先日グローバルで同時発表されたSonosのワイヤレススピーカーEraシリーズ。「Era」とは日本語で言えば"時代"や"世代"を表す言葉だ。すなわち、新しい時代、世代を象徴するシリーズということだろう。
中でも「Sonos Era 300」は、これまでにないシングルボディのワイヤレススピーカーだ。Dolby Atmos(ドルビーアトモス)を用いて作られた空間オーディオの音楽をコンパクトなひとつのボディで表現するという。
無論、"新しい時代"とSonos自身がアナウンスしたからといって、本当に新時代が訪れるわけではない。しかし音楽ストリーミングのトレンドや、製品開発における技術トレンドなど、さまざまな要因が交差した2023年。この製品だけでなく、音楽のリスニング体験という意味で新しい時代を迎える象徴的なタイミングであることは業界全体で一致しているようだ。
誤解がないように先に書いておくと、Era 300はホームシアター向けのDolby Atmos音声を再現するための機器ではない。(Sonos Arcとの組み合わせで高品位なワイヤレスATMOSシアター構成を取ることは可能ではある)
しかし音楽業界でここ数年、注目を集めるようになった空間オーディオのトレンドをいち早く取り入れ、それをカジュアルなシングルボディのワイヤレススピーカーで"体感できる"という点で画期的な製品になっている。
さらに、これはSonos製システムの特徴であるが、前述したSonos Arcとの組み合わせに象徴されるように、プラスアルファで製品を追加することにより、ワイヤレスでシステムを拡張していける。
ここでは一旦、"Sonos Era 300を1台だけ"で何が体験できるのかにフォーカスして、この製品の興味深い部分を描写することにしてみたい。
スピーカー体験の質を変えるEra 300
「2023年2月に大きな意味を持つ新製品をグローバルで発表したい」
そうSonosから誘われたのは昨年末のことだった。日本市場への参入が遅かったSonosだが、グローバルでは早々にワイヤレススピーカーでナンバーワンとなった老舗ブランドだ。
バケツリレー式にメッシュネットワークを構成し、オーディオ専用の独自ワイヤレス接続で多様なスタイルの楽しみ方ができる。Bluetoothスピーカーと混同されがちだが(最新モデルはBluetooth接続にも対応しているが)、自律的に音楽ストリーミングサービスに接続し、自宅に設置したNASなどの音楽ファイルサーバの曲も再生できる万能なインテリジェントスピーカーである。
柔軟な構成や対応サービスの多さに関しては、他の追従を許さないのだが、すでに語り尽くされている部分もあるので、興味ある方は別途、掘り下げてみるといいだろう。確実に言えるのは、Sonosのワイヤレススピーカーシステムは、独自の技術をもと20年にわたって進化し続けてきた信頼性と拡張性が高いもの、ということだ。
しかし今回、「グローバルで同時に体験してもらいたい」と本社のあるカリフォルニア州サンタバーバラに呼ばれたのは、従来の価値観で評価されるワイヤレススピーカーとして空間オーディオ対応製品をリリースするからだった。
集められたのは、いわゆるガジェット系の記者もいるが、多くは音楽カルチャーやファッション、メディアクリエイションやテックトレンドなどが交わる媒体の人間が中心。取材の場で交流してみると、スペックや型通りの"技術仕様"ではなく、体感全体に対して感性で評価するタイプの記者、あるいは本人自身がなんらかの創作に取り組んでいるクリエイターが多かった。
なぜ世界中からこのような記者が集められたのか。それはEra 300が、まさに"音楽体験の新しい時代をより多くの人たちに"届けるために作られたものだったからだ。
3年前から取り組んだ"空間オーディオ"再生
空間オーディオ(Spatial Audio)という言葉はアップルが使い始めたものだが、音楽制作のトレンドとしてはそれ以前からあるものだ。最も早く取り組んでいたのはソニーで、筆者が最初に体験したのは2014~15年ごろ。
当時は大きな部屋いっぱいに多数のスピーカー球状に配置し、その間で立体的にアレンジした音楽を楽しむというものだったが、その後、仮想的に立体音響を楽しめる技術と組み合わせるようになり、360 Reality Audioとしてプロモーションされている。
Sonosが再生可能にしたのは劇場向け技術だったDolby Atmosをアレンジしたものだが、立体的に音源を配置して音響の空間デザインを積極的に行えるようにするという意図は同じだ。ここではそれら一連のトレンドをまるっとひとまとめに"空間オーディオ"と表現することにしたい。
アップル、ソニーともに取り組んだのは、音楽アーティストやミキシングやマスタリングのエンジニアたちに立体音響技術について体験して知識やノウハウを獲得してもらい、さらにはフィードバックをもらうことだった。今日では、さまざまな音楽制作ツールの中で、空間オーディオを用いて音楽を制作する環境が提供されている。Amazon MusicやApple Musicが空間オーディオ配信を始めたこともあり、有力アーティストの新作はもちろん、過去の名作と言われる旧譜も、ポピュラー、クラシックを問わずに空間オーディオ化が進められている。
空間オーディオ対応のイヤホンで音楽を楽しんでいて「なんだか、最近の楽曲は立体的なアレンジが多いな」と感じたなら、再生フォーマットを確認してみるといいだろう。
技術的なイノベーションとしては2015年前後に始まっていたトレンドだが、それが音楽制作の現場でも周知され、エンドユーザーへ届ける環境も整ってきた。つまり、"立体音響で作られた楽曲"を楽しめる環境がすでに生まれているということだ。
Sonosは、こうしたトレンドを見据え、空間オーディオが音楽産業に大きなインパクトを与える(関係者の意見が一致するのは"モノラルからステレオに変化した時と同様のインパクト")ことを前提に、新しい世代のワイヤレススピーカーを作ろうとした。それが3年という開発期間を経て完成したというわけだ。
大切なのは"いい感じ"で音楽を楽しむこと
Sonosはワイヤレススピーカーの草分けで、Wi-Fiをベースにレイアウトフリーのオーディオ機器を一貫して開発してきた。アクティブスピーカー全盛になってからは、ワイヤレススピーカーにかなり特化しているが、根本的な価値観は別のところにある。
それは"音楽を楽しむための技術と製品"を作るために開発を行っているということ。この価値観は、例えばソニーなど日本のオーディオメーカーにもあるもので、最終的に開発した製品の音を聴き、そこから受ける印象を感性評価し、より高い質の体験を提供しようという考え方だ。
手前味噌だが、筆者自身、いくつものオーディオ製品開発時の音質評価に加わったことがあるが、Sonosの場合、そのリードを取っているのは"音楽制作"に関わっている人たちになる。
音楽のプロデュース、録音やマスタリング、あるいは音楽アーティスト自身など、さまざまな立場の音楽関係者がハードウェアの設計者とは別に存在するのだ。音楽制作スタジオやレーベルが多くあるハリウッドに近いサンタバーバラというロケーションも、音質についてチューニングするのに良い環境なのかもしれない。
こうした"音作り"を行うチームの中でも、音質の一貫性を保ってきたのが、自身が音楽プロデューサーであり、演奏者でもあるジャイルズ・マーティン氏だ。
実は彼とは昨年、ニューヨークでも会ったことがあったが、父親がビートルズのプロデュースを行うなど"音楽制作一家"に生まれ育ち、オーディオ(家庭向けもプロの制作現場も)と音楽制作の両方に携わってきた。
昨年、今年と議論をしてまさに共感しているのは、"オーディオ機器は音楽を楽しく聴けることが最優先"ということ。もちろん、特性的にはノイズが少ない方がよく、情報の欠落が少ない方が良いに決まっている。
しかし何より重要なことは、いろいろな人がさまざまな部屋、設置場所で楽しむ中、その環境において"いい感じ"の音楽体験が得られること。そのために、どんな道具(機材だけではなく、配信の規格フォーマットやどんな形式で音楽を届けるかといったことも含む)が必要なのか? ということだ。
Era 300は、1台でDolby Atmosが実現する立体音響を完璧に再現し、音源の移動感を明瞭に描くといった製品ではない。だが、空間オーディオで制作された楽曲を、"いい感じ"で豊かな音場感で聴かせてくれる。
まず、ポンと1台だけサイドボードに置いただけのスピーカーで楽しめること、それが正しいスタート地点という考えは、個人的にはとても腑に落ちた。
"ソフトウェアデファインド"なオーディオ機器
話が飛ぶようだが、昨今、ソフトウェアデファインドビークル(SVD、Software Defined Vehicle)という言葉が使われることがある。
機能だけではなく、自動車の価値であるドライブフィール全体をソフトウェアで定義しようというもので、主にEVで使われる。テスラがダウンロード可能なトラックモード(サーキット専用モード)をソフトウェアで追加するという予告を行っているが、そこまでいかなくともソフトウェアでさまざまなことを演出しようという試みは多くのメーカーが行っている。
昨今、アップルがHomePodでコンピュテーショナルオーディオを前面に打ち出し、計算能力でオーディオ体験を高めているが、これも一種のソフトウェアデファインド(ソフトウェア定義)と言えるだろう。
前置きが長いが、Era 300の空間オーディオも同じだ。
Era 300には4つのツイータと2つのミッドウーファが装備されているが、そのうちの1つは上方に向けられた指向性の強いホーン型だ。正面にはコンプレッションドライバ形式のツイータ(ミッド領域までカバーしているようだが)が広い指向性を持つホーン(ウェーブガイド)と共に配置され、左右方向には中程度の広がりを持つホーンとセンター同様のコンプレッションドライバによるミッドツイータが配置されている。
ちなみにミッドウーファは左右に向けて置かれ、楕円形にすることでEra 300のコンパクトなサイズに対して、可能なかぎり豊かな低音を引き出そうとしている。
つまり3種類の異なる指向性を持つツイータで上下左右奥行きの音場を表現し、そこに左右方向に向けられたミッドウーファで音場全体の低域を演出するという作りだ。
モノラルやステレオの音声を、そのまま再生していた時代なら、どうやって使うの? という話だが、そもそもDolby Atmosにはあらかじめ録音された再生トラック(チャンネル)などない。音源の配置などから、各スピーカーで再生すべき音を計算して求めている。それを多様なスピーカーレイアウトで出力できるよう規格化しているが、Era 300はそれをシングルボディで実現しようとしたということだ。
もちろんそこにはコンピュテーショナル・オーディオ、すなわち演算によるオーディオ体験の向上という要素もあるが、Sonosは音響設計と信号処理の両方をツールとして用い、そして音楽制作現場の評価者によって心地良いとされる音を模索した。その結果が、Era 300のスピーカーレイアウトということだ。
心地よい包囲感が全てを肯定する
Sonos本社の試聴室での体験をもとにするならば、空間オーディオの再現が最高品位のDolby Atmos対応シアターのように的確に表現されていた、とは言わない。
しかし、高さ方向の表現や左右だけでなく奥行き方向にも深さを感じる音場の表現は、この製品がカジュアルなシングルボックスのワイヤレススピーカーであることを忘れさせる。
もちろん、超高級オーディオにあるような情報量は求められないが、心地よい包囲感や空間に配置される音源とその間を埋めるニュアンスが全てを肯定させると思う。もっと的確にDolby Atmosに記録されている通りの再現ができれば最高かもしれないが、それはシステムに機材を追加していくことで実現できる。
例えばEra 300を2台用いれば、各ドライバユニットに割り当てられる情報をそれぞれのEra 300に割り当て、より的確な音場再現を行えるし、冒頭のようにArcを使うことによって7.4.1構成で再現性が高いDolby Atmos再生環境に進化させることもできる。これであれば空間オーディオだけではなく、さまざまな映像作品におけるサラウンド音声を的確に再現できるし、そこにサブウーファを加えれば完璧だ。
ただし、この領域になると、より本格的なAVシステムとの競合になっていくだろう。"カジュアルだが本格派"なオーディオであるSonosの方向性とは異なる。
"ラクチンにいい感じ"がSonosの良さ
もし、良い音響環境を作るために手間を惜しまない、時には高いコストも許容できるというならば、もっと真正面からAV機器の選定を行うべきだろう。
しかし、いい感じで空間オーディオのフォーマットを楽しみたい。サウンドバーをスタート地点に、より本格的なサラウンド再生を視野に入れたい。そんな場合には、Sonosのシステムは合理的な選択肢だ。
こうした立体音響の設置では、音場補正も重要なファクターなのだが、Era 300を用いたシステムではiPhoneのマイクを用いた音場測定の他、Android端末でもスピーカー内蔵マイクでの補正が期待できる。
実にラクチン。置いて対応アプリの指示に従うだけ。そんなシンプルな製品にも関わらず、いい感じ。しかも最新の空間オーディオが手元で楽しめる。その力の抜けた感じがSonosの良さと言えるだろう。
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(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
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