AIと人間、どちらが描いたかは意味がなくなる。日本初のAI画集(紙)を出すアーティスト、852話さんが考えていること

テクノロジー AI
松尾公也

テクノエッジ編集部 シニアエディター / コミュニティストラテジスト @mazzo

特集

AIに呪文を唱えて絵を描く、AIイラスト・AI絵画の一大ブームが起きています。その先駆的サービスであるMidjourneyが公開されたと同時に飛びつき、オープンソース公開されたStable Diffusionはすぐに自分のマシンにインストールして制作を始めたアーティスト、852話(ハコニワ)さん。彼女がAIと共同で制作した画集「Artificial Images Midjourney / Stable DiffusionによるAIアートコレクション」が9月23日、インプレスR&Dから発売されます。これら新世代AI絵画によって生成した、紙の書籍としても出版される画集としては日本初。言葉さえ用意すれば誰にでも完成度の高い絵を描ける「AI絵画」に、なぜイラストレーターが積極的に取り組むのか、話を聞いてきました。


MidjourneyStable Diffusionは、「スクリプト」と呼ばれる、キーワードを散りばめた自然文をコンピュータに与えることで絵画を生成する、AIベースのソフトウェアです。MidjourneyはDiscordを媒介するWebサービスとして、Stable DiffusionはWebインタフェースのDream Studioを提供しており、さらにはオープンソース公開しているので、Stable DiffusionをGPUを持ったローカルマシンにインストールして使い、自分で改変することが可能になり、さらにはこれを使って有償・無償でサービスを提供するところも出てきました。

自分自身、イラストレーターや背景グラフィッカー、ゲームデザイナーとして活躍している852話さんは、7月31日にMidjourneyが登場して以来、毎日触ってずっと作品を作り、Twitterでコメントとともに公開したり、Twitter Spaceでその過程や重要性について話すことで、AI絵画シーンに強い影響を与えてきました。

たとえば、7月31日に投稿した、背景イラスト専業への危機感を示したこのツイートは、6.7万いいねを集めています。

しかしその後、852話さんはAI絵画へのラッダイト運動を扇動することなく、次々と作品を投稿。

新しい技術が公開されれば、いち早くその機能を使い、シェアしていきます。

これから絵画の創作はどうなっていくのか

そんな852話さんが、コンピュータを使った画像生成に興味を持ったのはMidjourneyが初めてではありません。機械学習を用いて複数の元絵を交配させて絵を合成する「絵のブリーダー」こと「Artbreeder」に2021年はじめくらいに出会い、使っていました。しかし、MidjourneyとArtbreederには大きな違いがあります。Artbreederはパラメータをいじっていくだけなので、できる画像に限界が生じてしまうのですが、Midjourneyではベースとなる絵はなく、要素を指定できるので、自分が好きなものに寄せられるという利点があります。

イラストレーターとして実績のある852話さんは、自身の創作にも役立つと言います。「自分で描く絵にはどうしても手癖が出てきます。それに対して、自分の予想を裏切るものを、AIが無機質に出してくる。考えたこともなかったような要素、アイデアが利用できるのです。それに自分で加筆することもできます」

AIとの上手い付き合い方があるというポジティブな考え方です。

Twitterで公開している絵も、今回の画集も、MidjourneyやStable Diffusionだけで生成されたわけではありません。彼女自身で加筆したものもあります。たとえば「風景の中で邪魔な線があれば、Photoshopでその線だけ消す、キャラクターの鼻の部分だけが不自然なところがあれば、そこだけ直す、といったことはやっています」と852話さん。加筆していないものを逆に「無加筆」と呼んでいるのも面白いところ。

▲掲載イラストより「キャラクター」

852話さんはポジティブな取り組み方をしていますが、一方で、AI絵画の利用を忌避するクリエイターも少なくありません。

それに対し、彼女は「AIが作ったものという意識を無くしていければ良いのではないでしょうか」と提案します。

「現状ではMidjourneyやStable Diffusionが作った絵はまだ見分けがつきます。人間が作ったようなものはまだ奇跡の一枚なのです。しかし、いつかはその一枚絵が、人が描いたものか、AIが描いたものかはわからなくなってきます。そうなったときに、これはAIが描いた、人が描いたというラベルをつける必要があるのかな?」と852話さんは問いかけます。

絵画の素材、絵筆は時代を経て進化してきました。石、炭、水彩、油彩、ライトペン、タブレットのスタイラスと、現在はコンピュータを絵を描くツールとして用いるのは普通のこととなっています。ならば、MidjourneyやStable Diffusionで用いられるスクリプトも、新しい絵筆として捉えることは可能でしょう。

▲掲載イラストより「自然」

「音楽と違って絵は一瞬で判断できます。興味があるかないか、良いか悪いか。を判断するときに、AIが描いたか、人間が描いたかは意味がありません。以前は肖像画だったものが写真に置き換わっていったように、新しいツールの一つとして取り入れていけばいいと思います」と852話さんは提案します。

▲掲載イラストより「都市、街並」

ボーカロイドシーンとの類似点

AI絵画にポジティブな立場を取り、積極的に活用しようという人と、そうでない人に分かれている現在の様相は、筆者にある時代を思い出させました。それは、初音ミクが登場してからボカロPが生まれ、ボカロ絵師、動画師とのコラボが行われたりと、コンピュータで生成された歌声を軸にしたクリエイターが多数生まれた、2007年8月からの数年間です。

当時、コンピュータの歌声で曲を作り、それが商業的に成功するということはあり得ない状況でしたが、身近なところに歌手のいないDTM(デスクトップミュージック)クリエイターたちがこぞって音楽を作り、イラストからの二次創作で絵を描き、簡単なミュージックビデオを制作し、ニコニコ動画で(後にはYouTubeでも)公開するといった流れがありました。これは、「歌声の民主化」によって生まれたムーブメントと言えるでしょう。米津玄師もハチという名のボカロPで、自分で絵を描いていました(今もですが)。今や大スターとなった彼も、ボカロシーンが生み出した一人です。

実は852話さんはボーカロイド音楽の同人CDや印刷物の制作を手伝い、ボカロ絵師、ボカロPとして「バズの波に乗っていた」経験があり、今回のAI絵画人気には懐かしさを覚えているそうです。だからこそ、新しい技術への積極的な取り組みが可能なのかもしれません。

「技術は生まれてしまったら、巻き戻りません。共存したい人はどんどん利用していけばいいし、それが許せないという人は、自分の技術を高めていけばいいと思います。AIが作り出せない絵もありますから」と言う852話さんが作り出したAI絵画100点は、実質制作期間としてはわずか1週間。AIプログラマーの清水亮さんが開発・運用しているAI絵画サービスmemeplexとさくらインターネットの高火力サービスを使って3000×2800/2900ピクセルの高解像度で出力されています。電子版に続いてプリント・オン・デマンドを使った紙での印刷物も販売されます。絵の錬成に用いた「呪文」も、およそ半分が記載されています。アーティストサイドから、AI絵画誕生黎明期の熱気を感じ取れる一冊となるはずです。

《松尾公也》
松尾公也

テクノエッジ編集部 シニアエディター / コミュニティストラテジスト @mazzo

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