レーザーで落雷を誘導する「レーザー誘雷」が実証実験に成功

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関根慎一

関根慎一

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スイス・ジュネーヴ大学らによる欧州の共同研究チームは、自然に発生した落雷をレーザーによって避雷設備に誘導する技術の実証実験を行ったと発表しました。

わたしたちが「落雷」と認識する放電現象は、一般的に「リーダー放電」(前駆放電、雷雲からの放電)と「上向きリーダー放電」(お迎え放電、地面からの放電)が結びついた時に起こる帰還雷撃のことを指します。通常の避雷設備は、落雷プロセスのうち上向きリーダー放電を人工的に発生させることで落雷を誘発し、雷を受け、電流を地面に逃がすことで建築物や設備の損傷を抑えますが、必ずしも避雷設備に対して落雷する保証はなく、その効果範囲も広範囲に及ぶわけではありません。

共同研究チームでは高出力のレーザーによって落雷を誘導するLaser Lightning Rod (LLR)プロジェクトを立ち上げ、標高2502mのセンティス山頂にある高さ124mの受雷設備付き通信塔(避雷針)のふもとにレーザー照射装置を設置。周囲の山中にも気象レーダーや電解センサー、ハイスピードカメラなどの観測機器を配置して、2021年の6月から9月にかけて観測を行いました。

サンティス山の山頂に建てられた受雷設備つきの通信塔。年間約100回の落雷に見舞われるという

今回の実験で実施したレーザー誘雷の原理は、高出力レーザーによって大気中の分子を加熱/破壊することで避雷針の直上にプラズマを生成して上向きリーダー放電を発生、進展させることで「道」を形成し、避雷針への落雷を誘導するというもの。レーザーは構造物よりも高い高度に到達し、また照射方向の自由度も高いことから、従来の避雷設備よりも有効範囲を拡大できる点にメリットがあります。

実験の目的は、レーザーの照射が避雷設備への誘雷に影響があるかどうかを調べること。実験期間中は雷雨のときのみレーザーを稼働させており、合計で約6.3時間の照射を行いました。その間、避雷針に対して16回の落雷があり、結果として4つの落雷を誘導できたとしています。この様子は観測用のハイスピードカメラにも収められました。レーザー誘雷のフィールド実験はこれまでほとんど成功例がありませんでしたが、今回のデータを1年かけて分析した結果、自然に発生する落雷でもレーザー誘雷が可能であることを実証しました。

ハイスピードカメラで記録した落雷の瞬間。レーザーが雷を誘導しているのがわかる
上段aはレーザーを照射した状態で落雷した場合の雷経路。下段bはレーザーを照射していない状態

論文では、今回の実験でレーザー誘雷が成功した要因の一つとして、レーザーの繰り返し周波数が従来の実験で用いられたものよりも2桁ほど高い特殊なものだったことを挙げています。今回使用したレーザーはドイツのTRUMPF Scientific Lasersが開発したチャープパルス増幅レーザーシステムで、波長1030nmのパルスレーザーを繰り返し周波数1kHz、1パルスあたり720mJのエネルギーを920fsの持続時間で照射できる強力なものでした。

人工的に落雷を誘導させる発想は古く、1960年代にはピアノ線を付けたロケットを上空に打ち上げることで誘雷を行う「ロケット誘雷」の実験が盛んに行われ、一定の有効性を実証していましたが、ロケットの残骸が落下し危険なため都市部など人里での利用は現実的ではありませんでした。

その後登場したレーザー誘雷の概念は1970年代に提案されており、日本においては1980年代より本格的な研究が始まり、1999年には初の実誘導実験が行われました。

落雷は直接的な人的被害や施設/設備の損壊、雷サージによる精密機器の破壊のほか森林火災の原因にもなっており、特に大規模な森林を擁する国々にとっては切実な問題です。

今回の実験は落雷を制御できる可能性を示した点で大きな成果ではありますが、より精度の高い検証にはさらなる実験が必要です。また仮に、今回の実験で用いられたレベルのレーザーシステムがレーザー誘雷に最低限必要なのだとしたら、落雷を恐れずに暮らせる生活はまだ少し先の話になるかもしれません。

《関根慎一》
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