謎のAIデバイスメーカーHumaneとは何者か。バッジ型AIウェアラブル「Ai Pin」が生まれた背景と周到な準備

テクノロジー AI
五島正浩

シリコンバレーのIT企業でエンジニアとして働きながら、最新のシリコンバレーの話題を紹介しています。

特集

OpenAIのAI技術を胸に装着する小型デバイスで操作する「Ai Pin」が注目されています。スタートアップでありながら野心的なAIデバイスを投入したシリコンバレーのメーカーHumaneに、筆者は1年ほど前から注目していたのでした。


全く新しいウェアラブルデバイス「Ai Pin」

アメリカのHumaneという会社が開発したウェアラブルデバイス「Ai Pin」がついに正式発表されました。アメリカでは11月16日に発売です。「Ai Pin」という名前の通り、ピンバッジのように衣類の上に装着可能なカメラ付き小型デバイスで、いつでもどこでも簡単に音声入力による対話型AIのアシストが利用できるようになります。

本体にはキーボードやディスプレイが付いていません。このため基本操作は音声入力、デバイスへのタップ、ハンドジェスチャーで行います。出力が必要な時はレーザープロジェクターで手のひらに簡易なUIを照射するようになっています。

AIに関してはOpenAIとMicrosoftとコラボレーションしていて、T-Mobileのネットワーク経由でクラウド上の最新AIプラットフォームにアクセスすることができます。

発表時に公開された動画では、AIと音声で対話しながらメッセージを作成し送信したり、今日の予定の要約を確認したり、スペイン語と英語の音声翻訳として使うシーンが紹介されていました。さらには、手のひらのアーモンドをカメラに向けて画像認識させることでアーモンドのプロテイン含有量を問い合わせるデモも。1日の栄養摂取量を記録していくことでヘルス管理として使えるそうです。

今年5月のTED TalkでAi Pinのプレビューが公開されました。これからのコンピュータは小型化され見えないものに近づいていき、そしてどこからでもAIが利用できるようになるというHumaneの方向性が示されると、スマートフォンは今後不要になっていくのか? 次世代のデバイスはAR/VRグラスではなくてHumaneなのか?という点への関心が高まりました。

TED TalkでHumaneのセッション

創業者夫婦は元Apple社員

Humaneは2018年にImran ChaudhriとBethany Bongiornoによって創業されたサンフランシスコのスタートアップです。Salesforce CEOのMarc BenioffやOpenAI CEOのSam Altmanが早期の段階で出資していることが知られています。

創業者の2人は夫婦で、共にAppleでの長いキャリア経験を持っています。Imran Chaudhriは1995年から22年間AppleでMac、iPhone、Apple Watchなどなど多くのプロダクトのデザイナーとして働いていました。多くの特許を取得していて、その中にはiPhoneのGUIに関する特許も含まれています。

また彼のX(旧Twitter)へのポストには2017年に初代iPhoneデザインチームと再会した写真もあり、iPhoneの初期段階のデザインに関わっていた様子がうかがえます。Bethany Bongiornoは2008年から8年間Appleに在籍し、ソフトウェア開発のディレクターとしてiOSや,macOSのプロジェクト管理を行っていました。

ステルスモードが長く続いていましたが、Appleでの輝かしい経歴を持つ2人が作った新しいガジェットのスタートアップということで、昨年後半くらいから少しずつ話題になり始めました。

▲Imran ChaudhriとBethany Bongiorno。Humane公式サイトより

まるでApple CM「1984」のようなイメージ動画

初めてHumaneの名前を知ったのは、昨年の夏頃だったと思います。私はシリコンバレーで働いているのですが、オフィスで久しぶりに会った元上司とお互いの近況について話をしていた時のことでした。彼の奥さんがサンフランシスコのスタートアップに転職したという話になり、その時見せてもらったのがHumaneのサイトでした。

トップページに手の込んだイメージ動画があるだけで、プロダクトの情報は一切なし。この会社は何なんだろう?というのが第一印象です。しかし、この動画をよく見てみると、スマホやAR/VRグラスを使っている人々が青く暗い色で無表情で描かれていて、その間を明るく照らされた一人の女性が駆け抜けて行きます。どこかAppleの伝説のCM「1984」を彷彿させるものがあります。

その時はよく理解できなかったのですが、プロダクトが発表された今改めて見てみるとHumaneがAi Pinに込めたビジョンを的確に表した動画だったことがわかります。

Apple CM「1984」を彷彿させるイメージ動画。X(旧Twitter)から

元上司によるとHumaneは元Appleのエンジニアを大量に採用して新しいガジェットを開発しているらしいのです。たしかに彼の奥さんもハードウェアエンジニアで、Appleで働いていたこともあるのでまさにぴったりの人材っだのでしょう。

人気インフルエンサーによるコミュニティ作り

少ししてからさらに詳しく調べてみると興味深いことを見つけました。Humaneのメディア担当のトップとしてSam ShefferがHumaneに加わったのです。昨年9月のことでした。彼はニューヨークでテック系YouTuber兼インフルエンサーとして有名な人物で、その前にはEngadget、The Verge、Mashableと有名テック系メディアで働いていました。

人気インフルエンサーをメディア担当に採用するとはどういうことなのでしょうか?

彼はHumaneに入るとすぐに毎週金曜日にHumaneのオフィスからYouTubeライブをはじめました。毎回異なるHumaneの社員を招いての対談形式です。元Appleのエンジニアが多いこともあり、Apple時代の思い出や開発秘話的なものが聞けたりしてなかなか興味深いものでした。ライブを通じてHumaneの中の人をオープンにすることで、いかに才能のある優秀な人々がHumaneに集まって開発が行われているのかを理解できますし、またHumaneに対する親しみが湧きます。

オフィスでHumaneについて語るSam Sheffer

これに加えて彼はHumaneのDiscordも始めました。Discordの受付開始は金曜日のYouTubeライブの中で行われたので私も視聴していたのですが、30分くらいの間に760人程のメンバーが登録され、2日後には2000人を超えていました。1年ほどたった今確認してみると、1万3000人になっているので、プロダクトを発売をする前にも関わらず、結構な数のサポーターを獲得したことになります。

対話型AIによるアシストに特化した全く新しいウェアラブルデバイス「Ai Pin」の開発の裏では、人気テック系インフルエンサーによるコミュニティを立ち上げの行われていました。こうしたアーリーアダプターのファンたちからの支持を得ることで、Humaneの未来を強固なものにしていくのでしょう。ちなみに早期からのサポーターに対しては、事前登録することでAi Pinの一般への販売開始2日前から注文できるという特典があります。

▲HumaneのDiscord

一般的にハードウェアのスタートアップは多くの資金を必要とするためなかなか難しい言われます。創業から4年が経ち、今回プロダクトをリリースできたのは大きなマイルストーンの達成と言えるでしょう。Humaneが今後のコンピュータの在り方や我々の生活にどのような影響を与えるのか注目していきたいと思います。

《五島正浩》

五島正浩

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