パーソナルコンピュータの黎明期を知るベテランライターの荻窪圭さんの視点から見た、テクノエッジ主催「Apple Vision Proパーティー」第2回のイベントリポートをお伝えします。
テクノエッジ主催「Apple Vision Proパーティー」第2回が3月28日に開催されたので参加してきた。会場は秋葉原UDXのセミナールーム。
Apple Vision Proを前にして昔のことを思い出していた(ってかくと老人の戯れ言がはじまるようでたまらんですな)。
1980年代から90年代。パーソナルコンピュータの世界には未来があった、んじゃなくて未来しかなかった。
当時のパソコンは役に立ちそうなことはあまりできなかったけれども、必要がプログラムがなければ自分で組む、繋ぎたいハードがあれば自分でつなぐ、そういう人たちが生き生きとしてた時代だ。自分も含めてみんなワクワクした顔をしてたもんである。
そんな時代に、数理情報工学科ってとこで学生をやりつつパソコン雑誌のライターをはじめてた荻窪圭です。
あの頃はメモリやストレージは毎年増え、CPUやGPUは性能をあげ、グラフィックスは今は16色でVGAでも、将来はフルカラーの高解像度になっていくことは容易に想像でき、性能が上がると、テキストのみならず、音声、画像、映像と様々なメディアがデジタル化し、それらがネットワークでつながると世の中が変わるぞ、とその筋の人はたいてい感じてた。
やがて、あらゆるメディアがデジタル化し、それらがネットワークでつながり、iPhoneが登場した。
個人的な感覚としてはiPhone(というかスマホ全般)が高性能化し、無線通信が高速で廉価になり、それらが普及するにつれ、かつて夢想していた未来が現実になっちゃったなあ、と感慨深かったものである。
未来が現実になるってちょっと寂しいもんですな。
でもここ数年、新しい未来が顔を出してきた。
ひとつがAI。今更いうまでもないのだけど、あれは新しい未来だ。学生時代、卒論でAI系をやってた(ただし、80年代のAIなので知識ベースとかその辺だ)身としてはびっくりである。
もうひとつが、Apple Vision Proかもしれないなあと、今回のパーティーに参加して強く思ったのだ。
▲この人達が何を観てどんな会話をしているのか
何しろ、Apple Vision Proを持ってきた人がみな当時ワクワクしてた人たちと同じ顔をしてるのだ。
新しいおもちゃを見つけてワクワクしてるというよりも、そこに新しい未来を見つけてワクワクしてる。それが実に面白いのだ、というのが今回、第2回Apple Vision Proパーティに参加したわたしの率直な感想である。
20台のApple Vision Proが集まった日
開催されたのは3月28日の雨が振ったり止んだりの日。場所はJR秋葉原駅から多少雨が振っても気にならない距離のUDXのホール。
参加者は44名で、そのうち自前のApple Vision Pro(以下、AVPと略す)を持参してきたのは20名。つまり20台のAVPが持ち込まれたのである。
今日本で個人的に購入した人がどのくらいいるかはわからないけど、どのくらいいるんだ?
そういえば、初代iPhone(日本未発売の、本当の初代iPhoneだ)のときもユーザーの集まりがあってかなり多くの人が初代iPhoneを手にしていて驚いたのだけど(あのときはわたしも持っていた)、あのときとは為替レートもそもそもの本体の価格も入手のしやすさも入手の手順も全く異なるのだ。びっくりである。
そして、軽食・飲み物付きのパーティがはじまったのである。
▲パーティー会場の様子。後ろにはテーブル付きの席もあり、そこでAVPを装着したまま軽食をとっている人も
技適は如何にして緩和されて我々はAVPを堂々と使えるようになったか
プレゼンのトップバッターはNTTデータのエバンジェリストにしてデジタル庁のアイデンティティスペシャリストでもある山田達司氏。
▲トップバッターの山田達司氏
モバイルデバイス老人会では、Palm OSを日本語化ソフトJ-OSを開発した人として有名で、当時わたしもお世話になりました。
お題は「技適」。AVPという未来の環境におけるパーティの最初のテーマが、究極に現実のものというのが面白すぎて傾聴。
▲誰もが知りたい技適の話
ええ、わたしもかつてちょっと油断して、技適でつっこまれたことあります。すみません。Wi-FiもBluetoothも使ってないので油断してたら、そういえばセンサーと本体を無線でやりとりしてたのだった。
日本で無線機器を使うには「技適」(正しくは「特定無線設備の技術基準適合証明等」で、「技術基準適合証明」を略して「技適」)を取得している必要があり、AVPもWi-Fiなどを使うため技適が必要だ。でも米国で先行発売されたAVPは日本での使用を想定していないため、技適は取得していない。
そこで話題になったのが、「実験等無線局の開設及び運用に係る特例の整備などの措置」。技適を得ていない機器を研究や開発目的で一時的に利用可能にするための措置だ。
興味深かったのは2点。
ひとつは、その措置が非常に迅速に行われたこと。当時の事情として、海外からの一時的な観光客が利用する機器は技適を通ってなくても使ってOK(90日間)となったけれども、彼らが使う機器が日本の各種サービスで問題なく動作するか、日本の機器と問題なく接続できるかというテストを日本であらかじめ行えないトラブルシューティングもできないという矛盾が発生していた。技適が得られてないため、日本でその機器を使ってテストすることができず、ケースによっては海外へ行ってテストを行っていたというのだ。また、海外で先行した新しい機器でのR&Dができないというのもネックだった。
▲特例制度が実現するまでの戦い
それを緩和するために規制改革推進会議に2度挑戦。1度目(2016~17年)は失敗したが、すぐに戦略を練り直し、2度目の挑戦でとうとう答申に技適緩和が盛り込まれ、2019年5月に可決したのだった、11月には運用開始という迅速な対応が可能になった。
その経緯を、技適の話のみならず、行政との折衝の過程まで詳しくリアルに語ってくれたのだった。
▲「技適未取得機器を用いた実験等の特例制度」
もうひとつは「実験等無線局の開設及び運用に係る特例の整備などの措置」……現在のAVPに直接影響する部分だけれども、技適を得てないAVPを日本で使うには特例措置を受けなければならないこと。そう聞くと手続きが面倒そうだが、これは「申請」ではなくて「届け出」であることを山田氏は強調。申請をして許可を得る……というものではなく、「届け出」さえすればすぐ利用可能になる。だから多くの人が思っているよりハードルは低いのだ。
そして、1回の届け出で使えるのは最大180日間だけれども、届け出時の「実験等の目的」が異なっていれば再度届け出が可能であること。2回行えば360日……つまり約1年使える。
その機器が外国での認証を受けているなど技適相当の技術条件を満たしていれば届け出可能なので、AVPに限らず「せっかくの制度を広く使ってイノベーションを起こしましょう」、「法律は天から降ってくるものではないし、変えられます」というのがメッセージだった。
▲「一緒に日本をよくしませんか?」が締めの一言でした
中国からペルソナで参加した小林氏
続いては中国に出張中のMESON CEO小林佑樹氏がAVPのペルソナで登場。横を向くと後ろ半分が消えちゃうのがペルソナらしくて面白い。
▲中国からAVPを使って登場した田中氏。顔はペルソナ
▲ペルソナなので前半分しかないのだった。横を向いた隙にスクリーンを撮ってしまった
小林氏のMESONはXR開発を手がけるスタートアップ企業。同社が開発したAVP用アプリ「Sunny Tune」を中心に紹介。
Sunny Tuneはそのときの天候をVP内で体感できるアプリ。現実の天気の変化をAVP内に現れる3D空間で感じ取れるもので、常時空間内に置いておき、天候の変化を感じたり、今のそちらに視線を向けることでそのときの天候を目や耳でチェックしたりできるデジタルインテリア的なものだ。アプリを立ち上げて作業が終わったら消すのではなく、ずっとつけておきたいアプリとして開発したという。
▲中央のドームが「Sunny Tune」。現在の天候に合わせた表示が空間が現れる。
小林氏は、AVPのキラーアプリは「ワークツール」か「エンターテインメント」のどちらかになると考えているという。
さてどちらになるか。
LTコーナーのあれこれ
そして希望者が自由に5分間のプレゼンを行うLT(Lightning Talks)の時間。それぞれテーマがかぶらなくて面白い。
ひとりめはVR/AR/XR/MR XRコンテンツ企画・制作・開発を行うハシラスCEOの安藤晃弘氏による「AVPをデモする際のつまづきと回避方法」。
▲いろんな人にAVPを体験して貰って得たノウハウがはじまる
AVPを気持ちよく使ってもらってよい評判を得ると「オレたちの考える最高の未来が早くおとずれる!」という極めて実践的なプレゼン。
▲「オレたちの考える未来」ってフレーズが最高でした
多くの人にAVPを体験して貰った中で得た経験から、どうするとハマってしまうかを分析。
体験して貰うためのデモモードでもアイトラッキングのキャリブレーションが必要だったり、操作をある程度把握してもらう必要があるので、そこでハマってしまうと良い体験を得られないのだ
▲伝えるのが難しい、というのが伝わってきます
そこでハマらないための工夫を。基本操作を覚えることができる動画をあらかじめWebにアップしておき、AVP内のブラウザでそれを見ながら一緒にやって、体験してもらおうという話。
▲AVP内で操作をガイドする
これが、アプリ上の指示に従って操作していくだけで覚えられるという実によくできたものなのだった。
2番手はMIRO@MobileHackerzとして知られるバーチャルキャスト CTOの岩城進之介氏の小ネタ集。
▲MIRO氏のApple Vision Pro小ネタ集
現時点でAVPを利用するのに必要なUSアカウントと普段使っているJPアカウントを共存させる方法やUSアカウントで有料アプリを購入する方法、Assistive Touch機能の活用といった実践的なTipsや自作のApple Vision Proスタンドの話。
もさることながら、一番注目されたのは「どれくらいの人がアメリカまで買いに行った?」という話。
▲どのくらいの人がアメリカまでAVPを買いに行った?
ブログにAVPを店頭ピックアップで買うにはアメリカの携帯電話番号が必要そうだという記事を書いてアメリカのSIMカードを買えるアフィリエイトリンクを貼っておいたら、そこから購入した人が29人もいたというのだ。
少なくとも、それだけの人がAVP購入のために渡米したと考えると、全体ではかなりの数になったんじゃないかという。
3番目はユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの高橋忍氏で、今回は個人活動である「しのぶ工房」でAVPを快適に装着するためのアイテムを作った話。
▲高橋氏の「しのぶ工房」で3Dプリンタで作ったパーツを紹介している
手軽にMeta Quest 3を装着するため、キャップにクリップでQuest 3を装着するための「キャップクリップ」を作っているのだが、それのAVP版「Apple Vision Pro専用キャップクリップ」を製作したのだ。
▲AVPをキャップに装着するキャップクリップを制作
▲キャップのつばにクリップを挟んでAVPを装着するアイテムだ
興味ある方は「しのぶ工房」へ。3Dデータ公開中だそうです。
4番目はエンジニアにして「LEGO Lover」の大庭慎一郎氏。テーマは「Vision Proからレゴを動かそう!」
▲Vision Proからレゴを動かそう
Bluetoothを使い、AVPからレゴをコントロールするデモを見せてくれた。
▲左手に持っているレゴのプロペラ部をAVPから操作して回すの図。右手のポーズがAVPならでは。
さらに飛び入り参加のもありつつ、懇親会へとなだれ込んだのだった。
Apple Vision Pro談議の懇親会はじまり
懇親会で見回すと、数10年前から未来をワクワクして作ってきた人たちのみならず、20代や30代の人もいてそれが非常にうれしい。
▲20代から60代まで幅広いガジェット好きが集まっていたのだった
ガジェット談議する人、AVPの情報交換をする人、そしてはじめてAVPを体験する人とさまざま。
▲今回はじめてAVPを体験する人も
そして、実はわたしもはじめてAVPをかぶらせてもらった。未体験だったのである。
当方、それなりの近視+ちょっとした乱視+本格的な老眼でコンタクトレンズ不使用というなかなかAVPを試すには過酷な視力の持ち主であり、AVPをかけるとメガネを外した日常と同じくらいに文字はぼやけて読めない感じではあったけれども、キャリブレーションはなんなく完了。ちゃんと視線をしっかり捉え、指先の操作も快適。アップル製品に慣れているからか操作にとまどうこともほとんどなく、気持ちよく「これはすげーーー」と感動できたのだった。
▲はじめてAVPを装着して予想以上の体験に感動しているの図(撮影:村上タクタ)
ひととおりデモを体験したところで、MESON CEO小林氏の「AVPのキラーアプリは「ワークツール」か「エンターテインメント」のどちらかになると考えているという発言を思い出したのだけど、エンターテインメントより、ワークツールの方がキラーになるかなという感想を覚えた。「空間コンピューティング」だ。
久しぶりに未来を感じるプロダクトが来たなあ。
せっかくなので最後に記念撮影。
▲14人のAVPで顔が見えない人たち
14人のタップポーズをするApple Vision Proな人たち。彼らが何を観ていたかはわたしにはわからない。