今日から編集部にお世話になります、松尾公也と申します。1980年代からコンピュータ関連メディアに編集者として関わってきてます。1993年に創刊したMacUser誌から続けている私的コラム「CloseBox」を、ここテクノエッジでも始めようと思います。ちなみに前職(ITmedia NEWS編集部)での最終コラムはこれでした。
・最後に、日本ソフトバンクに出版事業部があった時代について話そう
ご挨拶がわりのテクノエッジ初コラムで取り上げるのは「擬似ドローン」による「擬似空撮」。
前職最終出社日のちょっと前から全天球カメラ「Insta360 ONE X2」にハマっておりまして、これをロードバイクのハンドルに取り付けて、あちこちを彷徨しております。お気に入りの角度は、カメラを水平方向の前方ちょっと先に置いて、そこから自分を映す、「自撮りモード」。こんな感じです。
Insta360 ONEシリーズでは、カメラを自転車にマウントするためのキットを販売していて、その最新のものが非常によくできているのです。前のモデルも使っていたのですが、新モデルは2点で止めるようになっているおかげで安定性がマシマシ。さらに上下にGoPro用マウントまで用意していて、他の自転車用カメラマウントを駆逐しそうな勢いです。ちなみにアクションカム業界ではGoProのマウントが標準となっていて、DJIやInsta360の競合製品も同じ仕様になっています。
Insta360 ONEシリーズは、最下部に三脚ネジがついており、それをマウントにねじ込むわけですが、そこに、「消える自撮り棒」なるものを挟み込みます。星飛雄馬の大リーグボール2号のように、この自撮り棒は存在を消してしまうので、まるで第三者から撮影されたような映像になります。FlowStateという手ぶれ補正機能が超強力に効いているので、揺れもなかったことにされます。
この自撮り棒ですが、自転車マウントに付属する細いものから、最大70cmまで伸びる棒、最大120cmまで伸びる棒。さらには300cmまでの棒も用意されています(筆者は全種類揃えてしまいました)。実は300cmまでの棒は完全には消えず、手元の黄色いリングの部分がクチビルのような形になって残りますが、それほど気にはなりません。20%だけ残った消える魔球みたいな感じでしょうか。
この伸びる自撮り棒をうまく使い、その存在を後処理で消してしまうことで、あたかもドローンで撮影しているかのような擬似空撮映像が可能になる、というわけです。
人気自転車系YouTuberが自分を俯瞰する動画を公開して、「一人旅って言ってるけど同行者がいるのでは」と勘繰られたこともあったのですが、実はこのInsta360 ONEシリーズのカメラと消える自撮り棒を使って、一人で撮影していると種明かしをしています。マウントする角度や長さ、場所を変えることでまるで複数の撮影者がいるかのような映像、ドローンが並走して撮影しているような動画が公開されています。
自転車系YouTuberワナビーの筆者もこの流れに乗って、新しい自転車マウントと自撮り棒を買い、いろんな場所で使ってみました。一番使いやすいのは、自転車の前輪のちょっとだけ先にInsta360 ONE X2を水平配置し、自分の方を向くようにリフレーム(360度動画から通常画像を切り出す処理)するやり方。これと、その逆方向(前方を映す)をうまく切り替えることで、喋りながら走る動画が出来上がります。
音声は、口元に近ければ内蔵マイクでも拾えるですが、50cm以上も離れてしかもロードノイズまで乗ってしまうと喋り声はFinal Cut Proの「音声を分離」でもアイソレーションできません。そこはピンマイクとICレコーダーの組み合わせで後で同期します。筆者はTASCAM DR-10Lに風切り音防止のウインドジャマーを組み合わせて使っています。
腰をやってしまったときに使うコルセットみたいなものを腰回りにはめて、背中から棒を生やして撮影することで、FPSで斜め後方からの画面みたいな絵面にすることできます。インドアバイク派が慣れたZwiftの画面みたいなのが撮れるはずです。
ドローンのような映像にするには、当然ながらそれなりの高さで安定した速度で動く必要があります。自転車ならばそれが可能。ハンドルバーマウントで上に伸ばした状態で走ればいいわけです。ただし、公道では制限があるため、人の少ない舗装した道があるところで試すのがいいでしょう。例えば公園など。
公園の多くはドローンの飛行が禁止されていますが、棒を上に伸ばしただけのカメラを自転車にマウントして走行することは禁じられていません。当然ながら安全面には気を付ける必要がありますが、これまで不可能だった映像が撮れるとなれば、喜びも倍増です。
湖や池の水面スレスレを飛行するといったことも、長い棒をうまく使えば可能です。この場合は自転車とは無関係ですが、ドローンの曲芸飛行みたいなものを長い自撮り棒を使って行うことは可能。
強力なジンバル機能を持ったカメラを長い棒の先端につけて撮影する行為には先達がいます。最近では原稿を書き終えるまでそこから出られない「原稿執筆カフェ」などのアイデアスペースでも知られるヒマナイヌ川井拓也さんは2016年の時点で「参勤交代スタイル」として提唱していました。
これは2015年に起きた首相官邸ドローン落下事件などによりドローン規制が強化され、市街地では自由に飛ばせなくなったことへの「対抗策」でした。
DJIがバッテリーサイズを削って200グラムを切るドローンを出せば、翌年には200グラム未満(100グラム以上)も航空法の規制対象に入れるなど、法規制の網はより広く強固になり、ついには2022年6月からは所有者・使用者、機体情報などの登録を義務付ける「ドローン登録システム」が稼働するに至りました。空撮の自由度は、ごく身近なところでも、いやだからこそ、ますます得難いものになっています。
日本におけるドローン人気に一役買ったのはフランスParrotのAR.Droneで、2010年のことでしたが、この時点ですでに公共の場でドローンを飛ばすのが難しかったということは記憶しています。
それでも、自分よりちょっとだけ高いところの空撮、身を乗り出すと落ちてしまいそうな水面、森の惑星エンドアでスピーダーバイクが駆け抜ける気分になるような疾走動画(効果音付き)といったものは、この長い自撮り棒と後処理で浮遊感を出せる360度カメラがあれば、実現できると思います。
ただ、池で長い棒を水面に垂らしていると禁止されている釣りをやってると通報される危険性はあるので、背中に「釣りじゃないよ」ゼッケンでも縫い付けておくべきかもしれません。