モノカキにとって、キーボードは絵筆のようなものであるが、日本語変換エンジンはさらにもっと奥深いところにあるツールである。自分の頭の中にある文章を実際に文字化していく際に、同音異義語で誤変換されたり、あるいは求める漢字が全然出てこないと、思考が止まってしまい、どう話を展開したかったのか忘れてしまうことがある。これはストレスというより、まあまあ死活問題となり得る。
現在日本語変換エンジンは無料でも優秀なものが多く、Windows付属のIME、macOS付属の日本語変換、Google日本語入力などを使っている人も多いだろう。ライターでもこれらを使う人は多い。
そんな中で有料の日本語変換エンジンであるATOKを使っている人は、やはり文章を書くことを生業としていたり、遙か昔から使い続けているために他のものではしっくりこないとか、そういった割と少数派だろうという気はしている。
筆者がATOKを使い始めたのは、おそらく1995年ごろだったように思う。ライセンスキーが「95」で始まるので、おそらくそうだ。この頃から徐々に文章書きの仕事が増えて行き、Windows標準のIMEでは対応できなくなって購入したので、もうかれこれ25年以上使い続けていることになる。
ATOKは現在売りきりではなく、ATOKパスポートという年額のサブスクサービスみたいなモデルになっている。バージョンが更新されるごとに買い換えるわけではなく、自動的に最新バージョンを使える権利を有するという格好になっている。
そんなわけであまりバージョンアップには関心を払っていなかったのだが、先日ふとそう言えばATOKの新バージョンってどうなってんのかなと調べたら、なんと2月にWindows版が、6月にMac版がアップデートされているのを知った。自動アップデートだと思っていたので放置していたのだが、どうも勝手にアップデートはされず、手動でアップデートするようだ。
そんなわけでせっかくアップデートされたのに1カ月ぐらいそれを知らず旧バージョンを使い続けていたことになる。くやしい。
そんなわけで今回は、新ATOKの話である。
※この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2023年7月24日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。コンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もあります。
「ユーザー辞書」を超えるパーソナルAI
ATOKが変換にAIを取り入れたのは結構早く、1993年にはすでにAI変換を謳っていた。ただ、AIだから変換効率が上がるかと言えばそういうこともない。2017年にはディープラーニングを取り入れているが、この頃に誤変換がドッと増えてしまった。
▲ATOK変換エンジンの変遷
よって筆者もこの頃ATOKの利用を諦め、当時変換動作不要で入力しながらどんどん変換していくというライブ変換を搭載したmacOSの日本語変換に乗り換えたりしていた。ただこのエンジンは日本語と英語混じり、もっと言えば数字も含めた全角半角混ぜ打ちの文章入力に弱く、筆者のような技術系の物書きにはちょっと使いづらいところはあった。
当時はGoogle日本語入力なども精度が上がってきたこともあり、いろいろ乗り換えながら仕事していた。再びATOKに戻ってきたのは、2020年頃だろうか。正確には覚えていないが、この頃タイプミスをしても前後の文脈を察して正しく変換するという機能が搭載され、他の入力エンジンとの差別化に成功している。
今年の新エンジンとなる「ATOKハイパーハイブリッドエンジン」は、従来のディープラーニングによるエンジンと、「パーソナライズドコア」と呼ばれる個人の入力を学習していくエンジンのハイブリッドになっている。つまり使っていくほど個人の傾向を学習し、次第に変換精度を上げていくという。
前エンジンと比較してどのぐらい正しく変換しているのかは、なかなか比較することは難しい。現在は新エンジンに乗り換えてまだ4日といったところで、すでに原稿も何本か書いているが、まだ筆者のクセに最適化されているという感じはない。恐らく変換してそのまま確定している限りはそれほど個人学習は働かず、手動で変換を修正するという行為が発生しないと、個人を学習したことにはならないのだろう。
もう1つ今回新搭載された機能が、「ATOKアトカラ」である。これは入力時に見逃した変換訂正やATOKからのお知らせをあとから確認できる機能だ。メニューから呼び出せる。
▲変換時の誤りをあとから確認できる
この画面で見逃し指摘ビューワーを開くと、具体的に何が間違っているのかが確認できる。とはいえ、入稿する前に確認しないと遅いわけで、これは自分で開くより、定期的にアラートを出してくれた方がありがたい気がする。
▲具体的な指摘箇所が確認できる
ATOKからの指摘を見逃すのは、恐らく筆者が割と細かく文節ごとに変換するのがクセになっており、指摘が表示される前に次の入力に進んでしまうからだろう。できるだけ一気に入力してしまい、長文になった状態で確定するという方法に切り替えた方が良さそうだ。
ただ句読点で変換する機能をONにしていると、その時点で変換されてしまうので、ある程度の長さに限られる。Macの日本語変換のようにライブ変換ではないので、変換候補が入力ラインの下に表示されてしまい、下に続く文章が見えなくなってしまう。執筆ではすでに書いた文章の前に戻って一文を挿入するということも結構あるので、そのあたりはテンションが下がるというか、やはりライブ変換は偉大だよなという思いを新たにする。
また誤変換を集計し、まとめて報告できる「ATOK変換改善レポート」という機能もある。そもそも誤変換の修正は、これまでパーソナル辞書へ自動登録されるという格好で処理してきたが、これをユーザー同士で共有して全体で変換精度を上げようという仕組みである。とはいえ変換内容によっては社外秘の単語なども含まれるため、送信前に自分で送信内容を確認できるようになっている。
▲変換の改善に協力できるようになった
Windowsならではの機能
そのほかWindowsのみのアップデート機能も結構ある。設定の推測変換のところに、「オンライン会議検出機能」が搭載されているのは気が利いている。他社の人と画面共有しているときに、検索ウィンドウなどに文字を入力しても、推測変換候補を出さないという機能だ。推測変換による情報の流出を防ぐというわけである。
これはおそらく、ミーティングアプリの起動や画面共有状態をATOKが取得できないと機能しないのだろう。macOSでは、そうした情報をサードパーティアプリには取らせてくれない設計になっているので搭載できないものと思われる。
またWindows 10で導入された音声読み上げツール「ナレーター」へも新規で対応した。「ナレーター」は画面上のテキスト要素を読み上げるものだが、変換中の候補文字なども読み上げてくれるという。
以前Amigaの日本語入力ツール「大語海」では、入力・変換した文字を逐一しゃべるという機能が搭載されていた。当時はお遊び的な要素だったが、実際には視覚に障害があるユーザーにはありがたい機能だっただろう。このナレーター対応も、その点での強化ポイントだと言える。
元々ATOKは一太郎の漢字変換部分として成長してきた経緯があり、Windows版の開発が先行している。Mac版の開発はWindows版の移植という格好で進められており、だいたい半年ぐらいのタイムラグがある。
ただ昨今はOSの深いところに関わる機能が多くなって来たこともあり、次第にWindows版との機能差が開いてきているようにも思う。とはいえ、パーソナルAIの要素を変換エンジンに取り入れるというのは、今のAIの進化からは当然考えられ得るものであり、それをいち早く実現したという意味では、他の無料提供のエンジンにはない部分である。
一方でMicrosoftやGoogleが今後、文字変換にパーソナルAIを活用しないということもまた考えにくい。変換精度もいよいよ、パーソナルAIによる勝負の時代に突入していくのかもしれない。