筆者は先日、今年二度目の台湾旅行をしてきました。前回は1月、自分の作品が台北当代芸術館(MOCA Taipei)のAIアート展「Hello, Human!」に選出され展示されるというのでその様子を見に行ったのですが、今回は台湾南部の高雄市で行われているTTXC(台湾技術文化展示会)に参加するためです。
具体的には、TTXCの目玉展示の一つである、対戦型AIアーケードゲーム「VS AI街頭對戰」世界大会決勝の審査員を務めるというのが目的でした。
■「VS AI街頭對戰」って何?
この「VS AI街頭對戰」ですが、ゲーセンでよくある対戦型アーケードゲームの筐体で、2人のプレイヤーが戦うというもの。ただし、使うのはアケコンではなく、アルファニューメリックキーボードとマウス。文字を叩き込むことで対戦するのです。
▲2台の筐体にプレイヤーが座り、プロンプトをタイプして対戦する
といっても、キーボード早打ちでアタタタとかやるのではなく、画像生成AIであるMidjourneyにプロンプトで指令を出し、生成された画像の優劣で勝敗を決める仕組み。スピードとかではなく、成果物である絵の芸術性が問われるのです。
このVS AIは、今年1月のHello, Human!で披露され、大人気を博しました。その後はGIGABYTEの製品キャンペーンに使われたり、北米のPC販売会社からのオファーでカナダにプレイヤブルな筐体が置かれたりといった展開を経て、まず9月にオンライン大会を開催。そこで選ばれた32人によるオンサイトバトル。そこを勝ち進んだ8名によるファイナルが今回実施されたという流れです。ファイナリストは日本から1名、イタリアから1名、残りは地元・台湾という構成。
通常のバトルではAIによるジャッジで勝敗が決まるのですが、ファイナルでは人間の審査員4名とAI、さらに観客による投票を入れた、合計6つの総合的判断により、勝敗が決まります。筆者はその人間審査員の一人として招かれたという次第です。
VS AIの考案者であり、 TTXCのAI関連展示パートである「G.A.M.E」(Game, AI, Mankind, Evolution)未来主題展のキュレーターを務める(そしてHello, Human!のキュレーターでもあった)、エッシャー・ツァイ(蔡宏賢)さんが審査員長。彼にはHello, Human! の時にインタビューもしています。
長い歴史を誇る国際的メディアアート展示会であるArs Electronicaにキュレーターとして勤め、国際コンペティション部門である「Prix Ars Electronica(プリ・アルス エレクトロニカ)」を統括する小川絵美子さんが審査員というのもすごいことです。小川さんは前日、蔡宏賢さんとともに、AIとアートの関係について講演を行っています。
▲左から、小川絵美子さん、蔡宏賢さん、そしてモデレーターを務めた台湾アート界の重鎮、MOCA Taipeiの駱麗真館長
台湾南部の原住民であるパイワン族のシンガーソングライターであるAbao阿爆(阿仍仍) さんも審査員として参加しています。生成AIの学習には民族的なバイアスが存在しており、そのバランスを取っていくにはどうすべきかと問いかける「Project Kanakanavu」という展示がされています。Kanakanavuとは台湾・高雄の原住民カナカナブ族のことで、現在の生成AIではプロンプトで正しい画像などが出てきません。これを、積極的に修正していくというプロジェクトです。
そんな中に筆者が「芸術家」審査員として加わっているのはかなり面白い状況と言わざるをえません。
では、VS AIの対戦と審査の様子を詳しくお伝えしましょう。
■VS AIの対戦と審査の様子
まず、8人のうち2人のプレイヤー同士が対戦し、勝者がセミファイナルに進めることになります。
最初に出されたのは、音楽を流し、これを映像として表現せよ、というもの。音楽に対する理解も深くないと難しい出題です。最初のスペーシーなジャズボーカル曲は比較的イメージしやすかったのですが、インダストリアルでメロディー皆無な曲とかも登場し、「これどうやって視覚化するのよ?!」となりました。
筐体の中で動いている画像生成AIはMidjourneyです。/imagineで始まるプロンプトをキーボードで入力し、Enterを押すと画像が生成されます。制限時間内に何枚出してもOK。その中で自分が気に入ったものを1枚選んで、それが審査対象となります。
つまり、制限時間内なら何枚でも試行錯誤は可能。画像サイズやレファレンス、枚数・作風の指定などのMidjourney特有のオプションコマンドも繰り出されます。他人がこうしたコマンドをリアルタイムで入力していく様子を見る機会はなかなかありません。しかもハイレベルなAIクリエイターによるものなので、非常に勉強になります。
与えられたテーマの中でどう表現していくか、というアプローチもプレイヤーによって手法が異なります。
1girlなどの具体的なものから始めたり、アポカリプス、廃墟、戦争といった情景のキーワードから構築していく人など、プレイ(プロンプト)スタイルもさまざまなのですが、だんだんそれぞれの絵柄が近いものに集約されて行ったりというのがとても興味深かったです。
▲生成画像やプロンプトはリアルタイムで大画面表示される
すでに何枚も絵を出しながら、途中から作風を完全に変えていったりとかもあります。
AIによる画像生成をやっている人であれば、何かしら参考になると思います。対戦する2人の周りに観客が集まり、手元に注目する人も多くいました。
▲オーディエンスがVS AIの筐体とプレイヤーたちを囲む
われわれ審査員もプロジェクターで映し出された大画面を注視し、プロンプトテクニックと繰り出される画像に見入ります。これはeスポーツの観戦に近いものがあります。
▲画像とプロンプトを注視する審査員のAbaoさん(左)と筆者
日本からはaratamaさんも参加。ずっと上位入賞されていた実力者です。対戦したdpysさんとはほんとに接戦で、投票に非常に迷いました。
■決勝のテーマは「ピーターパン」
8人から4人に、さらに1人ずつ抜けていき、最後に残ったのは、これまでのオンライン対戦で何度も優勝を果たしている女性プレイヤーのdpysさんと、16歳の少年であるeahot3さん。
テーマとして出されたのは、「ママはなぜ飛べないの? あなたと違って大人になったからよ。大きくなると、空を飛ぶ方法を忘れてしまうよ」というピーターパンからの引用。
これをどう解釈してイメージとするか。原作やディズニーによるアニメーションを知っていれば、そのイメージに近づけることはできるでしょうが、そんな安直なものにはなりませんでした。
▲決勝を戦った2人のトッププレイヤー
最初の段階では2人ともよくある画像だったのが、だんだん解釈に深みを増した作風に変化していき、最終的に出来上がったものはもうこれは芸術作品としか言いようがないものに。
中でもピーターパンからの視点を、飛べなくなってしまい、地上に根付いてしまった母親に対する子供からの愛情という形に収めた美しい作品が、審査員・観客の心をガッチリと捉えました。
票は割れることなく、すべての審査員が16歳の少年のAI生成画像を支持し、優勝となりました。
▲優勝を勝ち取ったeahot3さん(16歳)
16歳の少年がわずかな時間でそこにいる人々のほとんどを納得させるだけの、おそろしく深みのあるイメージを作り出したというのは驚きで、審査員もみな感動していました。
日本ではAIアートグランプリ、世界ではArs Electronicaといった舞台が待っています。AIという新しい絵筆を持った彼らのような若いアーティストが今後どのような高みを上っていくのか、楽しみでなりません。
▲優勝賞金は6万台湾ドル。上位入賞者と審査員による記念撮影