「今年度は色々お騒がせして対応をしたが、来年度は投資「も」しっかりしたい」(同)と語っています。
コストをかけ、5Gの基地局整備を加速させていけば、通信品質を高めることはできるでしょう。「ドコモの最大の売りは高い回線品質」(同)というだけに、パケ詰まり解消には全力投球してほしいと感じています。