NASAゴダード宇宙飛行センターの天体物理学者、ジェレミー・シュニットマン氏が、宇宙船がブラックホールに接近して事象の地平面の内側に落ち込んでしまった場合の視界を映像化しました。
これは5月7日からの「ブラックホール週間」にあわせたもの。シュニットマン氏は今回の映像化にあたり「よく人々にたずねられる、想像するのが難しいプロセスをシミュレーションすることは、相対性理論の数学を現実の宇宙における実際の結果と結びつけるのに役立つ」ことだと述べています。
公開された映像は、ブラックホールの事象の地平面を横切って内部に落下した場合と、事象の地平面をかすめるように通過した場合を、それぞれ360度動画と平面の全天動画として制作されました。
シュニットマン氏はNASAゴダード宇宙センターの科学者であるブライアン・パウエル氏とともに、NASA気候シミュレーションセンターにあるスーパーコンピューター「Discover」を使用、約10TBものデータを約5日間かけて処理して映像の制作しました(ただし使用したのはDiscoverのプロセッサーのうちわずか0.3%)。なお、この計算量は一般的なノートPCで処理した場合だと、10年以上かかるとNASAは説明しています。
映像が想定するブラックホールの大きさは、天の川銀河の中心にある、太陽の約430万倍の質量を持つ超大質量ブラックホールです。動画はブラックホールから約6億4000km離れた場所にあるカメラの映像で始まり、次第にその画面いっぱいに暗黒の空間が拡がります。
それとともに、強い重力と回転の影響で高温になり赤く光る降着円盤や背景の星々が歪んで見えるようになり、さらにそれを通り越して視界のほとんどが真っ暗な空間になると、事象の地平面に到達する瞬間になります。
なお、事象の地平面に到達した物体は、外界からはホログラフィック効果によりその場に永久に固まってしまったかのように見えるとのことです。
(動画:ブラックホールにおちるシミュレーション360度映像)
映像では事象の地平面の内側に落下しても外界の光が見えるようですが、ブラックホールの中心部、特異点に向かって落下するにつれさらに重力が増大、非常に強くなった潮汐力で物体は垂直に引き伸ばされ、水平に押しつぶされます。
落ちるのが天体だろうが宇宙飛行士だろうが、この重力のせいであらゆるものは細長い糸状、つまり「スパゲッティ化」して最期を迎えます。
さて、もう一つのシミュレーション映像は、カメラが事象の地平面を横切ることなく、かすめて通過した場合です。
もし、この映像のように宇宙飛行士がブラックホールをすり抜け、約6時間を経て帰還したとしたら、遠くでその様子を見守っていた母船の飛行士たちは、帰還した飛行士の持つ時計が36分ほど遅れているのを発見するだろうとのことです。これは、あまりに強い重力源の近くを通過したり、光速に近い速度で移動すると、われわれの周囲は時間の経過が他よりもおそくなるからです。
(動画:ブラックホールを掠めて飛ぶシミュレーション映像)
しかしシュニットマン氏は、現実にはこの状況は「もっと極端になる可能性がある可能性がある」と述べています。
もしブラックホールが2014年の映画『インターステラー』に描かれているように高速で回転していれば、帰還する飛行士は母船の飛行士たちよりも何年もゆっくりとした時の流れを旅して戻ってくることになります。
ちなみに、もしも落ちるブラックホールの種類を選べるとしたら、おそらくそれは大きいものほど良いだろうとシュニットマン氏は述べています。
たとえば、「最大約30個の太陽質量を含む恒星質量ブラックホールでは、事象の地平線が(超大質量ブラックホールに比べ)はるかに小さいせいで、かえって潮汐力が強くなるため、接近する物体が地平線に到達する前に引き裂かれる可能性がある」とのことです(いずれにせよ、ブラックホールに落ちてしまえば戻れることはありませんが)。