Amazon CEOが重要視する「生成AIのプリミティブなセット」とは何か。見えてきたAWSの生成AI戦略

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新野淳一

ITジャーナリスト/Publickeyブロガー。IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。2009年にPublickeyを開始しました。

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Amazon.com CEOのアンディ・ジャシー氏は、株主向けの公開書簡「CEO Andy Jassy's 2023 Letter to Shareholders」をリリースしました。

公開書簡では小売りからPrime Videoから開始されたばかりの衛星通信まで、Amazon.comの全ビジネス領域についての概況やビジョンについて語られており、AWSのこの1年のビジネス概況についても紹介されています。

中でも特に今回注目すべき内容は、公開書簡の約半分をかけてジャシーCEOが語った、主にAWSに関わる生成AIの戦略でしょう。ジャシーCEOは「画期的な顧客体験を実現するために、生成AIのプリミティブなセットを構築する」と説明します。

プリミティブなセットとは何か、そしてそれがどのように画期的な顧客体験を実現するのか、などについて公開書簡から紹介していきましょう。

顧客のコスト最適化が始まったAWSの2023年

まずはAWSの2023年の概況について。ジャシーCEOは、2023年が顧客のコスト最適化で始まり、短期的には売り上げは減少したが、長期的なコミットを得ることができたと振り返ります。公開書簡から引用します。

Shifting to AWS, we started 2023 seeing substantial cost optimization, with most companies trying to save money in an uncertain economy. Much of this optimization was catalyzed by AWS helping customers use the cloud more efficiently and leverage more powerful, price-performant AWS capabilities like Graviton chips (our generalized CPU chips that provide ~40% better price-performance than other leading x86 processors), S3 Intelligent Tiering (a storage class that uses AI to detect objects accessed less frequently and store them in less expensive storage layers), and Savings Plans (which give customers lower prices in exchange for longer commitments). This work diminished short-term revenue, but was best for customers, much appreciated, and should bode well for customers and AWS longer-term. By the end of 2023, we saw cost optimization attenuating, new deals accelerating, customers renewing at larger commitments over longer time periods, and migrations growing again.

話題をAWSへ移そう。2023年がスタートすると、不透明な経済状況において多くの企業で大幅なコスト最適化が始まった。この最適化の多くは、顧客がより効率的にクラウドを利用できるように、Gravitonチップ(他の主要なx86プロセッサよりも40%ほど優れた価格パフォーマンスを提供する当社の汎用CPUチップ)、S3 Intelligent Tiering(AIを使用してアクセス頻度の低いオブジェクトを検出し、より安価なストレージレイヤーに格納するストレージクラス)、Savings Plans(より長いコミットメントと引き換えに低価格を提供するプラン)などの、強力で価格性能比の高いAWSの機能を活用できるよう支援することで促進された。
この作業は短期的な収益を減少させたが、顧客にとって最善であり、大いに評価され、顧客とAWSにとって長期的に良い兆候となるはずだ。2023年末までには、コストの最適化は減少し、新規契約は加速し、顧客はより長期にわたってより大きなコミットメントを更新し、クラウドへのマイグレーションは再び増加している。

ジャシーCEOはまた、2023年がGraviton 4やTrainium2などの新しいチップ、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、サウジアラビア王国、タイ、ベルリンの第二リージョンなどの新規リージョン、生成AIにおける新サービスのAmazon Bedrock、Amazon Qなど、多数の新サービスを投入した年であったと振り返っています。

Amazonの強みはプリミティブなサービスにある

ジャシーCEOはAmazonの各ビジネスの2023年に振り返った上で、同社の特徴と強みが「プリミティブなサービス」にあると説明します。

プリミティブなサービスとは、Amazonを利用してサービスを構築する人にとって、好きなように組み合わせることができる基礎的なビルディングブロックのようなものです。

AWSではAmazon S3やAmazon EC2といったさまざまなプリミティブなサービスが提供されており、それらが上手く機能したことで、その上に構築されたAmazonの小売り、広告、AlexaやFire TVなどのデバイス、Prime VideoやAmazon Music、Amazon Goなどさまざまなサービスが劇的なスピードで改善されていったと説明しています。

同社内だけでなく、AWSのプリミティブなサービスによってAirbnb、Dropbox、Instagram、Pinterest、Stripeなどなどのさまざまな新興企業や産業、政府機関も、迅速なイノベーションを実現する恩恵を受けているとしました。

生成AIのプリミティブなセットが画期的な顧客体験を可能にする

その上でジャシーCEOは、現在同社が構築している生成AI関連のプリミティブのセットが、画期的な顧客体験を可能にするだろうと次のように書いています。

However, a question people never ask, and might be even more interesting is what’s the next set of primitives you’re building that enables breakthrough customer experiences? If you asked me today, I’d lead with Generative AI (“GenAI”).

人々から聞かれないけれども興味深い質問は、画期的な顧客体験を可能にするために、いま構築している次のプリミティブなセットは何ですか? という問いだろう。私は生成AI(「GenAI」)を挙げるだろう。

そして生成AIのプリミティブは3つのレイヤーから構成されるとしました。

生成AIのプリミティブなレイヤー

一番下のレイヤは、生成AIの基盤モデルを構築しようとしている開発者や企業のためのものだと説明されます。

ここで提供される主要なプリミティブは、モデルのトレーニングと推論のために必要なコンピュートと、モデルの構築を容易にするソフトウェアです。

ジャシーCEOはコンピュートについて、AWSはどこよりも多くのNVIDIAのインスタンスを提供しているとしたうえで、同社独自のAIチップであるTrainiumとInferentiaも発表していると説明。

さらに基盤モデル向けにデータの準備やトレーニングや推論を効率化するサービスであるAmazon SageMakerを展開しているとしました。

そしてミドルレイヤについては、Amazon Bedrockが担うと説明。

The middle layer is for customers seeking to leverage an existing FM, customize it with their own data, and leverage a leading cloud provider’s security and features to build a GenAI application—all as a managed service. Amazon Bedrock invented this layer and provides customers with the easiest way to build and scale GenAI applications with the broadest selection of first- and third-party FMs, as well as leading ease-of-use capabilities that allow GenAI builders to get higher quality model outputs more quickly.

ミドルレイヤーは既存の基盤モデルを活用しつつユーザー独自のデータでカスタマイズし、クラウドプロバイダーのセキュリティと機能を活用して生成AIアプリケーションを構築することを求める顧客のためのものです。そしてこれらはすべてマネージドサービスとして提供されます。Amazon Bedrockがこのレイヤーを創出し、ファーストおよびサードパーティの基盤モデルの最も幅広い選択肢と、生成AIアプリケーションの開発者がより高品質なモデル出力をより迅速に得ることを可能にする優れた使いやすさを提供することで、生成AIアプリケーションを構築し拡張する最も簡単な方法を顧客に提供します。

さらに、顧客は異なるタイプの生成アプリケーションのための様々なモデルやモデルサイズへのアクセスを望んでいるとして、多様な選択肢を提供する同社のプリミティブの方針を強調しました。

生成AIのプリミティブなセットが事実上全ての顧客体験を変革する

そして最上位のレイヤーが生成AIのアプリケーションレイヤーとなります。ジャシーCEOはこれらのレイヤが「顧客体験を変革する」と、次のように書いています。

While we’re building a substantial number of GenAI applications ourselves, the vast majority will ultimately be built by other companies. However, what we’re building in AWS is not just a compelling app or foundation model. These AWS services, at all three layers of the stack, comprise a set of primitives that democratize this next seminal phase of AI, and will empower internal and external builders to transform virtually every customer experience that we know (and invent altogether new ones as well). We’re optimistic that much of this world-changing AI will be built on top of AWS.

私たちは相当数の生成AIアプリケーションを自社で構築していますが、今後は大量のアプリケーションが他社によって構築されることになるでしょう。そして、我々がAWSで構築しているのは、単なる魅力的なアプリケーションや基盤モデルではありません。これらのAWSサービスは3つのレイヤーすべてにおいて、AIにおいて重要な次世代のフェーズを民主化するプリミティブのセットで構成されており、我々が知っている事実上すべての顧客体験を変革する(そしてまったく新しいものも発明する)社内外のビルダーに力を与えるでしょう。私たちは、この世界を変えるAIの多くがAWSの上に構築されることを楽観視しています。

Amazon S3やAmazon EC2に代表されるクラウドのプリミティブなセットは、それらを組み合わせることで利用者にクラウドのパワーを与えました。同じことが生成AIでも起きると、ジャシーCEOはそう説明しています。

ただしクラウドにおいてAWSは多くの面で他社よりも先行し、技術的な優位性も備えていたといえますが、生成AIについてはマイクロソフトやGoogleの方が先行している面も多いでしょう。

そうした中で、大きな成長が見込めるとされる生成AIの分野でAWSがクラウドで見せてきたような競争力を発揮できるかどうかが株主にとって大いに興味のあるところであることは間違いないなく、ジャシーCEOの説明はそれに応えようとしたものだといえます。


この記事は新野淳一氏が運営するメディア「Publickey」が2024年4月15日に掲載した『Amazon CEO、画期的な顧客体験を実現するために生成AIのプリミティブなセットを構築していると、株主向けの公開書簡で説明を、テクノエッジ編集部にて編集し、転載したものです。

《新野淳一》

新野淳一

ITジャーナリスト/Publickeyブロガー。IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。2009年にPublickeyを開始しました。

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