ゲーム『サイバーパンク2077』のスピンオフ作品として高い評価を得たアニメ『サイバーパンク エッジランナーズ』。
サイバーパンク: エッジランナーズ | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト
世界累計2000万本を超える人気ゲームのアニメ化であることに加えて、アニメーション制作を日本のアニメスタジオTRIGGERが担当したことでも大きな話題を呼びました。
弊誌テクノエッジと『エッジランナーズ』のエッジつながりコラボのひとつとして、トリガー側のプロデューサーであり、シリーズ構成・脚本を務めた宇佐 義大(うさ よしき)トリガー副社長に『エッジランナーズ』が生まれるまでについておうかがいしました。
(聞き手:多根清史)
ゲーム原作のアニメ化はトリガーにとって大きなチャレンジ
ーー『サイバーパンク2077』をトリガーがアニメ化すると聞いて驚き、実際に『サイバーパンク:エッジランナーズ』の映像を見て面白さに驚きました。「トリガーと言えばオリジナル作品」とも言われるなか、ゲーム原作を手がけられたきっかけは何だったのでしょう?
宇佐 あくまでもプロデューサーとしての個人的な見解ですが、元々トリガーはオリジナル作品の企画開発力を強みと捉えていて、会社としても注力し続けてきました。
ただし、オリジナル作品は0から作る難しさがある反面、正解がない分手癖で逃げられるところもあって、カロリーコントロールも含めて自分たちに都合のよい部分で手を抜いていると、自分たち自身で殻を破って新しい成果を生み出すことも難しくなっていきます。そういう悩みは元々ありました。
ーーそこを意識して、原作モノにもチャレンジしようという狙いも?
宇佐 オリジナル作品は開発に時間がかかることもネックの一つで、拘りすぎるとスケジュールの部分で自分たちの首を絞めますし、開発難易度の高いオリジナル作品はキャリアの浅いスタッフを起用しにくく人材育成に不向きという欠点もあるので、今石や吉成を監督に、原作のある作品でもしっかり勝負をしてみたいというのは常々考えていましたが、お受けしたのはたまたまですね。
ーー原作にも小説や漫画など色々ジャンルがありますが、ゲーム原作は意外という声も聞こえましたね。
宇佐 そこも単純な巡り合わせです。漫画などで一度答えが出ている作品や成功している作品を手掛ける難しさは当然あって、トリガーが胸を借りて本気の勝負を挑める原作ものってなんだろう? という悩みが常にあって。
そういうことを考えていたタイミングで声をかけていただいたのが『サイバーパンク2077』のアニメ化の話で、映像を含めてのプレゼンを受けた瞬間に「これはヤバい」と思いました。ヤバいというのは「これは手に負えないかもしれない」という悪い方の直感だったんですけど、同時に世界観の壮大さやゲームの自由度はものすごく魅力的で、「この作品に向き合えたら、殻を破れたり会社のレベルが上がるのではないか」という予感もありました。
ーー「手に負えない」と「殻を破れるかも」と両方の予感があったんですね。そこには葛藤があったと察せられますが、最終的に仕事を受けることに踏み切った理由は?
宇佐 やろうと決めたきっかけとしては、当時はまだ未完成だったものの『サイバーパンク2077』というゲームがあまりにも衝撃的で、作品として描かれるであろう世界が素晴らしそうだと感じたことと、CD PROJEKT REDのクリエイティブ・ファーストな姿勢にシンパシーを感じたり、自分たちにとっても大きなチャレンジになるだろうというところが大きかったと思います。
CDPRとの共通認識のすり合わせは『サイバーパンク2.0.2.0.』から
ーーこの企画の始まりにあたっては、原作ゲーム開発元のCD PROJEKT RED(以下「CDPR」)側で脚本が用意されていたそうですね。それを読まれたとき、最初はどんな印象を抱かれましたか?
宇佐 『サイバーパンク2077』から派生する作品として、ゲームと同じ哲学や美学を感じました。台詞やト書きも粋というか、日本人の自分たちには書けないテイストや魅力があり、一つ一つのシーンや台詞、シチュエーションに強い拘りがあるのはすぐにわかりましたが、同時に難しさも感じました。
読み進めていく中で気になったのは、実写や3DCGであれば映えるだろうけど、日本式のリミテッドアニメでは良さを出せないような表現が多かったことです。
ーーゲームの感覚に基づいたシークエンスの組み立てが、アニメの文法とは違っていた?
宇佐 掘り下げていくに従って、違いを感じた部分ではありました。あくまでも例えですが「今はもう使われていない廃工場で、年季の入ったバンを挟んで二人の男が煙草をくわえて睨み合う。辺りは静寂に包まれ、割れた屋根の隙間から射し込む光を反射した埃がゆっくりと宙を舞っている。片方の男が口を開くと……」みたいなシーンが多かった印象があって。
ーー雰囲気もあり止め絵としては完成しているが、動きがない感じですね
宇佐 アクションシーンよりも、前後の頭脳戦や駆け引き、空気感や会話の妙に重きが置かれていたところがあって、掛け合いの台詞も結構たっぷりある。作画のアニメで作ると止め絵で口パクのシーンが延々と続くことになりかねないので、求められている作品性、雰囲気としての格好良さと、完成した時のイメージのズレは心配でした。
ーープロジェクト開始の2018年当時、原作ゲームがプレイアブルな形で存在してなかったそうですが、それにより映像のイメージはつかみにくかったでしょうか?
宇佐 ゲームは未完成でしたが、開発中のゲーム画面やムービー、イメージボードやモデルデータなど、初期からかなりの資料を見せていただいたので、暗中模索という訳ではなかったです。
勢力や階層に応じた生活様式や文化レベルの差からくるルックの違いなどがものすごく細かく定義されていて、ファッションで使用される色の組み合わせや素材に到るまで、数百ページあるゲームのガイドライン的なアートブックも提供してもらったんですけど、逆に情報量があり過ぎてどこをどのくらい拾えばいいのか悩むくらいでした。
ーー漫画や小説のアニメ化では「原作にはない素材や設定を作る」ケースが少なくないようですが、メインストーリーに出ない部分までも作り込むオープンワールドゲームだけに設定資料が過剰にあったんですね
宇佐 選択肢の多さはポジティブな要素でした。とはいえ、マルチエンディングであることを含めて肝心のゲームのストーリーがわからないので、トリガー側が世界観や『サイバーパンク2077』らしさ、アニメへの落とし込み方を掴めないでいた時間はかなり長かったです。
契機の一つは『サイバーパンク2.0.2.0.』という、ゲームの原作になったTRPGの翻訳版を読んだことかもしれません。CDPRからもサイバーパンクというジャンル、『2.0.2.0.』やマイク・ポンスミスさんへのリスペクトの強さは繰り返し聞かされていたので、その原点になるものを目にした時に、ああ、これが元にあるから、何十年か経った先にこういう変化・進化が起こっていることになっているのか、というのがザックリとした意味である程度腹落ちしました。
ーー『2.0.2.0』の核は基本ルールブックではありますし、最もコンパクトにまとめられてますよね。
宇佐 『2.0.2.0.』は自分たちにとっても理解の及ぶ範囲のまさにサイバーパンクという世界観でしたし、物語のキーになるサイバーサイコシスの扱いについてもTRPG側の人間性コストという概念がベースにあることがわかり理解が深まりました。ゲームの開発が進んでわかることも増え、原点を同じくすることで少しずつ共通認識がとれるようになっていきました。
CDPRからは3バージョンのストーリー案、トリガー側でまとめる
ーー今石洋之監督がアニメ制作の実作業を始められるまでは時間がかかったそうですが、他のスタッフの方々が脚本開発を先行されたんでしょうか?
宇佐 監督の候補だった今石や吉成(吉成曜氏)、副監督の予定だった大塚(大塚雅彦氏)は『プロメア』と『BNA』の作業に追われ続けていてなかなか本作に注力する時間が作れなかったので、序盤は主に私とCDPRとで打ち合わせを重ねていきました。その期間がとにかく長かったですね。
もともとプロットや脚本はCDPRから初期の時点で結構作り込まれたものをもらっていたので、まず私が気になる部分にコメントを入れてトリガーのスタッフにも意見を聞いてまとめ、それを議題にワルシャワにあるCDPRとリモートで協議を繰り返しました。
ーー共通認識を作りつつ、言語の壁もあり、大変なやり取りですよね。
宇佐 言語や文化の違いは当然感じました。こちらとしても、CDPRが作りたいものに出来るだけ応じていきたい気持ちがある上で、アニメになった時の良さがイコールではない難しさを感じていたので、「こういうお話にしたいのであれば、ここはこうした方がよいのでは?」という提案を細部に渡って続けていきました。
協議によって歩み寄れた部分もあれば、途中で「もっと別のいい話を思い付いたんだ!」とまったく違う内容のプロットが上がってくることもあって、結果としてCDPRからは3バージョンのストーリーが提案されました。
ーー1つのストーリーラインに収束するどころか、3バージョンに増えたという。
宇佐 ゲームそのもののストーリーがなかなかわからなかったり、こちらもメインスタッフが作業に着手出来なかったりと色々あって、進めていく上で内容の摺り合わせに時間がかかり過ぎていることは気になっていました。納期から逆算した開発期間のデッドラインもあって、トリガー側は次の作品の企画開発も着手しなければいけなかったので、今まで書かれたものを活かして一度こちら側が構成から作り直してみることを提案し、トライする機会をいただきました。
ーーCDPRも自分たちのストーリーにこだわるわけではなく、柔軟性があったんですね。
宇佐 時間がかかった分、お互いに学びもありました。CDPRがやりたいことやトリガーが得意なことを総合的に考えて、両方が相応に納得出来そうな方向性を考えながら、3つのうちの1つをベースに過去の修正提案などを踏まえて私がトリガー版のプロットとしてまとめ直したものを提出し、方向性に大枠のOKをもらったことで、結果的にそれがシリーズ構成というか叩き台として扱われていくことになりました。
シナリオ会議では河原で殴り合うような場面も
ーートリガーとCDPR、どちらもオリジナリティが突き抜けた作風で知られるスタッフだけに、方向性をすり合わせるのは大変だったのでは?
宇佐 確かに意見の相違は相当にありましたけど、大前提として、CDPRのアニメに関わるスタッフ、特にラファウ(ラファウ・ヤキ氏)とシュティボー(バルトシュ・シュティボー氏)は、日本のアニメーション、トリガーの作品をよく見て知っていて、ものすごくリスペクトをしてくれていました。
トリガーの方も、最初に『サイバーパンク2077』を見た時の衝撃が忘れられなかったですし、それを作った人たちに対して、今石も別のインタビューで語っていましたが「オレたちもそこそこ尖っていた気がしていたけど、もっとヤベーヤツらがいた」っていうのが嘘偽りのない印象で、やはり強いリスペクトを抱いたと思います。
ーーそのインタビューで今石監督は、ナイトシティのデザインで質の高さと詰め込みがもの凄くて「なんでこんなことに金と労力と才能をつぎ込めるんだ?」と呆然としたと言っておられましたね(笑)
宇佐 だからこそ、ゲームのプロフェッショナルとアニメのプロフェッショナル同士、遠慮や誤魔化しがあってはいけないという雰囲気になってしまったんですかね。2名の通訳を介して毎週数時間に渡って英語と日本語が飛び交うシナリオ会議を重ねてた期間はまさに河原で殴り合っている感じで、それを衝突と言われればそうかもしれませんが、ネガティブな感情はなかったです。
ーーお互いにプロとしてベストを尽くし合ったという。
宇佐 そうですね。ただし、私が主に担当していたのは条件交渉や契約といった作品の建て付けの領域とプリプロダクションの中盤までで、変更や軌道修正も可能なタイミングです。
そこに監督の今石や脚本の大塚、キャラクターデザインの吉成や金子雄人、芳垣が加わり、プロダクション作業に向けてアニメーションプロデューサーの堤や志太、今石の補佐を務める若林や金子祥之が本格的に稼働し始めると、成果物の増加と共に変更の余地や可逆性がなくなっていきます。そこからは時間との戦いという別の制約や妥協も必要になるので、細部に関するせめぎ合いは最後の最後までかなりあったと思います。
1回のシナリオ会議が5時間以上!海外とのクリエイティブ協業は大変
ーープロデューサーの宇佐さんがシリーズ構成や脚本も担当されることになったのは、なぜでしょう?かなりのレアケースだとは思いますが
宇佐 結果論でしかないですが、一番の理由は時間ですかね。プロデューサーとしてスケジュールを逆算して見ているので、8ヶ月後をデッドに脚本の初稿が必要になるのがわかっていて、ただし、脚本の大塚も含めてトリガーのスタッフは別作品の作業であと半年くらいは時間が取れそうにない。かといって未完成のゲームの構成や脚本を、いきなり外部の脚本家の方に任せるのも現実的ではありません。
この半年間の使い方が納期に間に合う、間に合わないの分かれ目になる。また前述の通りその時点でのゲーム本体の内容や、CDPRの要望やストーリーの変遷、トリガー側の事情を一番理解しているのが私でしたし、ここまでトリガーの意見を集約しながら改修の提案を行ってきたこともあります。その流れで整理と精査を進めて1話ごとのまとまりにするところまでもっていければ、内容は大塚と今石があとで何とでもしてくれるはず。私は物書きではないので質の面での貢献は難しいですが、自分が面白くする必要はないと割り切ってやってみることにしました。
ーー初めからCDPRとのやり取りに関わっておられただけに、確かに合理的な判断ですね。結局プロジェクト開始からストーリーが固まるまで、どれほど時間がかかったんでしょう?
宇佐 企画のスタートが2018年の7月頃、トリガー側で改稿に着手したのが2019年の12月末なので、1年半くらいかかっていますね。CDPR側では2017年からプロットの執筆に着手していたと聞きますし、それをベースに協議した時間、私から提案したプロットや脚本の執筆期間、最終的に全てをまとめた大塚の執筆時間を足すと、脚本が決定稿になるまでに4年以上かかってることになります。
ーー4年!その間に『プロメア』が公開され、『BNA ビー・エヌ・エー』も放送されたわけですね……。
宇佐 期間も長かったし、1回の打ち合わせも長かったです。ただ、通訳を担当してくれたCDPRの本間さん(本間覚氏)やエルダーさん(エルダー爽氏)はプロデューサーでもあったので、ゲームの開発状況や内容にも詳しかったし、お二人はただ通訳するだけでなく、どうすればよい表現、良い作品になるのか、どうやったら合意形成が得られるかを常に一緒に考えてくれました。トリガー側が出したアイデアについて、CDPR側が理解や納得が難しそうな時に、言い方を変えたり、繰り返し丁寧に説明をしてくれたので大変助かりました。
私が話した日本語を英語に通訳し、本作のショーランナー(製作総指揮)であるラファウ・ヤキと、ライターのバルトシュ・シュティボーが話した英語を日本語に通訳する訳ですから、会話する量は通訳していたお二人の方が多くなります。ゲームもアニメも専門用語が多いし、5時間を越えることも少なくありませんでした。
ーーそもそも映像化を前提としたイメージを言葉で伝え合うわけですから、長くもなりますよね。
宇佐 シナリオに関することだと会話の量自体もかなり多くなるので、CDPR側の英語のやりとりを10分くらい聞いてるだけのターンが結構あったりとか。毎回打ち合わせが終わるとエルダーさんがヘトヘトになっていました。結果的に完成したからいいですけど、もう一度やれと言われても無理ですね。クリエイティブの領域での海外との協業は楽ではなかったです。
ーー脚本全体の比率でいえば、CDPRの原案が何割、トリガー側の提案が何割程度になったんでしょう?
宇佐 『サイバーパンク2077』というゲーム、CDPRの高い理想や原案があったからこそあのストーリー、あの終わり方になったし、トリガーが全力で応えたからこそあの勢い、あのアニメーションになりました。
シナリオに関しては両社共に通常のアニメの三倍くらいの作業をしていますし、どちらの意見も重要だったという意味では全てが混ざり合っていて、双方で徹底的に考えて意見を出し尽くして作ったので、どちらが何割というのは誰にもわからないと思います。
人気キャラ・レベッカはどうやって生まれた?
ーー最終的な「エッジランナーズ」本編では、主人公のデイビッドは「未熟な少年が家族を失い、成り上がっていく」という感情移入のしやすい人物像だったと思います。当初のCDPR案では、かなり違っていたのでしょうか?
宇佐 ストーリーの流れとしては、最初から同じ方向を狙っていたと思います。台詞としてのユーモアも結構ありました。ただし、登場人物が総じて大人びていて容赦がないことや、デイビッドが街の最下層にいる救いのなさが生々し過ぎることで、すごくリアルではあるんだけど、全般的な傾向としてキャラクターに好ましさや愛おしさを感じられる部分が少なかった。
底辺にいた少年が力を付けていく成り上がっていく道のりは同じでも、葛藤であるとかハッピーな時間が少なくて、ただ粛々とリスクをとって破滅へと向かっていってしまう雰囲気が序盤から強くて、視聴者が楽しめたり共感できる要素が不足している気がしました。
ーーサンデヴィスタンによる神経の加速も、万能感以上に人間性喪失やサイバーサイコシスに近づく不安が強いものですよね
宇佐 喪失感を描くには獲得と充足も必要です。感情移入でいうと、ゲームの場合はユーザーがプレイすることで難しく複雑な状況を繰り返しても自分ごとになっていきますが、アニメというのは自然に流れていく映像で受け手の感情を動かす必要があり、意図的にそうしないといけない。扱うメディアが違うことでストーリーの見せ方が異なるんだと思うんですけど、その部分に結構大きな乖離があると感じました。
--人気のレベッカはCDPRの当初脚本にはいなかったそうですが、誕生までの経緯を詳しく聞かせて頂けないでしょうか?
宇佐 レベッカ自体はいませんでしたが、CDPR側から提出されたシナリオ案にデイビッドと同世代のカイルという少年がいて、そのキャラクターがベースになっていると思います。
私が書いたプロットでも、デイビッドがメインからチームリーダーを引き継いでいくような流れを固めていく中で、サンデヴィビスタンを使いこなすデイビッドに憧れ、終盤は共に戦っていく仲間みたいな感じで置いていました。
--むしろ後輩のような位置づけだったんですね
宇佐 詳しく覚えていなくて申し訳ないですが、転換点は今石がプロットを読んでデザインやアイデアを練る中で、カイルを女の子にしたらどうだろうという話が出てきたことだった気がします。性別を変更することはCDPR側も好意的でした。名前は稿によって異なり、4稿目くらいでレベッカに落ち着いたような。カイルの役割の一部は、後にフリオに繋がったかもしれません。
--結果として、だいぶ変わっていますね。
宇佐 10話という限られた話数の中で6話までと7話以降でチーム編成が変わることもあって、数に対して役割や他のキャラクターとの関係性が希薄になりがちだったので、レベッカも含めてキャラ付けには色んな意見が出ました。女性にするならピラルの妹にして、外では明るいけど家では兄にぞんざいな扱いを受けているような複雑さを抱えた子にするのはどうだろうと思い、デイビッドがピラルに届け物をしたらなぜかレベッカがいて、という流れで序盤を書いていった記憶があります。
--ピラルの家にレベッカがいたのは確かに意外でした
宇佐 7話以降は大塚がプロットからストーリー自体を大きく変更し、脚本も全て大塚が書いているので、初期と完成した映像では流れもキャラクターも別物になっています。レベッカは制作序盤ではあまり重要視されていなくて出番も少なく、私が書いていたタイミングでは掘り下げた印象がほとんどないので、最終的なキャラクターの造型は大塚の脚本と今石のコンテのところでものすごく上手く膨らませてくれた感じですね。
ーーラストがバッドエンド気味なのは、最近の日本国内のアニメでは稀ですよね。これはCDPRの意向だったそうですが、クリエイターとしては魅力的でした?
宇佐 私個人としては、初期の段階では結末の方向性は特に意識していませんでした。ゲームと同じくナイトシティ自体の絶対性が前提にあり、「ノワールで」というのが必須条件としてバッドエンドになるのは最初から決まっていて、そういうものだと思っていたので。ただし、作っていく過程において、これは日本ではあまり望まれることがないタイプの作品になるという手応えもあったので、そこも確かにやり甲斐を感じた部分でした。
それよりも、ラファウが当初から「このアニメは作りたいから作るのであって、採算が取れるとかゲームの宣伝になるとか一切考えなくていいです」と言っていて、本当に最後までそのスタンスを崩さなかったことの方に驚きがあったし、一番魅力を感じた部分だったかもしれません。
今石監督と相性が良かった『サイバーパンク2077』
ーー「エッジランナーズ」の作画に関わった方々についての質問ですが、実際に「サイバーパンク2077」をプレイして「ロケハン」されたのでしょうか?
宇佐 実際に開発中のバージョンをプレイ出来るようになってからは、エルダーさんがPCごとゲームをトリガーに持ってきてくれて、遊んでいる人の画面をみんなで眺めていました。開発期間を通して一番プレイしている時間が長かったのはたぶん設定制作の石橋で、必要なロケーションを探し続けたり、確認したい部分をすぐに見つけてくれたりと、ナイトシティの案内人として貢献してくれました。
発売日にゲームをたくさん提供していただいたので、メインスタッフはみんなプレイしたと思います。なので、ゲームの方にも思い入れはすごくあって、アップデートで改善が続いていたからこそではありますが、アニメの配信によってそもそも素晴らしかったゲームがより評価されるきっかけになったのだとしたらすごく嬉しいですね。
ーーサイバーパンク系アニメは画面に情報量を詰め込む傾向がありますが、「エッジランナーズ」は絵を動かすことを重視した「いつものトリガー」という印象を受けました。そこに迷いはなかったのでしょうか?
宇佐 他のスタッフの印象はわからないですが、CDPR側の理想像も明確だったし、トリガーならこうするはある程度見えていたので、プロデューサーとしての迷いは少なかった気がします。難しさでいうと内容や方向性もですが、単純に出来るのか、やり切れるかという実装難易度のハードルの高さと時間的な制約の方に不安がありました。
原作が3DCGで作られたゲーム、こちらは手描きのアニメと媒体が異なり、そもそも同じようなものにはできませんし、狙った違いも必要です。トリガーらしさみたいなものは意識せずとも出てしまうと思うので、「いつもの」と言われればそうかもしれません。
ーーそれでいて、原作ゲームの雰囲気もしっかり感じ取れると好評でしたね。
宇佐 サイバーパンクというジャンルの中でも『2077』は常に酸性雨が降っているような退廃的で陰鬱な世界ではなく、西海岸の空の青さがあり、豊かでスタイリッシュな暮らしをしている層もいるようなゲームだったので、今石が得意とする攻めた鮮やかな色合いとも相性が良かったですし、選曲にも今石らしさがあって、どちらも既存のサイバーパンク作品とは全く異なる印象を生んだ部分だったと思います。
結果論ではあるのですが、前例や他作品と関係無く、CDPRとトリガーが望む出来るだけ最良の、自分たちにとっての「サイバーパンク」を描き出すことを目指していって、出した答えが『エッジランナーズ』なのだと思います。それがどの程度サイバーパンクジャンルの作品として妥当で良かったのかは、作り手が決めるものではなく視聴者の心の中にあると思うので、見た人それぞれに『エッジランナーズ』を楽しんでもらえていたら幸いです。
ーー今石監督は別のインタビューで「ゲーム原作は面白そう」なぜなら自由度が漫画原作より少しあるから、とおっしゃっていましたね。今後も、トリガーによるゲーム原作はあり得るのでしょうか?
宇佐 あり得ると思いますが、これから作る作品がオリジナルか原作ものか、原作ものだとするとゲームか漫画かみたいなものは巡り合わせによる部分も大きいので、必ずしもスタジオ側に主導権がある訳ではありません。
先ほども話した通り、いい原作を今石や吉成にチャレンジして欲しかったという意味では『エッジランナーズ』はこれ以上ない機会で得られるものも多かったと思いますが、それは原作が『サイバーパンク2077』という素晴らしいゲームだったこと、それ以上にパートナーがCDPRだったことが大きく、今作がゲームのアニメ化として成功だったとしてもスタジオ側には再現性がない気がするので、積極的に考えるかは悩ましいですね。
ーー再現性がないからこそ、エッジランナーズはワン&オンリーの存在になっていますしね。
宇佐 そう思います。今回スタジオ側で胸を張れることがあるとすれば、クオリティの高い原作をCDPRと共にアニメとして作り切ったスタッフの努力と労力の部分で、次の経験をより若いスタッフが担えるように、技術継承や育成にも力を入れていきたいです。作画アニメの制作を取り巻く環境は年々厳しく難しくなっていますし、作品は運と縁と巡り合わせの賜物なので、幸運、良縁があった時に応える力を持っていられるように、これからも一つ一つの作品に真摯に向き合っていきたいと思っています。
ーー最後に、ファンの方々にメッセージをお願いします
宇佐 『サイバーパンク: エッジランナーズ』は、全話が同時に配信されて一挙に見る人が相応にいることをある程度意識しながら作った作品なので、まだご覧になっていない方は是非一気に見て楽しんでいただければ。
トリガーの今後のラインナップとしては、2023年3月24日に公開が予定されていてる雨宮監督の劇場作品『グリッドマン ユニバース』、その次は人気漫画『ダンジョン飯』のアニメ化と、原案や原作があるタイトルが続きますが、もちろんオリジナル作品の企画開発も進めていますのでご期待下さい。
『サイバーパンク: エッジランナーズ』と関係がない個人的な話で恐縮ですが、第18回小学館ライトノベル大賞のゲスト審査員を担当しています。文章による表現に興味のある方は是非チャレンジしてみて下さい。ご応募お待ちしています。
■プロフィール
宇佐 義大(うさ よしき)
株式会社トリガー代表取締役副社長。株式会社グッドスマイルカンパニー取締役。プロデューサー。『異能バトルは日常系のなかで』から全てのトリガー作品にプロデューサーとして関わり、『サイバーパンク エッジランナーズ』では社長の大塚と共同でシリーズ構成と脚本も担当。
サイバーパンク: エッジランナーズ | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト
『サイバーパンク2077』CD PROJEKT RED本間氏インタビュー『サイバーパンク エッジランナーズ』制作秘話とこれから | テクノエッジ TechnoEdge