アップルの予告通り、5月24日早朝、iPad版Logic Proが降ってきたので、さっそく試してみました。奥深いソフトなので、一挙に全部の機能を網羅したわけではありませんが、そのファーストインプレッションをお届けします。
Logic Proとは何か?
Logic Proは、アップルがMac向けに提供している音楽制作アプリ。いわゆるDAW(Digital Audio Workstation)と呼ばれているジャンルのソフトで、アマチュアからプロフェッショナルまで、このソフトを使って制作しているミュージシャンは多くいます。
競合するソフトとしては、Cubase、Studio One、Ableton Liveほか多くありますが、その中でも一定のシェアを持っています。競合ソフトと比べて安価でありながら、それぞれのハイエンドエディションと比肩する機能を備えているため、これがわずか3万円で買えるということは、「MacでLogic使えば7万円お得」となり、LogicのためにMacを使い続けるというユーザーも多いです。Macがクリエイター向けコンピュータとして評価されていることの一端は、アップル自身がLogic Proを低価格で提供し続けているところにあると言ってもいいでしょう。
そんなLogic Proですが、MacとiPadのチップが同じAppleシリコンになり、性能的には互角になったことから、「そろそろiPadにも移植を」という声が強くなってきました。筆者もアップルの担当者に直接要望を伝えたことがありましたが、ついにその願いが叶い、iPad版Logic Proが登場したというわけです。
実際、楽器としてのiPadのポテンシャルは、タッチインタフェースを持たないMacよりはるかに高く、Mac版よりはるかに優秀なアプリが多数開発・提供されています。アップル自身が無料で公開しているDAWのGarageBandもその一つであり(もともとはMac版で、そちらも提供を続けている)、ここ数年は、iPad / iPhone版GarageBandに新機能が先行して搭載され、互換性維持のためにMac版Logic Proにもその後追加されるというパターンが増えてきました。
Ableton Liveをターゲットとしたと思われるDJ的インタフェースのLive Loopsはその一つです。
Live LoopsはiPad版Logic Proにも搭載されていますが、GarageBand版と比べて多機能かというと、そういうわけではなく、むしろライブエフェクト機能が削ぎ落とされ、その代わりタッチインタフェースを駆使したドラムパッド、キーボードの演奏を一緒にできたりと、音作りの柔軟性は大幅に高まっています。
▲iPad Logic ProのLive Loopsは、同時に演奏もできる
なお、Mac版が3万円の買い切り、アップグレードはいつまで経っても無料なのに対し、iPad版は月額700円または年額7000円のサブスクリプション方式(最初の1カ月は無料)。筆者はMac版Logic Proを買ってから10年近く、追加料金なしでバージョンアップしていたので正直ちょっと高いんじゃないかという印象はあります。しかし、Mac版Logic Proのアップグレード無料、GarageBandは無料というのがそもそも異常だということを考えれば妥当な範囲かなと思います。むしろ、初期費用700円からプロフェッショナルクラスの音楽制作ができるというのはミュージシャン志望者にとっては良いチャンスなのではないでしょうか。
さて、筆者がiPad版Logic Proの製品版でまずチェックしたところはどこか。2点ありました。
ボーカル補正機能「Flex Pitch」は使えるか?
まず、ボーカルなどのピッチやタイミングを自由に変更できるFlex Pitchが使えるかどうかの確認。一般的によく知られているボーカル補正製品としてはMelodyneという先駆者がいて、現在出回っているボーカル曲のうちかなりの部分がMelodyneか同種のソフトによるピッチ・タイミング補正のお世話になっているというのはもはや常識。
ボーカル補正によってレコーディングのリテイクを減らし、希望するトラックにすることができるMelodyne的ソフトは本当に便利で、Flex Pitchは自分でレコーディングするときにも積極的に使っています。Melodyneは単独製品で5万円以上するものですが、Cubase ArtistまたはProでは同様のVariAudio機能が使えます。
iPadではCubaseのエントリー版であるCubasisがありますが、当然ながらFlex Pitchは搭載しておらず、GarageBandにもFlex Pitchはありません。ひょっとしたらiPad版Logic Proには載ってくるかなと期待していたのですが、少なくとも最初のバージョンにはありませんでした。
▲Mac版Logic ProのFlex Pitch。ボーカルの高さ、音量、タイミングを後から変えられる
ということは、少なくともボーカル曲に関してはiPad版Logic Proでだけで完成させるというのは難しくなります。これは待つしかなさそうです。それか、完全にミスなしで歌えるようになるまで練習するか、です。
もう1つは、タッチインタフェースを使った楽器演奏です。その中でもギターの演奏。
ギターソロは弾けるか?
ほとんどのDAWは楽器演奏を鍵盤で行います。それに対して、iPhoneとiPad向けに作られた楽器アプリは、マルチタッチのタッチインタフェース、加速度センサーといった、従来のPCにはなかった機能を駆使し、リアルな楽器のような操作感で演奏することを可能にしました。iPhoneの細長い画面をギターの指板に見立ててそれをタッチすることで演奏するアプリは、日本人開発者の笠谷真也さんが2008年に発表したPocket Guitarが最初ですが、iPad版GarageBandは大画面でそのユーザーインタフェースを「Smart Guitar」として実現。「まるでギターのようにソロが弾ける!」と筆者は驚喜して動画をあげまくりました。
▲iPhone 14 ProでPocket Guitarを演奏
▲iPad版GarageBandのSmart Guitar
iPad版GarageBandはギターを弾くためのバーチャル楽器として最適のものだったのです。
ギターソロを弾くときには、音を上げ下げするチョーキングという技法を多用しますが、2本の弦それぞれで音を出しながら、片方だけチョーキングする、いわゆるダブルチョーキングというのを使うことがあります。これをMIDIキーボードのホイールを使ってやろうとすると、2つの弦の音が一緒に上がってしまうので、それぞれ別個のトラックで録るしかありません。それを一発でできるのが、マルチタッチを使ったSmart Guitarなのです。
リアルな指板を使うため、ギターソロのやり方を押さえるべきフレットの位置で示したTAB譜を見ながらレコーディングしていくことができます。リアルな演奏と違い、間違ったところは後で修正ができます。このおかげでたくさんのカバー曲を作ることができましたし、オリジナルのギターソロも簡単に作成できました。
iPad版GarageBandのSmart GuitarがLogic Proにやってきたら、いったいどういうものになるのか。期待しつつも、「まったく同じものを載せてくるかもなあ」という予想もしていました。
しかし、Logic Proに搭載されたギターインタフェース「フレットボード」はしっかりとGarageBand版の弱点を補ったものになっていたのです。
▲iPad版Logic Proの「フレットボード」
GarageBand版Smart Guitarの弱点とは、フレットの数です。iPadの画面サイズはギターのネックほど長くはないので、たとえば24フレットまで使うことはできません。12.9インチiPad Proを使っても、使えるのはせいぜい13フレットまで。ピックアップに近いところでキュイーン、ギューン、といったかっこいいソロを極めることはできません。
これまでは、1オクターブ音を下げてプレイし、それを編集で戻すというやり方で凌いでいました。
変則チューニングのときも困りました。その場合は、TAB譜や、演奏動画をみながら置き換えていかなければなりません。
そしてなんと、Logic Proのギターインタフェースはこの2つの弱点がしっかり解消されているのです。
フレット足りない問題は、12.9インチiPad Proの場合13フレットまでとGarageBandと変わらないのですが、カポタストのように、フレットを右にスライドさせることが可能で、エディー・ヴァン・ヘイレンやポール・マッカートニーのように、チューニングを半音、または1音下げることもできます。シンセサイザーのようなトランスポーズの機能です。
6弦それぞれのチューニングを変えることもできるため、ドロップDなどの変則チューニングが簡単にできてしまいます。
▲変則チューニングも可能
変則チューニングといえば、スライドギター。このフレットボードは、フレットレスにもできるのです。フレットレスボードですね。フレットを非アクティブにすると、フレットが見えなくなって目印もないので、あとは勘だけが頼り。そんなときはスケールモードにすると、正しいピッチは維持しつつ、スライドギターのように音程を変えることが可能です。iPadにはスチールギター専用アプリもありますが、使い方が難しく、MIDI対応もなかったりするので、これは便利かもしれませんね。
▲フレットを非アクティブにすると、フレットレスになり、スライドギター奏法が可能になります。スケールモードなら、正しいピッチも維持します
見た目は、右にいくにつれてフレットの間隔が狭くなるギターのリアルな指板ではなくなり、全て等間隔となっていますが、実用を考えたら納得できる変更です。
また、GarageBandでは1弦の最高音を弾こうとすると、スケール設定ボタンに触れてしまい、誤動作してしまうことがたびたび起こりましたが、Logic Proのフレットボードでは邪魔にならない場所に置けるので、ライブ演奏時にも大丈夫です。
筆者はGarageBandのSmart Guitarを使った演奏をよくするのですが、ライブ演奏時にもすごく使いやすくなりました。
試しにビートルズ「Let It Be」のギターソロを弾いてみました。トランスポーズで2音上げておけば、ソロの最高音チョーキングまで演奏できました。
Let It Beは自分にとって、バーチャル楽器のギターソロ機能のベンチマーク曲で、何度もチャレンジしています。
▲iPad用のギターアプリ「Guitar弦次狼HD」でLet It Beのギターソロを弾いているところ(2010年)
▲東京ドームでLet It Beを演奏したところ。このときはiPhoneを2台つなげてギターソロを弾いた(2012年)
これはフレットボードに限らずですが、ブルーノートなどのスケールにあった音だけを鳴らすインタフェースも用意されています。使えるスケールの種類がGarageBandから大幅に増えていて、活用できる人にとっては便利になったのではないでしょうか。
▲スケールの種類がGarageBandより大幅に増えている
iPad版Logic Proはサブスクに値するか?
筆者にとってはこのギターインタフェースの改良だけでiPad版Logic Proをサブスクするのに十分な理由ができました。
Flex Pitchが使えないので、Mac版と行き来する必要はありますが、双方に互換性があってラウンドトリップ(どっちにも行き来できる)が可能なので、これまでのiPad版GarageBandで作ったものはMac版Logic Proに変換したらそのままフィニッシュしなければならないという制限がなくなるので便利になります。
GarageBandでは無理だったテンポの変更や変拍子といったこともLogic Proとなることで可能となり、ほとんどの音作りはiPadのLogic Proで、ボーカルのフィニッシュだけMac版でといった新しい制作フローが見えてきました。ただ、Autoplayなどの簡易的な入力方法は省かれているので、できるだけ楽をして入力したいという人はGarageBandも併用した方が良さそうです。
一方、ライブではピアノ、シンセサイザー、ギター、メロトロンなど、GarageBandよりも多彩な音源を、タッチ画面で使うことができるようになるので、さらなる楽しみが増えそうです。次にライブをやるのが待ちきれなくなってしまいました。