時計が好きというと、高確率で腕時計だと思われてしまいますが、自分の好きなのは懐中時計。しかも、100年くらい前の古い機械式です。中でも、ガラと呼ばれたりする壊れかけや、完全に壊れたやつが大好物でして、分解やニコイチで修理っぽいことをしたりと遊んでいました。
もう少し大きな置き時計まではいじったことがありますが、さらに大きな掛け時計は触ったことがありません。理由は簡単で「大きいから」。掛け時計くらいの大きさになると結構なスペースが必要となってしまうため、作業場所の確保が難しいのです。
とはいえ、これはあくまで機械式の場合。掛け時計といっても1970年代くらいからクォーツ時計が普及し始め、ムーブメントが小型化していきます。1980年代には汎用化され、製造メーカーが異なっていても、ほぼ共通で使えるにまで進化しました。
面白いのは、十分小型化された後は掛け時計でも置き時計と同じものが使われ、違うのは針と文字盤の大きさだけ……みたいなものが大多数になったことです。
さて、ここからが本題です。
義実家の掛け時計が壊れたようで、動かなくなったとの連絡。電波時計に買い替えれば、時計を合わせなくてよくなるし便利になるよね、みたいなことを考えていました。
しかし、妻から話をよく聞くと、40年くらいずっとその時計を使っていたこともあって、義父にとって「時計といえばコレ」という思いが強いそうです。他の時計に替えたくないので、修理してくれるところはあるのかな、という話まで出ているそうで。
年代的にクォーツでしょうし、ムーブメントごと交換すれば動くようにはできそうですが、お店でそういうのをやってくれるところは思いあたりません。それなら自分がやってみようか、ってことで、軽い気持ちで修理を引き受けることになりました。ほら、妻にいいトコ見せたいですしー。
とはいえ、実物を見なければ判断できないので、妻が実家に寄ったついでに時計を持ってきてもらいました。
これは思い入れがあるはずだと納得
文字盤には、誇らしげにも見える「QUARTZ」の文字。裏返すと、よく見る四角い汎用ムーブメントがあり、これごと交換すれば修理は完了します。
ふと横を見ると、「1985 十五年勤続表彰記念」の文字が。なるほど、40年近く使っていたというのはもちろんですが、記念品としてもらったというのであれば、思い入れがあるのも納得です。
交換用のムーブメントは入手先に心当たりがありました。100円ショップのセリアで売っている手作り時計キットです。
これはムーブメントと針のセットで、文字盤を自作することで時計が作れるというものです。秒針までは付属していませんが、ちゃんと秒針を挿す部分はあるので機能的には問題ありません。
しかし、物理的には問題があります。そう、修理したい時計と針の取り付け穴サイズが異なっており、針がつかないのです。
穴を広げたり接着したりすればできなくもないですが、失敗したときのリスクが大きすぎます。かといって、似た針を探して取り付けるとなると、思い入れのある時計のデザインが変わってしまいます。
さてどうするか。ここで、依頼主の気持ちになって考えてみましょう。
修理には大きく2つのあると思っています。ひとつは、機能的な回復を図るもの。これは見た目に多少変化があっても、機能が使えるようになればいいという方針です。今やろうとしている、ムーブメントを交換して似た針を探して(もしくは、針を加工して)取り付ける、というのはこちらにあたります。見た目は似てるけど、別物になるわけですね。
もうひとつは、可能な限りの復元。見た目を変えることなく、壊れた部品だけ交換して修理するという方針になります。部品が手に入らなかった場合、どこまで代替品を使い、どこまで残せるかは、修理する人の腕次第。また、今はまだ正常な部品も寿命が近いでしょうから、別の場所が壊れる可能性が高く、再修理も視野に入れておかなくてはなりません。当然ですが、修理の難易度はこちらの方が高いです。
他の時計に買い替えるのが嫌だから修理するわけで、前者の機能的な回復を行う修理でいいなら、新しい時計を買っているはず。それならば、可能な限り復元するというのが筋ってもんですよね。
ということで、方針を大きく転換。可能な限りの復元的修理を行うことにします。
故障個所の特定と代替部品の調達
そうと決まれば分解です。クォーツのムーブメントは形状だけでなく、分解手順もほぼ同じ。ネジがある場合はネジをとり、ツメをいくつか外して引き上げるだけです。
とりあえずの目視確認では、歯車の欠けや軸の摩耗、折れなどは見当たりません。この状態で動作はどうなるのか確認するため、電源(1.5V)を基板の端子部に当てましたが、モーターはピクリとも動きませんでした。
ちなみにモーターは、コイルとスグ右にある小さい白い歯車パーツで構成されています。ここがステッピングモーターになっていて、1秒ごとに決まった角度回転することで時間を刻むわけです。
基板を取り出し部品面を見てみると、1985年当時でも部品点数はかなり少ないことがわかります。コイルの他には水晶振動子と抵抗、コンデンサー、そして謎のICくらいしかありません。
オシロスコープで動作を追ってみると、水晶の発振は確認できるものの、コイルの端子には信号が出ていません。やっかいなことに、正体不明のICが壊れてしまったようです。
ここで、先ほどのセリアで購入してきたキットのムーブメントを見てみましょう。
歯車の数が違うような気がしますし、レイアウトも変わっていますが、基本的な動作は同じ。40年経っても、アナログ時計の中身は似たようなものだというのが新鮮です。
基板はコイルの裏に配置されているので、取り外してみましょう。
元々少なかった部品点数がさらに少なくなり、コイルと水晶振動子くらい。後は青いモールドで固められたICがすべて受け持っているのでしょう。試しに動かしてコイルの根元の波形を見たところ、±1.4Vくらいの出力がありました。
電磁石の極性反転を繰り返すことで、モーターを回してるわけですね。
では、この出力をそのまま古いムーブメントのコイルに突っ込んでやるとどうなるでしょうか。爪楊枝とホットボンドで足場を組みつつ試してみたところ、なんと、古いコイルでもステッピングモーターが回ります。
ということで、修理の方針を決めました。古い基板上の部品はすべて取り去り、この時計キットの基板を子基板として移植することにします。
といってもスペースが限られているため、どうやれば基板が入るかが悩みどころです。最終的に、時計キットの基板の不要部分をカットし、古い基板の部品面に載るよう調整しました。
部品面が下になるので、フタを閉めてしまえばムーブメントに手が加えられてるとはまずわからないようになります。ということで、元に戻して電池を入れてみましょう!
いやー、無事に動いていますね。なんだかちょっと、回転が速い気もしますが。なお、これはタイムラプスとかではなく、実際の速度です。
別の部品取り用時計を用意して、再移植
これで無事に修理完了……なわけないですよね。
実は、作業中から薄々わかっていました。理由は簡単で、この時計キットのムーブメントは「カチカチ音が聞こえない時計」だってこと。これは、回転のステップを1秒ではなく、さらに小刻みにすることで、音を目立たなくしているものです。それを1秒単位として動かしているわけで、高速回転するのも当たり前です。
ひとしきり笑った後、中古用品店へ。掛け時計が売られているコーナーへ行き、1秒ステップの時計を探して買ってきました。440円です。
こちらのムーブメントをサクッと分解してみたところ、元の時計とほぼ左右反転でした。歯車の数は同じです。
基板を取り出してみると、高さを抑えるレイアウトになっていて、結構長さがあります。カットすると電源が取りにくくなってしまうため、基板の下部を削って細くし、立てて使うことにします。
具体的には、電源ピンをワイヤーで縦に伸ばし、古い基板の電源ピンに接続。コイルの接続部が遠くなってしまいますが、そこはラッピングワイヤーで延長することで対処しました。
あとは、歯車を洗って古い油や汚れを落とし、一部にちょっとだけ注油。最後にムーブメントを組み上げ、電池を入れて動作確認です。今度はちゃんと1秒ずつ進んでくれました。丸一日ほど動かしてみて、時間にズレがないことが確認できたので、今度こそ修理完了です。
後で見つけちゃうのはよくあること……
返却して数週間経った現在も、修理した時計は問題なく元気に動いているそうです。修理直後は動いても、その後動かなくなるとかはよくあるので、安心しました。
今回は基板の入れ替えという手段を使いましたが、可能な限り元のパーツは残せたので、個人的には満足。少々、遠回りはしましたけどね。
ちなみに、ドナーとして基板を奪われた440円の時計は、セリアの時計キットを使って修理済み。こっちは思い入れも何もないので、機能回復のみの修理です。仕事部屋に掛け時計が欲しかったので、ちょうどよかったです。
なお、後日セリアを見て回っていたら、1秒ごとにカチカチいう時計も発見。こっちも110円だったので、これを先に見つけていれば……。今後修理することがあれば、こっちを使います!