「思い出が空間記録される可能性」を夢想する(西田宗千佳)

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西田宗千佳

西田宗千佳

フリーライター/ジャーナリスト

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1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。

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個人の思い出を記録する方法は、写真から動画へと変化してきた。アナログ記録からデジタル記録へと変わったものの、その先はまだ定着しているとはいえない。

ひとつの予想として、そこで「3D記録」が一般化するというものがある。筆者もその可能性が高いと思っているし、その結果として、非常に大きな市場ができると予測している。

一方、3Dといっても手法はいくつもあるし、今はまだ(おそらく今後数年は)一般化のための要素が欠けたままであり、まだ普及しないと思っている。

では、どうなると普及し、普及の過程ではどういう変化が生まれる可能性があるのだろうか。そのことを予測、というか妄想してみたい。

思い出を「カジュアル」かつ「リッチ」に残す

思い出をさらにリッチに記録する、というのはごく自然な発想だ。静止画・動画と変化してきたのもその流れの中にあるものだし、高画質化も同様だ。

いわゆる2Dでの静止画・動画も十分にリッチであり、作品性の追求は止まらないだろう。だから、今後もメインがそちらであることに疑いはない。

一方で、家族の記録などを中心とした「カジュアルなスナップ」では、画質以外の要素が必要にもなってくる。それらが「作品を作る」以上に「思い出を残す」「思い出を伝える」価値を持つ以上、3Dを含めたリッチな記録は相性が良い。業務用途はともかく、カジュアルな記録ほどリッチな情報記録と相性がいい、というのが筆者の想定である。今回の記事では特に「スナップの高度化」という視線で考えていきたい。

スナップの高度化とは、その場をリアルに、豊かな情報量で記録すること、と定義できる。

リッチな思い出記録技術とは

だとすれば、方法はいくつもある。

例えば、魚眼レンズなどを使って画角をより広くし、180度もしくは360度の映像やパノラマ映像を記録するのもその1つの形である。

▲パノラマ撮影の例。自分の周囲の様子を記録しておける

同様に、2つのレンズで左右の目が捉える映像を記録する「ステレオペア記録」もある。

▲左右の目の映像をそれぞれ記録する「ステレオペア記録」。昔から3D表示として使われているのは主にこれ

そして、もっとも新しい手法は、様々な技術を使って空間の立体構造自体を記録する方法だ。写真から3Dデータを作る「フォトグラメトリ」などがこれにあたる。

▲フォトグラメトリによる3D記録。どの方向からも見られるのがポイント。画像は「Luma AI」で作成したもの

いわゆる「立体的」な映像になるのは後者2つであるので、今回の主題に沿うのはそちらということになるのだが、よりリッチな映像記録、という意味でパノラマ系も加えておく。

また、スマートフォンで撮影した写真などに背景ボケをソフト的に追加したり、写真のピントを後で変更できたりする、俗に「ポートレート撮影」と呼ばれるものも、実は立体記録のひとつと言える。写真からなんらかの手法で深度情報を生み出し、それに合わせてボケやピント変更を可能にするものだからだ。この技術を使うと、2D画像として撮影した写真を立体的な表現に変えることもできる。

▲写真のフォーカスを変えられる「ポートレート撮影」も、実は3D記録と関係している

▲上記の写真に含まれる深度データ。これを使うと3D形状を作り出すことも……

カジュアルさこそが鍵である

これらの手法は2つの方向性に分けられる。

それは「撮影後に別の視点から見られる」という要素を持つ能動的な使い方のできるデータと、そうでないデータ、という視点である。

パノラマ・360度記録や3Dデータは、あとから見られる方向を変えられるという意味で「能動的」を指向しており、ステレオペア記録による映像は、一般的な写真や動画と同じく受動的なもの、と言えるだろうか。

能動的なものの方がリッチな表現ではあるが、実のところ、多くの人が使う上で大きな課題を抱えている。それは、「写真を見る時はそこまで能動的ではない」ということだ。

360度写真は非常に可能性のある技術だが、今も一般化していない。その理由は、撮影後に「自分の後ろや横を見る」ことがあまりないためだ。物珍しい頃は楽しむが、そのあとはなかなか使わない。現在の360度カメラでもっとも売れている「Insta360」シリーズも、結局のところ、360度動画のまま使うのではなく、後から好きな画角の動画を作り出すために使われている。

日常的な記録に求められるのは、「できる限りシンプルな方法で撮影できる」ことであるとともに、「できる限りシンプルに見られる」ことが必須、ということがここから見えてくる。

アップルの「空間ビデオ撮影」が大きなきっかけに

過去には、3D写真や動画を撮影するのは非常に大変なことだった。専用の機材を用意し、処理も大変で、画質も悪かった。

しかし今は、ある意味でシンプルになった。正確には「シンプルな方法もできた」というべきだろう。

ここでは、iPhone 15 Proが「空間ビデオ撮影」機能を搭載したのが大きい。

アップルのいう「空間ビデオ」とは、要はステレオペア動画のことであり、空間自体を3D化するわけではない。そこが少々戸惑いの元ではあるが、「ステレオペア動画」「3D動画」というのもあまり定着していない言葉ではあるし、空間ビデオという新語を用意するのもそこまで悪い話ではなかろう。

ポイントは1つ。特別なハードウェアを用意せず、簡単に撮影できることだ。

現在のスマホは複数の画角のカメラを搭載している。その特性を活かし、画質・画角を調整して「空間ビデオ」を、いままでどおりのビデオ撮影に近いやり方で撮影できる。必要な手順は、空間ビデオのボタンを押すことくらいだ。画質もかなり高い。

より安価なiPhoneでも空間ビデオ撮影が可能になっていくと予想しているが、そうなるとインパクトは大きい。

アップルが空間ビデオを導入できたのは、iPhoneが搭載しているカメラの特性によるものがある。だが、それを他社のスマホでもできないか、というとそんなことはなかろう。向いている製品・向いていない製品はあるが、他社でも同じように撮影を可能にしていくものは出てくるかもしれない。

▲iPhone 15 Proのカメラ部。2つ横に並んだカメラを活かし、左右の映像を記録している

フォトグラメトリなどの3D記録は、別にiPhoneでなくても実現できる。クラウドとの連携は必須だが、どんどん手軽でハイクオリティになっていくだろう。

ただその性質上、撮影する場所全体を撮影する必要がある。スマホを動かしながら、ちょっと時間をかけて記録するので、空間ビデオほどシンプルで気軽、というわけではない。だから、こちらは「こだわりがある人向け」にとどまるかもしれない。

カジュアルなものの可能性としては、静止画からの奥行き生成かもしれない。AIの進化により、写真からの奥行き推定の品質はどんどん高くなっている。完全な3Dにはならないが、「ちょっと立体感のある写真」を作るのは簡単になる。

カジュアルに「見る」ことも必須

データの用意は簡単になったが、問題は「見る方法」だ。

もっとも品質が高く、簡単に見る方法は、XR機器やサングラス型ディスプレイを使うものだ。アップルがiPhone 15 Proに空間ビデオを組み込んだのも、同社がApple Vision Proの付加価値として活用したいからである。

実際、Vision Proで見る空間ビデオはかなり品質が高い。「子供の成長動画をこれで見たい」という声は聞く。そこにはお金をかけてもいい……という人は確実にいる。だからか、Meta Questシリーズもアップルの空間ビデオに対応した。今後より重要な要素となっていくだろう。

一方で、XR機器を買う人はまだ一部に過ぎない。写真を見るために頭になにかをつけるのは大変でもある。

だとすると、「Looking Glass Go」のような、シンプルで安価な「裸眼立体視ディスプレイ」が求められるようになる可能性はある。

ただ、こうした機器のニーズが増えていくには、空間ビデオや3Dデータの視聴を体験し、「思い出が3Dで残るのはいいな」と思ってくれる人を増やす必要も出てくる。

だとすれば、簡易的な形で立体感を感じて、その先で「これだけ見えるなら、専用機器だともっとすごいのでは」と思ってもらう手法も必要になるのではないか、と思うのだ。

カジュアルに「思い出を立体で体験」できるようになったら、記録したいと思う人も増えるだろう。

例えば、そこでは「視差を使った立体感の簡易演出」などの導入、というアイデアもあり得そうだ。

以下の動画は、マーベルのスマホ用カードゲーム「MARVEL SNAP」の特殊カードのものだ。これは、スマホを動かすとカードの表示に立体感が生まれるようになっている。

「MARVEL SNAP」の特殊カード。スマホを動かすと立体感が感じられる

カードゲームではよくある手法だが、スマホのモーションセンサーを活かし、簡単に立体感の演出ができている。

これを、自分で撮った写真や動画でもできるとしたらどうだろう? うまくいくかはわからないが、1つのアイデアとしてはアリではないか。

ここまでの予測は「予測の上に予測を重ねたもの」で、必ずしもその通りになるというわけではないだろう。

繰り返しになるが、鍵は「カジュアルさ」が握っている。

カジュアルな撮影とカジュアルな視聴が広がれば、そのさきにコアな、もっと高画質なものが増えていく。リッチなフォトグラメトリを選ぶ人も増えるだろう。スマホの買い替えも進むかもしれないし、XR機器や立体表示ディスプレイのニーズも高まる。もしかすると、3Dテレビのニーズも復活するかもしれない。家族の記録が変わるということは、それだけの市場価値がある、ということだ。


※この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2024年3月25日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。コンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もあります。

《西田宗千佳》

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