ペトリ皿の上で人間の脳細胞を約80万個にまで培養した「DishBrain」に、科学者が原始的なゲーム『Pong』をプレイさせることに成功したと、査読付き科学ジャーナルNeuronに発表しました。
この研究を率いた研究者Brett Kagan博士は、「外部から情報を得て、それを処理し、リアルタイムで反応を返すことができる」と語っています。
話だけを聞いていれば、なんだか皿の上の小さな脳細胞の塊に自我があって、何らかの方法でコントローラーを操作してゲームをプレイしたかのうような話にもきこえます。しかし、いくら人の脳細胞とはいえ、目もなければ耳もない脳細胞のかけらがそのような高度な反応を示せるはずもありません。
では具体的にどういう仕組みで脳細胞がPongをプレイしているのでしょうか。研究者は、多数の電極を敷き詰めたシートの上に脳細胞を乗せ、ゲームのプレイ情報を電気パルスの刺激として脳細胞に与えたとのことです。脳細胞と電極シートの接する範囲を分け、ある範囲はゲームで画面を動くボールの位置を電極からの情報として与え、別のある範囲にはパドルを動かすための領域を割り当てました。こうすることで、脳細胞はボールとパドルの位置関係を知ることが可能になりました。
そしてパドルの範囲の電極に脳細胞から神経活動を検出すれば、パドルをその方向に動かすようにコンピューター側を設定、うまくボールの位置にパドルを重ね合わせることができれば、一貫性ある電気的刺激を脳細胞に与え、外してミスになるとランダムな電気刺激を加えるようにしました。これで、この脳細胞はパドルでボールを追いかけて打ち返そうとするようになったとのことです。
もちろん、この脳細胞に意識があるわけではありませんが、ランダムな刺激よりも、一貫性ある刺激を得るために自らパドルを動かしたということになります。
そして興味深いことに、研究者らはこの脳細胞にゲームをリアルタイムにプレイさせたところ、開始から5分で明らかにプレイが上達し始めたように見え、20分が経つころには明らかにゲームが上手くなっていたと述べています。これは培養した脳細胞のほうが、コンピューターで構築した人工知能(AI)を強化学習させるよりも、少なくとも覚え始めの時期は飲み込みが早いことを示しているようです。研究者のひとりは「この小さな脳は教えられなくても学習し、適応性と柔軟性を向上させた」と述べています。
研究者らは、今後の研究では脳細胞にアルコールやなんらかの薬を与えてPongをプレイさせた場合、そのプレイ能力にどう影響を及ぼすか(要するに酔っ払ってゲームが下手になったりするのか)を調べ、将来的に人工脳が人の脳のかわりとして効果的に使えるようになるかを検証したいとしました。これは、たとえばアルツハイマー病の治療法の実験に役立てることなどが期待されます。
ちなみにこの研究の以前のバージョンは、2021年12月に生物学の未査読論文アーカイブBioRxivにも掲載されていました。また共著者のひとりKarl J. Friston氏は著名な脳神経科学者で、2016年には科学文献を検索するツールSemantic Scholarで最も影響力ある神経科学者に選出されています。