XREAL共同創業者Peng Jin氏単独インタビュー「あくまで製品はシンプルに。しかしARの未来も追いかける」(西田宗千佳)

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西田宗千佳

西田宗千佳

フリーライター/ジャーナリスト

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1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。

特集

サングラス型ディスプレイ・ARグラスの草分けであり、世界トップシェアでもあるXREAL。その共同創業者であるPeng Jin氏への単独インタビューをお届けする。

XREAL共同創業者のPeng Jin氏

Jin氏はベンチャーキャピタルで複数のテクノロジー企業の育成に関わり、XREALでは商業と戦略の責任者も務める。

同社は今秋に2つの新製品を発売。上位モデルである「XREAL Air 2 Pro」は、11月17日より販売している。



先日開催された「CEATEC 2023」にもXREALはブースを展開、新製品をアピールした。

今のXREALの製品戦略だけでなく競合との関係、そして同社製品が生まれた背景などを聞いた。

なぜ新機種は2ライン? ソニーと積極的に関わりマイクロOLEDを調達

XREALが「nreal」として創業したのは2017年のこと。2019年に最初のデバイスである「nreal Light」を発表、2020年初頭から出荷を開始し、現在の主力製品「XREAL(nreal) Air」は2022年春に発売している。冒頭でも述べた新型である「XREAL Air 2」と「同 Air 2 Pro」はAirの後継機種にあたる。

XREAL Air 2

XREAL Air 2はXREAL Airのマイナーチェンジ版と言えるもので、重量が前モデルから10%削減され、画質や音質、かけ心地が少しアップデートされている。XREAL Air 2 proはほぼ同じスペックだが、さらに電子式の調光機能が搭載され、透過率を0%(非透過)・35%(通常)・100%(透過)の3段階から選べるようになっている。

XREAL Air 2 Pro

逆に言えば差は透過度だけで、価格差も7000円(Air 2が5万4980円で、Proが6万1980円)程度と、そこまで大きくない。

どちらかだけを出せばいいようにも思えるのだが、なぜモデルを複数用意したのだろうか? Jin氏は次のように答える。

「より多数のモデルがあると、我々側での管理が大変になりますし、消費者も選びづらくなります。家電量販店のように大量の製品があっても選べませんよね? 確かに今回の2製品は90%同じものです。しかしその上で、明確に違う点がある。大きく違うわけではないので、デベロッパーが戸惑うこともない。一方消費者は必要な方を選べるわけで、良いラインナップ構成だと考えています」(Jin氏)

サングラス型ディスプレイは多くのメーカーから販売されるようになってきた。XREALが新製品を出したのも、競争が激化してきたからでもあるだろう。

だがJin氏は「競合はほとんど気にしていない」という。

「現状、競合のシェアをすべて合わせても我々のシェアには届きませんから、あまり気にしていません。一方で、市場のポテンシャルは遥かに高い」(Jin氏)

これはシェアの高さからくる話だけではない。彼らのデバイスの作り方に対する自信からきているものでもあるようだ。

「製品の品質という観点からも、経験という観点からも、私たちは非常に異なっていると思います。私たちは独自の光学エンジンを製造していますが、他社はOEMメーカーと協力しています。業界の発展段階において、独自の技術を構築する能力は非常に重要だと思います。アップルがMacやApple IIを作ったときのようなものです。彼らは自分たちで作らなければならなかった。まだサプライチェーンもなかったですからね。我々も同じような感じでスタートしました」(Jin氏)

XREAL Airシリーズは、ディスプレイにマイクロOLED(有機EL)を採用している。パートナーはソニーだ。

この関係は初期から続くものだが、Jin氏は当時の状況を次のように振り返る。

「ソニーとの関係は、iPodが生まれた時のエピソードに近いですね。初代のiPodでは東芝製の1.8インチのハードディスクが使われていましたが、東芝は小さなハードディスクを作ったものの、それを大量に販売する用途が見つからずにいました。それがiPodで一気に変わったわけです。

マイクロOLEDも同じです。我々とソニーは強い相互依存関係にあります。ソニーは最高品質のマイクロOLEDを開発しましたが、なかなか数を増やせずにいました。ですが、我々とともに製品を作ることで大きなニーズを掴むことができたのです。我々もソニーのマイクロOLEDを使うことで、製品の品質を大きく上げることができました。現状我々は彼らの最大の顧客であり、製品ロードマップなどについても緊密に連携しています」(Jin氏)

HoloLensに影響されて誕生。しかしHoloLensを反面教師にコンシューマ路線に

とはいえ、XREAL自身もこうした成長を読み切っていたわけではない。Jin氏も「空間コンピューティングが未来であると確信してはいましたが、今のような状況を全く予想できていませんでした」と笑う。

「良い例が社名です。我々は『nreal』という社名でスタートしました(今年XREALにリブランド)。いくつものリアル、すなわちn個のリアルでnreal、という考え方でした。ですがXREAL Airの成功で、我々は急速に国際的な企業になりました。しかし確認してみると、いくつかの国では『nreal』というブランド名が完全には保護されていないと分かったのです。そこで、世界中でプロモーションできるブランド名へと変更することになったのです」(Jin氏)

前出のように、XREAL(nreal)は2017年に創業し、2019年に初の製品を世に出した。

Jin氏は、いまでいう「空間コンピューティング」という発想や同社製品に、マイクロソフトが2015年に発表、2016年より発売した「HoloLens」が大きく影響していると話す。

HoloLensは透過型ディスプレイと立体空間の把握能力を備えた機器であり、空間の中にウインドウやオブジェクトを配置しできた。画質や機能はともなく、今年Vision ProやMeta Quest 3で実現していることを、7年前に可能としていたものだ。

マイクロソフトの初代Hololens。使っているのは筆者

「スタートアップを作るときは、方向性に賭けるものです。しかし、あることがいつ起こるかは誰にもわからないから、スタートアップを作るのはとても難しい。一方私は、空間コンピューティングに未来があることを疑っていませんでした。初めてHoloLensを試したとき、まるで初めてウェブページを開いたときのように、世界が大きく変わることを実感したのを覚えています。ただ、空間コンピューティングの普及と実現にはどれくらい時間がかかるのか、誰にも分からなかった。だからやるしかなかったんですよ」(Jin氏)

一方で、Jin氏はHoloLensが「技術的な製品であり過ぎた」とも指摘する。

確かにその通りだ、と筆者も考えている。価格は約3000ドルと高く、消費者向けのアプリも少なかった。基本的には企業向けであり、企業がMixed Realityを「技術実証的に使う」ための製品だったといえる。2019年には第二世代である「HoloLens 2」が登場したものの、開発中とされていた一般市場向けHoloLensは姿を現すことなく現在に至る。

興味深いのは、XREALが初期から「HoloLensと同じアプローチでは難しい」と判断し、別の路線へ向かっていたことだ。

「共同創業者で弊社のCEOでもあるChi Xuはさまざまな技術に精通しています。彼は6年前に創業した際、『Waveguide技術は今後5年間、商業的な選択肢にはなり得ない』と判断し、今の技術を採用したんです」(Jin氏)

Waveguide技術とは、HoloLensなどの「透過型ARディスプレイ」の多くで採用されている技術で、ディスプレイからの光を目まで届けるのに使われているものだ。ただ、画質を含め複数の課題があり、導入は進んでいない。

Xu CEOがWaveguide技術を導入しなかった理由について、Jin氏は次のように説明する。

「簡単に言えば、歩留まりを上げることができないんです。以下は私が聞いた話で、本当かどうかはわからないことに留意してください。HoloLensを設計する際、彼らはレンズ1枚あたりのコストを『80ドル』と見積もっていたそうです。しかし、実際の歩留まりは10%以下だったそうです。つまり、大量に作る場合の実コストは1000ドル以下になるということです。製造工程や導波路が非常に複雑だったため、歩留まりは非常に低くなったようです。

スタートアップの場合、将来性のある技術を選択する必要がありますが、同時に商業的な実行可能性も必要です。実際、Waveguideは(HoloLensの)5年後でも、広く使われませんでした。いくつかの会社がWaveguide技術を展示していますが、多くは単色用です。現状、Waveguideで映画館のような大画面体験を実現するのは難しく、XREAL Airのコストで実現するのも不可能です」(Jin氏)

接続性維持のための「Beam」。オープンな接続にDisplay Port規格を維持

XREALはAirシリーズについて、「XREAL Beam」のような独自開発の外付け機器の利用も促進している。一方で、MacやPCでマルチディスプレイを実現するアプリケーションも提供しており、「ディスプレイの外にある環境」も提供しようとしている。

XREAL Airを多くの機器で快適に使えるようにする外付けデバイスである「XREAL Beam」

これはどのような戦略に基づくものだろうか?

「私たちが製品をあらゆるものに接続させたい場合、MacにもWindowsにも、Androidにも対応しなければなりません。SteamOSには対応できるでしょうが、Nintendo SwitchのOSに機能を組み込むのは難しい。しかし接続のために(XREAL Beamのような)1つのデバイスを使うようにすれば、よりシンプルに、多くのデバイスに接続が可能になります。

また、オープンな1つのやり方、すなわち『Display Port規格』を使っておくことも、オープンなエコシステムでいるには重要なことです。どんどん業界は垂直統合でクローズドな環境になってきていますが、消費者のためにはオープンなやり方がプラスだと考えます」(Jin氏)

企業・開発者向けの「AR路線」も開発を継続

XREAL Airは、同社にとって初の製品ではない。

2019年に発表したのは「nreal Light」。Androidスマートフォンとつないで使うことを前提としており、「サングラス型」であることに変わりはない。

現XREALが2019年に発表した「nreal Light」。写真は2019年1月CESでの展示。

ただこちらはXREAL Airと違って「インサイド・アウト型」のセンサーとカメラを備え、いわゆる「6DoF」にも対応している。限定的ながら、HoloLensと同じように、空中にオブジェクトを置いて「光学シースルー型ARグラス」として使える。

それに対してXREAL Airは、AR/MRに関する機能は後退している。3DoFまでの対応であり、ディスプレイとして映像を表示することが中心の用途だ。PCやMacとつないだ場合も、ARではなく「マルチウインドウ」表示となる。

ARに比べると、「空間に巨大なディスプレイを表示する」という使い方はシンプルで分かりやすい。メリットが多くの人に通じやすいのは事実だ。一方、技術的にはnreal Airから後退したように見える。XREAL Airは「ARグラス」と宣伝されているが、実際には冒頭から述べている通り「サングラス型ディスプレイ」と呼んだ方がピッタリ来る。

なぜこのような製品ラインナップになったのだろうか?

「私たちは、2つの異なる製品ラインを維持しようとしています。ひとつは開発者や企業顧客向けであり、もうひとつはコンシューマ市場向けです。コンシューマー市場はより直接的なビジネスチャンスであり、開発者・企業向けのエコシステムは長期的な戦略的投資だと考えてください。

2面作戦を採る企業はあまり見かけないですが、私たちは、将来のためにこうした戦略を取る必要があります。長期的テクノロジーやコンテンツエコシステムがなければ、テレビを売るような、単なるハードウェア企業になってしまうからです」(Jin氏)

すなわち、広い市場にアピールするためにあえて「Air」はシンプルな製品にしており、企業向けの「Light」系列も継続してやっていくつもりがある、ということだ。

「私たちが消費者向けにそうした要素を大々的に謳って来なかったのは、人々に何かを売り込むときには、非常にシンプルなものとして理解してもらう必要があるからです。

私は、まず(Airのような)ウェアラブル・ディスプレイのコンセプトを紹介し、体験してもらうことが重要だと考えています。その先にはもちろんMRがある。でも『スクリーンを壁に貼ることができる』と言い始めると、理解してもらいづらくなる。

私たちは日常の9割の時間を、テクノロジーについて考えるのに費やしています。でも、普通の消費者は1%の時間しか費やさない。だから、何かを紹介するときには、消費者が共感しやすいものが必要なんですよ。重要なのはなにを開発するかではなく、何を製品に含めるのか、という判断です。製品において、足し算は引き算より簡単なものですからね」(Jin氏)

では、もっと濃いARの世界はどうなるのだろうか?

「AR体験には、周囲の環境を認識する能力が必要です。その結果として、物理的な存在の上にデジタルコンテンツを置くことができます。 例えば空中にスクリーンを設置するのも一つの方法ですが、『AR体験』と定義するのであれば、スクリーンは(現実の)壁に設置する必要があり、『ここに壁がある』ことを認識する必要があります。Lightや最新のSDK(ソフトウエア開発キット)を使うなら、環境認識を使ったMRアプリケーションを作れます。これから提供されるものでは、MagicLeapなどのライバルと同じようなことができるようになる、と考えていただいていいです」(jin氏)

同時に、社内の事情についても次のように話して、笑う。

「私の仕事は増えることになりそうですね。私はデベロッパーリレーションも担当しているんですが、消費者向け製品に集中していると、技術者は『自分たちが軽視されている』と感じることがあるからです。だから私は、開発チームには『これが未来だ』と言い続けなければならないんですよ」(Jin氏)

Jin氏は「アップルやMetaも同じような世界に進みつつあり、現状は開拓状況。各社で争うような状況にはない」と話す。

一方でこうも言う。

「アップルはiOSやiPad、Macで培った世界を空間に持ち込もうとしている。非常に分かりやすい戦略です。ただ、個人的には、ジョブズが生きていたら、もっとシンプルな製品を作ったのではないか、とは思いますね。

Metaはメッセージングの世界を空間に持ち込もうとしていますが、これはもう少し難しい課題です。我々には10億人のユーザーはいない。一方で大企業でもないので、過去へのしがらみもない。OSも持っていない。ゼロからシンプルにやります。だから皆、同じ方向へ別々の道から登っているようなものですよ」(Jin氏)



《西田宗千佳》

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