島根で『Ruby biz Grand prix 2024』開催、10周年の節目のグランプリは?

テクノロジー Other
村上タクタ

フリーランスライター。1969年京都府生まれ。バイク雑誌編集者に憧れて上京し経歴を開始。ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌、デジモノの雑誌をそれぞれ7〜10年編集長として作る。趣味人の情熱を伝えるのがライフワーク。@takuta

特集

※ 本稿は島根県の取材ツアーに招かれて執筆した記事になります。

『Ruby』というプログラミング言語をご存知でしょうか?

Rubyは、現在世界で多くの人が使っているプログラミング言語の中で、唯一日本人が作った言語です。特にRuby on RailsというWebアプリケーション開発プラットフォームを使っての利用が人気です。Rubyは、全世界で100万人以上のユーザーがいると言われています。たとえば、クックパッドやAirbnb、GitHubのような誰もが使うサービスもRubyで作られています(部分的には他の言語も使われている)。

Rubyは、まつもとゆきひろ(Matz)氏が、既存のプログラミング言語には満足できず、27歳の頃から趣味で作り始めた言語です。1995年にインターネット上にて発表しました。中核の部分はまつもと氏が作ったのですが、現在は世界中の開発者が参加するオープンソースコミュニティにおいて開発が続いています。とはいえ、最終的な判断はまつもと氏が行っており、まつもと氏は今なおRubyコミュニティにおいて、非常に重要な存在です。

まつもと氏が「東京などの都会より、落ち着いた地方の方が居心地が良い」として島根県松江市に暮らした縁から、松江市が2006年から産業振興として『Ruby City MATSUE』をはじめ、2014年からはこの『Ruby biz Grand prix』を、Ruby bizグランプリ実行委員会と島根県が開催しています。

たしかに、プログラミングを仕事にするなら、1人で集中する時間が必要になります。逆にいうと1人でできるので、物価や生活コストが高く、人口密度が高い都市部に住む必要はなく、ソフトウエアによる産業振興は、地方の産業振興として有効そうです。中でも、島根県と松江市によるソフトウエア産業振興は、Rubyという核があることから、これまで一定の成功を収めています。

大賞に輝いた2つのサービス

『Ruby biz Grand prix』は今年でついに10周年。12月5日に島根県松江市の松江テルサ(松江勤労者総合福祉センター)で開催された表彰式では、応募した21企業・サービスの中から、2つの大賞、3つの特別賞、デジタルコミュニケーション賞、クリエイティブ賞が選ばれました。

大賞を受賞したのはイタンジ株式会社のITANDI BBとITANDI BB+、そして株式会社タイミーのタイミー。両者には大賞のトロフィーと、賞金の100万円が贈られました。

イタンジは、従来の『不動産取引がなめらかでない』という社会課題を解決しました。

読者のみなさんも、内見に行って「決めた!」と思ったら、別の人が別の不動産業者と契約していたり……というようなトラブルに遭ったことはないでしょうか? 不動産の場合、すべての不動産を扱う中央集権的なデータベースは存在せず、不動産の所有者や、管理会社は仲介業者との間で業者間サイトや、電話・FAXなどを通じてやりとりをしています。そのため、契約が決まっても、それが他の仲介業者に伝わるのに時間がかかるのです。

この課題を解決しようとしているのがリアルタイム不動産業者間サイトITANDI BB、そして管理会社向けSaaSとして、物確電話自動応答、24時間内見予約、Web入居申込、電子契約、原状回復工事監理、入居者管理などを行うITANDI BB+です。これらの多くにRuby on Railsを使っています。

一方のタイミーはいわゆる「スキマバイト」を実現するサービス。

企業の「この時間だけ働いて欲しい」、ユーザーの「この時間だけ働きたい」をマッチングするサービスです。企業にしてみると短期で、すぐに働いている人だけを探せて、しかも過去の働きぶりなどの履歴をチェックできる、ユーザーにしてみると単発で働けて、勤務終了後、すぐに給料がもらえるというサービスです。導入事業者は13万6000企業、ワーカー数は900万人に及びます(2024年9月現在)。

シンプルなサービスに見えるますが労働条件通知書の電子交付から、労働基準法に基づく適切な給与計算、相互の評価、給料の受け取り、源泉徴収票の自動発行、労働者名簿などの自動作成があり、最終的に給与の振込までを行うため、内部では複雑なプロセスが動いています。これらの機能を背後から支えているのがRubyなのです。

また、すでにメジャーなサービスとなっているタイミーは、Rubyの国際的なカンファレンスである『RubyKaigi』のスポンサードなど、Rubyコミュニティを支える活動にも参加しているのです。

特別賞は3サービス

特別賞を受賞したのは株式会社IVRyのIVRyと、株式会社SmartHRのSmartHR、そして株式会社バイタルリードのTAKUZO。各社には特別賞のトロフィーと、賞金の30万円が贈られました。

IVRyはAIやソフトウエアを使った電話応対システム。今でも、地方を中心に電話は重要な営業手段。スタッフ自身が対応しなければならない電話以外を、ダイヤルプッシュとAIのハイブリッド型で対応します。電話の応対は場合によっては大変時間を取られますし、スタッフを貼り付けなければならない場合もあります。また、場合によっては大変ストレスのかかる仕事です。IVRyは、それらの負荷を大きく減らすサービスとして、すでに3000万件の電話に対応しています。

IVRyは『We Make “Work is fun” from now 』をVisionとして、多くの人の仕事を支え、その負荷を減らしています。

企業の効率化で、意外と遅れていたのが人事労務でした。会社ごとの個別具体的なやり方があるし、長らく使ってきたやり方があるので、移行しにくいという事情もあります。そんな中、新興のIT企業やスタートアップなどを中心に普及したのがSmartHR。雇用契約や給与明細、通勤経路検索、マイナンバー管理、入社手続……などの複雑になりがちですが重要な手続きを一括でまとめられるサービスです。そんなSmartHRを支えているのもRubyとRuby on Railsです。

また、SmartHRも、RubyKaigiをスポンサードし、Rubyのコミュニティを支える側の企業として貢献しています。

バイタルリードは島根県出雲市に本社を置く地方都市や中山間地域の交通問題に特化した会社です。交通計画のコンサルティングを中心に、ソフトウエア開発、旅行業を行うなど、地域交通のソリューションを提供しています。

地方の交通サービスは、人口減少と高齢化の進行によって崩壊の危機に瀕しています。地方では高齢になってもクルマを手放せません。しかし、あまりに高齢になると運転は難しくなります。バスなどの公共交通機関の多くは赤字になり事業としては成立しにくくなり、さらに運転手不足が問題になっています。行政としても、それを支える財政力がなくなってきています。

それを支えるのが、“そこそこ”便利な過疎型オンデマンド配車システム『TAKUZO』です。事業は1台のタクシーから行えます。年金で生活する高齢者でも払えるリーズナブルな月額一定料金で乗る事ができますが、場合によっては最短ルートで走らず乗り合いで他の人を乗せて走ります。また、前後に乗車時間をずらしてもらうこともあります。しかし、それら若干の不便を許容することで、安価に運用できるようになっています。便利過ぎないので、既存のバスやタクシーとも競合しません。

この緩い便利さを実現するのがTAKUZOの『過疎型AIオンデマンド配車システム』です。Rubyでメインのインターフェイスを作り、利用者が電話やLINEのアプリ連携で予約を入力すると、サーバ側で予約最適化プログラムが動き、ドライバーに運行情報を伝えます。今後、日本の多くの地方に必要となるであろうシステムだと思います。

その他、デジタルコミュニケーション賞にエースチャイルド株式会社、株式会社mov、クリエイティブ賞に株式会社オーディオストック、株式会社ロッカが選ばれました。

Ruby振興に寄与する島根県、島根県の産業振興に寄与するRuby

審査講評として、Rubyの世界の“神”であり、Ruby biz Grand prix 2024審査委員長、一般財団法人Rubyアソシエーション理事長のまつもと氏が登壇。「今年も21件のサービス、そしてこれまでの10年間で100を超える企業・サービスに応募いただいていますが、これらすべてのサービスは素晴らしいサービスだと思います。これからもRubyを使って素晴らしいサービスを作っていただいて、来年もそうした素晴らしいサービスを表彰したいと思います」と話しました。

首都圏への人口、企業の集中が問題になっており、地方は地場産業の振興に苦慮しているところが多いのが実際です。比較的場所を問わないソフトウエア産業の振興を企画する地方自治体は多いのですが、かならずしも成功してるところばかりではないのが現実です。そんな中、地元に住むまつもと氏が作った、世界で多くの人に使われている言語であるRubyにフォーカスして、このイベントを開催するなどさまざまな普及活動を行なう島根県は成功事例だと言えるでしょう。

後の懇親会でまつもと氏に聞いたところ、島根県はトップである知事がコミットし、全県を挙げてソフトウエア産業の振興に取り組んでいるのが成功のポイントだとおっしゃっていました。「なかなか、ひとつの部署や個人が頑張っても限度がある。やはりトップが関わって、多くの人を巻き込んで、はじめて大きな動きになるのです」とのこと。

このイベントは、この日から始まるRubyWorld Conference 2024など、RubyWeekの皮切りでもありました。ハッカソンや、ワークショップ、カンファレンス、懇親会、ワーケーションウィークからゴルフコンペに至るまで、さまざまなイベントが開催され、さらに島根県のソフトウエア産業とRubyを盛り上げる取り組みが行われました。

《村上タクタ》

Amazon売れ筋ランキング

村上タクタ

フリーランスライター。1969年京都府生まれ。バイク雑誌編集者に憧れて上京し経歴を開始。ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌、デジモノの雑誌をそれぞれ7〜10年編集長として作る。趣味人の情熱を伝えるのがライフワーク。@takuta

特集

BECOME A MEMBER

『テクノエッジ アルファ』会員募集中

最新テック・ガジェット情報コミュニティ『テクノエッジ アルファ』を開設しました。会員専用Discrodサーバ参加権やイベント招待、会員限定コンテンツなど特典多数です。