MediaTekと言えば、多くのコンシューマユーザーにとっては「お安いスマートフォン」に搭載されている安価なArm SoCを提供する2番手、3番手の半導体メーカーというイメージではないだろうか。だが、既にそれは過去の話になりつつある。
実はMediaTekは、プレミアムAndroidスマートフォン向けSoCのイメージが強いQualcommに匹敵するようなSoCをリリースしている。今の時点では中国市場限定だが、ゲーミング向けのような高性能Androidスマートフォンにも採用されている。
また、元々普及価格帯のスマートフォン向けに強かった事情もあり、ここ数年のコロナ禍でのデジタル市場拡大という後押しを受けてシェアを拡大し、iPhoneも含めたスマートフォン向けのSoCで市場シェアトップになっているのだ。
そして今、普及価格帯専用という位置づけから抜け出し、プレミアムセグメント(高価格帯)のスマートフォンでも採用されつつある。
「安かろう、悪かろう」という印象を持たれていた、かつてのMediaTek
MediaTekは台湾の新竹サイエンスパークに本社を構える半導体メーカーで、同じく新竹サイエンスパークにある受託半導体製造のTSMCなどにチップ製造を委託しているファブレス(ファブ=工場を持たず他社に製造を委託していること)のメーカーとなる。
そうしたMediaTekだが、本誌の多くの読者にとってのイメージは、率直に言えば「安かろう、悪かろう」ではないだろうか。
というのも、MediaTekが従来提供していたスマートフォン向けのSoCは普及価格帯やバリュー向け、要するに価格が安いスマートフォン向けのSoCだったからだ。
ユーザーからすれば「表示が遅い」「CPUやGPUの処理能力があまり高くない」というイメージを持つことが多かった。
それにはMediaTekのSoCがSIMフリーと総称されるような、SIMロックがなく通信キャリア以外の流通経路で販売されるスマートフォンに採用されることが多かったことも影響している。
通信キャリア経由で販売されるAndroidスマートフォンは、ほとんどのモデルでQualcommのSnapdragon 8シリーズのようなプレミアム(高価格帯)向けのSoCを採用するためだ。
これには理由が2つあると考えられる。ひとつは通信キャリアが販売するようなAndroidスマートフォンは、通信キャリアが相互接続性試験(いわゆるIOT=Inter-Operability Testing)でQualcommモデムの優秀さなどを評価していることもあり、多くのモデルがQualcommのSoCベースになっていること。
例えば、韓国ではSamsungの独自SoCで販売されているGalaxyシリーズも、日本ではSnapdragonになっているのはそうした事情が反映されていると思われる(現行モデルではグローバルでもSnapdragonになっていることが多いが……)。
もうひとつはスマートフォンのユーザー体験をいち早く実現してきたのが、QualcommのSoCであるという理由だ。
SoCの中には、CPU、GPU、DSP、ISPなどの各種のプロセッサが内蔵されており、例えば、一般的な操作であればCPU、ゲームであればGPU、AIであればDSP、写真や動画であればISPを利用して処理する。
これまでQualcommはそうした各種のプロセッサの性能でMediaTekや各社を大きくリードしてきたので、日本で通信キャリアが販売してきたAndroidスマートフォンはほとんどがQualcommのSoCを採用する状況になっていたのだ。
スマートフォン向けSoCでQualcommから市場シェアトップの座を奪い取ったMediaTek
数年前までは確かにそういう状況だったことは否定できないのだが、実は今その状況が大きく変わり始めている。MediaTekは今やそのQualcommをキャッチアップし始めており、2つの点でQualcommに追いつき、追い越しつつある。
MediaTekがQualcommを追い越したのは市場シェアだ。11月に東京で開催された記者会見で、MediaTekは2020年の第3四半期(7月~9月期)にQualcommとのスマートフォン向けSoC市場シェア(iPhone向けを含む)で逆転して以来、8四半期(2年)連続で市場シェアトップを維持していると説明した。
直近のデータである2022年第2四半期(4月~6月期)ではMediaTekの市場シェアが37%であるのに対して、Qualcommの市場シェアは28%で、11ポイントもMediaTekが上回っている。
コロナ禍でデジタル市場が拡大するなか、メインストリームやバリュー向けのボリュームが増え、その結果MediaTekがQualcommを逆転するようになった、そう考えることができるだろう。
MediaTekにとって良いのは(そしてQualcommにとって悪夢なのは)、その傾向がプレミアム・スマートフォン向けにも波及しようとしていることだ。
昨年MediaTekはDimensity 9000(およびその改良版となるDimensity 9000+)を発表し、市場に投入した。このDimensity 9000シリーズは、MediaTekが初めてプレミアム・スマートフォン向けに投入したSoCで、QualcommのSnapdragon 8シリーズに対抗する製品となる。
しかも、端末メーカーレベルのチップ価格はQualcommより安く設定されており、「安かろう、悪かろう」から「安いうえにイイモノだ」に変わりつつあるのだ。
このDimensity 9000シリーズは特に中国で成功を収めており、中国のスマートフォンメーカー(Xiomi、Oppo、Vivoなど)や、ASUS ROGのようなゲーミング・スマートフォンなどに採用されている。
実際、中国でのプレミアム・スマートフォンの市場シェアは2021年第1四半期(1月~3月期)には12.1%しかなかったのが、2022年第2四半期(4月~6月期)には33.9%に大きく上昇したことがその成功を裏付けている。
「安かろう、悪かろう」から「安いけど、イイモノだ」を象徴するDimensity 9200
そして、そのDimensity 9000シリーズの第2世代としてMediaTekが11月に発表したのが、Dimensity 9200だ。
このDimensity 9200は、同時期にQualcommが発表した最新SoCのSnapdragon 8 Gen 2に匹敵するスペックのCPUやGPUを備えている。
例えばCPUはその代表例だ。QualcommもMediaTekもArm社が開発したIPデザイン(プロセッサの設計図のこと)を自社のSoCに組み込んでいる。QualcommのSnapdragon 8 Gen 2はプライムコア(低遅延重視のCPUコア)がCortex-X3が1コア、高性能コア(通常の処理に利用するCPUコア)がCortex-A715とCortex-A710のそれぞれ2コアずつで4コア、高効率コア(アイドル時など低消費電力で動くCPUコア)がCortex-A510で3コアとなっている。
それに対してDimensity 9200はプライムコアがCortex-X3の1コアで同じ構成、高性能コアはCortex-A715が4コア、高効率コアはCortex-A510で4コアとなっている。
Qualcommの高性能コアが4コアで、高効率コアが3コアとやや変則的な構成なのは、Cortex-X3とCortex-A715では64ビットのArm命令だけをサポートしており、従来のアプリが利用している32ビットのArm命令との互換性を重視しているためだ。
(通常はDimensity 9200のようにプライムコア1+高性能コア4+高効率コア4という構成が一般的)
逆に言うとDimensity 9200の方は、32ビットの互換性を捨てても64ビットでの性能を重視した設計ということになる。
そしてDimensity 9200のGPUは、CPUと同じくArmがIPデザインを提供するImmortalis-G715となっている(QualcommのAdreno GPUは自社設計)。
このImmortalis-G715は、QualcommがSnapdragon 8 Gen 2のメリットとして盛んにアピールしているハードウエア・レイトレーシング・エンジンをサポートするのが特徴だ。
レイトレーシングとは、ゲームなどで光源を元に影や反射などを表現するときに、物理的に演算してよりリアルな描画を可能にする手法。
ハードウエア・レイトレーシング・エンジンがあると、GPUの一般的な演算器を使わずにレイトレーシング処理が可能になり、より写真画質のゲームなどが実現できる(今後対応するゲームが徐々に登場する見通しだ)。
既にデスクトップPC向けのGPU向けには実装が行なわれてきたが、今回QualcommのSnapdragon 8 Gen 2、MediaTekのDimensity 9200ではほぼ同じようなタイミングでスマートフォン向けのGPUに実装してきた。これもMediaTekがQualcommをキャッチアップしていることの表れと言える。
中国市場だけでなく、日米欧の成熟市場向けの製品でも採用されることが次の課題
このように、MediaTekがメインストリームやバリュー向けだけでなく、プレミアム・スマートフォンでもQualcommに競合する製品が出せるようになった背景には2つの理由があると筆者は考えている。
ひとつには、Armが提供するIPデザインの高性能化。特にGPUはここ数年で急速に高性能化、高機能化が進んでおり、それによりArmのIPデザインを利用して高性能なSoCを設計することが容易になった。
もうひとつの理由はMediaTek自身がプレミアム・スマートフォン向け市場を重視し始めたこと。
以前のMediaTekは、プレミアム・スマートフォン向け市場を重視していなかったため、Armの新しいIPデザインを採用するのは、1年~数年遅れという状況だった。
そうすると、最新のIPデザインをいち早く採用しているQualcommに性能では勝てないということになってしまっていたのだ。そうした開発プランなどもプレミアム・スマートフォン向けを重視する体制に変更されたことで、十分対抗できるようになったのが現状と言える。
MediaTekにとって次のステップは、中国市場での成功を日米欧のような成熟市場でのプレミアム・スマートフォンに採用されることにつなげられるかどうかだろう。
特に日本のプレミアム・スマートフォン市場ではSnapdragon 一択という状況が続いている。どの製品を日本で売るかを実質的に決めているのは通信キャリアであり、独自の型番をつけて販売する通信キャリアのAndroidスマートフォンに採用されることは、IOTをクリアすることなどを含め、決して簡単なコトではない。
しかし、少なくとも性能の観点で追い付いたということは事実。それにより「安かろう、悪かろう」のイメージが払拭されつつある今はMediaTekにとってもチャンスがあると言える。今後もその動向は要注目だ。
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