山内一典氏インタビュー「GTアカデミーの成功は確信していた」。映画「グランツーリスモ」を語る

カルチャー Film / TV
飯島範久

フリーライター。週刊アスキーを卒業後、フリーのライター・編集者として活動中。クルマを運転するのが大好きでグランツーリスモは初代からプレイしレースゲー愛は強め。

特集

映画「グランツーリスモ」の公開に合わせて、ポリフォニー・デジタル(「グランツーリスモ」シリーズの開発元)の代表取締役でありPlayStation用ソフト「グランツーリスモ」シリーズ クリエイターである山内一典氏にインタビューする機会があったので、映画にまつわるお話や世界観について伺いました。

山内氏は、映画「グランツーリスモ」においてもエグゼクティブプロデューサーを務めています。

なお、映画の内容については、こちらのネタバレなし映画評記事をご覧ください。


「グランツーリスモ」のプレイヤーがプロレーサーになれると確信していた

━━今回、「GTアカデミー by 日産×プレイステーション」(以下「GTアカデミー」)をベースとして「グランツーリスモ」が映画化されましたが、山内さんから何か要望をしましたか。

僕自身が関わっていたのは脚本の初期段階までで、その段階では僕から申し上げることはありませんでした。基本的には、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)の皆さんにお任せしています。

ただ、1つだけ。脚本家の方がいらっしゃって「ヤンがレースで勝つ時にゲーマーならではの目線ってあるんだろうか?」と質問されたんですね。その時、僕が申し上げたのは、実際「グランツーリスモ」で何千周も走っていると、定石よりも速いラインがあるということが分かってくるんですね。特にル・マンなどは年に1回しか走らないコースなので。

ですが経験のある先輩ドライバーや、エンジニア、あるいはチーム監督が、このコーナーはここを通れとか、ここに行っちゃダメだとか、そういうことを結構言われるんですよ。でも長時間何度も練習してきたゲームプレイヤーだからこそ分かる要素ってあるんですよね。

━━2008年に「GTアカデミー」を立ち上げましたが、その当時のことは覚えていますか。

「GTアカデミー」を立ち上げるきっかけになったのは2004年のニュルブルクリンクで、僕は日産から招かれて、登場したばかりのZだったと思いますが、それをサーキットで走らせたんですよね。

その時に日産のグローバルマーケティングダイレクターのダレン・コックス氏と出会い、「グランツーリスモのプレイヤーって、プロのレーシングドライバーになれるかな?」という話をされて。

僕はその当時から、それに関しては確信があったので「絶対になれると思うよ」と返答したところからこのプロジェクトはスタートしました。

━━初代『グランツーリスモ』から単なるレースゲームではなく“リアルドライビングシミュレーター”としてスタートしましたが、その当時からゲームをプレイする人が実車に乗ってレース界にデビューすることになるとは想像していましたか。

このゲームをプレイすることで、ドライビングテクニックが学べて、スキルとして身に付けられることは分かっていましたが、それと実際にレースに出ることはまったく別で、それ以外の要素がないとレースに出られないし、お金もかかります。だから、そこまで想像はしていませんでした。ただ、いつかそういう機会ができたらいいなとは思っていました。そういう意味で、「GTアカデミー」は本当に恵まれていたと思います。

━━当初はゲーム機の性能の制約もあり、ちゃんとした物理シミュレーションができなかったと思います。それが、実際のレースでも対応できるレベルなのではと思われたのは、いつぐらいからですか。

『グランツーリスモ2』(PS用ソフト)や『グランツーリスモ3』(PS2用ソフト)あたりからそう思っていました。だから、「GTアカデミー」のプロジェクトが始まった時には、そういう意味での不安は全くなかったですね。必ず結果は出してくれるだろうと思っていました。

モータースポーツはある意味、戦場

映画「グランツーリスモ」のワンシーン。ゲームと違いリアルモータースポーツの世界では、チーム監督やメカニック、エンジニアたちとのコミュニケーションが重要になってくる

━━「GTアカデミー」のプロジェクトがスタートし、実際に成功するまでの心境の変化はあったのでしょうか。

彼らが「グランツーリスモ」を通じて学んだドライビングテクニックが、リアルなレースの世界でも通用することに関しては疑いを持っていませんでした。

ただ、僕も「GTアカデミー」のプロジェクトが始まって、初めてモータースポーツの世界の内側というものをだんだんと知りました。1人のドライバーをあれだけのチームがサポートしながら、走らせて勝負させるというモータースポーツの世界です。

ほかのスポーツとはちょっと違い、やっていることは、ある意味戦争に近くて、命の危険もある世界ですから、彼らは実際には「GTアカデミー」出身選手としてリアルレースにデビューするやいなや、次々と勝ちまくっていったわけですけど、同時にずっと心配はしていました。

事故もそうですが、次から次へと勝負に勝ち続けなければならない世界なので、彼らの人生のことを心配していました。

━━「GTアカデミー」によって未来のドライバーを育てていくにあたり、今振り返ってみて、もっとも大事なこととはなんだと思いますか。

これは多分、日産の皆さんと僕が考えていたこととは、もしかしたら同じではないのかもしれません。結果的に僕が感じたのは、やっぱり世界でトップレベルのプレイヤーになって勝ち上がってくる選手って、みんな人間的にも素晴らしいんですよね。

先日アムステルダム(※)で、映画のレッドカーペットをやってきましたが、その時は、歴代の「GTアカデミー」ウィナーのみんなにも来てもらいました。やっぱり、みなさん素敵で、勝負を勝ち上がってきた人だけが持っている魅力とか、オーラとか、もちろん頭もいいし、努力家だし、物事に対するアプローチもすごくシャープだし。

そういう若者たちが、あの時代を過ごして、お互いに友達になって、その過程で、チームやメカニック、エンジニアといった人たちとコミュニケーションしながら、人間的に成長していくというところが、僕はいちばん良かったんじゃないかなって気がしますね。
(※)「GTアカデミー」後に始まった公式世界大会「グランツーリスモ ワールドシリーズ(GTWS)」。8月にアムステルダムで開催された「GTWS 2023 Showdown」には世界各国・各地域からトップランカーが集まり『グランツーリスモ7』(PS5/PS4用ソフト)の腕を競った。今年はこの大会期間中に映画「グランツーリスモ」のプレミア上映も同時開催された。
https://www.gran-turismo.com/jp/gt7/events/gtws2023/showdown/

━━映画がドライバーの成長を感じつつも、チームのマネジメントや監督などとの関係性がすごく強く、チームのあり方を描いた作品なのかなとも思いました。

リアルなモータースポーツのいちばん素敵な部分はそこなんですね。僕もニュルブルクリンクで8年間ぐらいレースをしていましたけど、ホントに戦場なんです。まず武器を作るところから始まり、その武器に色々仕込むわけじゃないですか。勝つためのあれこれを。

そこには、たくさんのメカニックがいて、エンジニアがいて、ロガーデータを取って、それを解析して、もっと速い車にしていくというプロセスで、しかもそれがガチンコで勝負するわけですから。命をかけて。それってもう完全に戦場なんですよ。

だから、ヨーロッパのモータースポーツ文化って、おそらくは戦争を無くすために生まれた1つのアイデアなのではと思ったくらいです。でもその部分って簡単にゲームが真似できるような世界ではないんですよね。

━━映画の中の話では、「GTアカデミー」のメンバーはシムレーサーと言われ、初心者扱いを受けていたと表現されていました。実際に「GTアカデミー」が発足した当時は、そのような扱いだったのでしょうか。

2008年の当初はそうでした。また「GTアカデミー」の選手はリアルでも本当に速かったので、レースで結果を出し始めるとある時点から、彼らをアマチュア扱いするのは「ズルイ」という風に言われたりもしました。

だから、例えば、ヤン・マーデンボローが出ていた「ADAC GT Masters」みたいなレースは、2人のうち1人はブロンズドライバー(戦績のないアマチュアドライバー)じゃなければいけなくて、プロと組んで参戦するルールになっていたわけです。

当然彼らたちはレース経験がないから、ブロンズ扱いでエントリーするわけですが、プロより速かったりするわけですよ。だから「汚いだろ。あれはブロンズドライバーじゃない」というふうに言われていましたね。

今の公式世界大会である「GTWS」も世界各国・各地域に相当数の競技人口がいるわけで、その中のトップはやっぱり半端ないですよ。とてつもない才能があります。

現実をシミュレーションするという難しさ

━━シミュレーターというのは、いまではモータースポーツ界になくてはならない存在になっていますが、そうしたシミュレーターができたのも「グランツーリスモ」という存在が非常に大きく影響を与えたと思います。

初代『グランツーリスモ』を作ったころというのは、きちんとしたシミュレーターは世界のどこにもなかったので、そういう意味では、1つのジャンルを作ったと思います。

例えば、その時にティーンエイジャーだった子たちは、今やそれぞれの企業の中核にいるような年齢になっています。そういう人たちが、シミュレーターを作っているという景色なのかなと僕は思っています。

━━山内さんの目指してきた現実のシミュレートというのは、かなり完成されてきているという印象が強いのですが、山内さんの考えとしてはどうなのでしょう。

すごく細かい話をすると、例えばサーキットでのラップタイムをシミュレーションするというレベルなら、とっくにできています。

ただ、例えばBMWとポルシェの違いは表現できますが、レクサスとメルセデスの違いが表現できるかというと、なかなか難しいかなと、そんな感じですね。

━━現実をシミュレートするようなものを作ることにおいても、何か独自の距離感や哲学を持っているように感じます。

哲学は好きです。ポリフォニー・デジタルも、創業時に、フィロソフィというのを掲げていて、今でも変わっていません。よく考えてみると、企業が哲学を持てるということ自体が、奇跡みたいなものなんですよ。

よく皆さん企業哲学と言いますが、実際に本当の意味での企業哲学って簡単ではないと思います。僕は、読書が好きで13歳の時から1日1冊読むと自分に課していて、今でも続けています。だから、そこで得ている知識によって自分が変化していくわけです。

変化していったものが、例えばポリフォニー・デジタルだと、それを作品の形であったり、あるいは会社の形であったり、実際に試せるんですよ。

それって、思想においてはすごく重要なことで、ただ思想を持つだけだと、身体化していかないんですね。

その考え方とか、哲学ってそれを実践で試し、世の中にノックしてみて、その反応が返ってきて初めて、自分の血となり、肉となるところがあるので、そういう意味では、すごくこの環境は幸運だと思っています。

━━今後、レース業界に貢献できることは何か考えられていますか。

例えば「グランツーリスモ・ソフィー」(以下「GTソフィー」)(※)みたいなものは、レース業界と組み合わせると結構面白いと思います。

今はシミュレーターベースの開発が増えてきていると思うのですが「GTソフィー」は何しろ安定しているし、速いし疲れないし(笑)。

だから、例えばエンジニアがちょっとウイングの角度を変えたり、スプリングを変えたりした瞬間に、パッとラップタイムが出るわけじゃないですか。「じゃ、どれがベストなのか」というのがすぐに分かるわけですよね。ですので、そういう可能性は大いにあると思います。
※「GTソフィー」…前作『グランツーリスモSPORT』(PS4用)を活用し、Sony AI、PDI、SIEにより共同研究開発されたAI。
https://www.gran-turismo.com/jp/gran-turismo-sophy/

2世代に渡ってのめり込む「グランツーリスモ」の魅力

━━「GTアカデミー」を実施したことで得られた知見が、eモータースポーツとしての「グランツーリスモ」シリーズを開発していくにあたって活かされた点はありますか。

さきほど言いましたが、僕にとって「GTアカデミー」というプロジェクトが最終的に何を残したかと言うと、輝かしい戦績はもちろんですが、素敵な連中が出会う機会ができたことがいちばん大きかったですよね。

そういう意味では、「GTアカデミー」の後に2018年から公式世界大会である「GTWS」が始まって、そこでもいちばん大事なのは、やっぱり人と人が出会うことかなって思っています。

━━初代『グランツーリスモ』が出てからもう25年が経ち、車好きの方々や、シリーズのファンの方々に加えて、最近になって新たに「グランツーリスモ」を始めるゲーマーの人たちもいると思います。新しい層を獲得するにあたって、どのようなアプローチをされているのでしょう。

「グランツーリスモ」シリーズって常に全年齢を対象に作ってきたタイトルで、特に世代を狙うとか、そういうマーケティング的な発想で作ったことは1度もありません。

だからその都度ベストなものは作りたいと思っています。今、「グランツーリスモ ワールドシリーズ」に出てきているトップドライバーたちは、みんな彼らの親世代が初代『グランツーリスモ』からの大ファンなんですね。彼らはみんな親御さんと一緒に3、4歳から「グランツーリスモ」を始めているんですよ。

2世代にわたって、ファンであり続けて、かつ子供たちがそうやって大成していくというのは、25年間シリーズを続けてきたことの価値だと思います。現場で必死になって作っていると、25年という時間の重みが分からないのですが。

━━今回の映画によって、「グランツーリスモ」を初めてプレイする方や、久しぶりにプレイしようと思う方がいらっしゃると思いますが、そういう人たちに何か伝えたいことがありますか。

今回の映画は、「GTアカデミー」という「グランツーリスモ」シリーズの歴史の中にある10年間を切り取った物語で、僕自身はもちろん現場にもいたし、レース独特のヒリヒリ感の中にもいましたが、ある意味忘れていた世界でもありました。

それが今回、本当にいろんなことに恵まれて、素晴らしい映画になって、その10年間がクリスタライズしたと思います。おそらく、「グランツーリスモ」のプレイヤーの皆さんも、それぞれに思い出があると思いますが、映画を観ることで、何か思い出していただきたいですね。

また、映画を観て始める人には、『グランツーリスモ7』を使って、ドライビングスキルを学ぶのもいいし、クルマの文化を学ぶのもいいし、あるいは車のデザインを知るのもいいし、そうやって自分が成長できることに向かっていってほしいですね。

━━最後に今回の映画について一言お願いします。

この映画って、本当にいろんな曲折があって、ようやく出来上がった映画です。結果的には、素晴らしい映画になってよかったと、胸を撫で下ろしています。

いわゆるエンターテイメントで、観た人の気持ちをポジティブにさせてくれる作品だと思います。ものすごく丁寧に作られていて、それが僕は良かったなと思います。

映画「グランツーリスモ」は 9 月 15 日(金)全国の映画館で公開
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント


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《飯島範久》

飯島範久

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