産業技術総合研究所(産総研)は、有機半導体デバイスに対してコーヒーなどに含まれる「カフェ酸」の薄膜層を形成することで、デバイスに流れる電流を最大100倍に増加できる技術を開発したと発表しました。産総研の赤池幸紀 主任研究員、細貝拓也氏と筑波大学の山田洋一 准教授による共同研究。
有機半導体デバイスの導電性能向上と廃棄後環境負荷の低減を目的として、自然界に存在する材料を用いた電極修飾技術を模索するなかで、カフェ酸の薄膜層を挟んでいない場合と比べて最大で100倍まで電流を増加させることに成功しました。
有機半導体は、半導体としての性質を有する有機物のこと。有機ELディスプレイをはじめ、低コストで高い光起電力を得る有機太陽電池や、次世代電子材料として注目されているOFETなどの形で利用されています。
現在は電荷を流しやすくする薄膜層として導電性ポリマーなどが一般的に採用されていますが、薄膜層の原材料は埋蔵量に限りのある金属資源を含むこと、廃棄時に発生する環境負荷の観点から、同等以上の導電性能と環境負荷の低さを両立する素材が模索されていました。
カフェ酸(コーヒー酸、Caffeic Acid)は、その名の通りコーヒーをはじめ各種穀物、ブドウ酒、りんご、ケール、カリフラワー、キャベツ、タイム、オレガノ、ターメリックなど多くの植物および植物性食品に含まれるポリフェノールの一種であることがわかっています。カフェインとは別の成分であり、摂取による人体への影響は研究が進められているものの、詳しくは解明されていません。
本研究では、大きな永久双極子モーメント(電界をかけない状態でプラスとマイナスの極を持ったもの)を持ったフェニルプロパノイドと呼ばれる物質群に着目し、これに属するカフェ酸を有機半導体の薄膜層として利用することを試みています。
ここでは有機半導体と電極の間で仕事関数(個体表面から一つの電子を取り出すのに必要となる最小エネルギー)を高めることが電極修飾層の役割となります。実験において実際にカフェ酸の薄膜層を形成して電流を流したところ、カフェ酸分子が自発的に向きをそろえて並び、カフェ酸の薄膜を形成しない場合と比べて電流が最大で100倍に増加し、有機半導体デバイスの性能が向上することがわかりました。
また、今回開発したカフェ酸を用いた電極修飾技術は基板の種類に依存せず使えることから有機半導体デバイス全般の電極に応用できるとしており、今後は仕事関数を制御するための材料のさらなる探索とプロセス開発を実施し、本技術の応用を進めるとのことです。
先述の通り、カフェ酸はポリフェノールの一種です。代表的なポリフェノールとしてはアントシアニンやカテキン、ルチンなどが挙げられますが、いずれも人体にとって有益な機能性を備えていることが広く知られています。
カフェ酸に関しては運動能力の向上、糖尿病の予防、がんリスクの低減、HIVウイルスの阻害、アンチエイジング効果などの機能があるといわれていますが、そのいずれも研究途上であり、はっきりと有益な効果があるといえる段階ではありません。
今回の研究では低い環境負荷と高い伝導性を両立する材料ということでカフェ酸が選ばれましたが、結果として有機半導体デバイスの材料の一つが、希少金属から安価で入手性の高い植物から得られる物質に置き換わることは、製造コストの低下、ひいては販売価格の引き下げにも繋がる可能性があります。
この研究が製品に応用されるコストや技術的なハードルについては言及されていないため不明ですが、発表内容を素直に受け止めるならば、手放しで歓迎できる研究成果のように思えます。