スミソニアン博物館の名誉上級サイエンティストであるトーマス・R・ワッターズ氏が率いる研究チームは、15年前のMars Express探査機のデータの再調査によって火星の赤道付近の地下に大量の水氷が存在する可能性があるという証拠を明らかにしました。
現在の火星の環境は、大気がカラッカラに乾燥した状態であり、その乾燥度は地球上で最も乾いた一帯であるチリのアタカマ砂漠が熱帯雨林に思えるほど……と言えるかもしれません。
それほどまでに火星が乾燥した理由としては、数十億年前は地球のように水が豊富だった火星の磁場が何らかの理由で失われ、水の成分である水素を含む大気が徐々に宇宙空間へと散逸してしまい、次第に液体の水も蒸発してしまったのが定説とされています
ただ、だからといって火星の水がすべて失われてしまったわけではありません。これまでの探査による画像から、火星の極地帯には氷冠があることがわかっています。この氷冠の成分としては二酸化炭素が固体化した、いわゆるドライアイスの状態のもののほかに、水が凍った水氷もあると考えられています。
また地質学的には、数十億年前には火星上に豊富な水の流れたあった痕跡があり、現在は平たい平原である部分も、かつては浅い海の底だった可能性が高いとされています。
そして、1月18日付のGeophysical Research Lettersに発表された論文によると、火星の赤道付近、インドと同じ広さの地域を覆うメドゥーサエフォッセ層 (MFF)には、最大3.7kmの厚さの氷の堆積物が存在する可能性があることがわかりました。
15年前に火星を訪れた、ESAのMars Express探査機が搭載する地中レーダー装置MARSISからのデータは当時、MFFの地中に水の可能性が高い堆積物があることを示していました。しかし当時の分析では、それが水以外、たとえば風に吹かれて積もり積もった塵なのか、火山灰なのか、またはかつての水中の沈殿物の層なのかはわかっていませんでした。
研究の共著者であるイタリア国立天体物理学研究所のアンドレア・チケッティ氏は「もし MFF が単なる巨大な塵の山だったとしたら、それは自重で圧縮されるだろう」と述べています。この堆積物の層には塵も混ざっていますが、その上を数百メートルの乾燥した塵または灰が覆っていることをデータは示しています。そしてチケッティ氏は、そこにMARSISのデータが示す密度で存在する物質を様々な材料でモデル化したとき、水氷以外に条件を満たすものはなかったとしました。
ちなみに、Mars Expressは地下数kmの深さまで水の氷をマッピングできますが、地表近くの水の様子はExoMars Trace Gas Orbiter(TGO)探査機がより詳しく観測しています。この探査機が搭載するFREND装置は、火星の表面下1mまでの水素レベルを調査するもので、水素が豊富な場所が見つかれば、そこには水氷が存在する可能性があるということになります。FRENDは2021年に、火星の渓谷のなかにオランダほどの大きさの水素が豊富な地域を発見しており、現在、火星の浅い地下に水の堆積物がどのように分布しているかをマッピングしています。