ソニーは10月5日、「嗅覚」にアプローチする新技術・商品の発表会を開催しました。パーソナルアロマディフューザー「AROMASTIC」に関連する製品かと思いきや、発表されたのは「におい提示装置:NOS-DX1000」という、ソニーが新たに挑戦する医療分野の新製品でした。
嗅覚は、本能や感情、記憶にダイレクトに作用するものでありながら、なかなか研究が進んでおらず、その要因の一つとされているのが「におい」の取り扱いの困難さにあると、発表の中でソニーは理由付けました。嗅覚を測定することは、嗅覚障害や鼻の病気を調べる以外にも、認知症、パーキンソン病の早期発見につながる可能性があり、できるだけ簡単に扱えるようにする方法が求められてきたと現況を説明。
そこでソニーが取り組んだのが、嗅覚測定に新たなステージをもたらす「におい提示装置」の開発。これまでの嗅覚測定は試薬をろ紙にひたして嗅いでもらうという手作業で行われていたため、脱臭装置を備えた専用の設備や部屋が必要でしたが、ソニーが開発した「におい提示装置」があれば、どこでも手軽に嗅覚測定ができるようになります。
▲本体(左)と操作用タブレット
測定方法は簡単で、装置に鼻をあてるとタブレット上のアプリで選択したにおいが発せられ、どのように感じたかを伝えるだけ。内蔵された脱臭機構によってにおいはすぐに除去されるので、被験者が体を動かさずに続けて測定することが可能になり、所要時間も従来のほぼ半分ほどに短縮されます。
NOS-DX1000は、全体に丸みをおびたやわらかなボディで色もシンプルなので、コスメコーナーにあるお肌をチェックする機器と言われても違和感がなさそう。鼻をあてるノーズガイドは環境に配慮した新素材が使われていて、消耗品の専用カートリッジの一部にも難燃性再生プラスチック「SORPLAS」が使われています。
専用カートリッジはキツイにおいでも漏れない高気密性を備え、高出力・高ストロークなワイヤ式リニアアクチュエータアレイ技術を搭載した「Tensor Valve テクノロジー」により、約40種類のにおいを高いダイナミックレンジで提示します。鼻からの距離やにおいの提示時間が一定になるので、正確で安定した計測が可能になるとしています。
▲Tensor Valve
実際に会場で体験しましたが、周囲ににおいは一切漏れず、操作も簡単そうなので、測定する側の経験値を増やすことで測定の精度も上げられるようになるのではないかと感じました。
というのも、においの感覚は個人差が大きく、環境や気分の影響も受けやすいことから測定が難しく、そこに専門家の経験と技術が求められてきました。本装置はそうしたにおいの感じ方までセンシングできるわけではありませんが、専用アプリは測定結果を記録し、比較分析できるので、そこから新しい発見や発展が生まれる可能性はあります。
発表会に登壇した金沢医科大学 耳鼻咽喉科学の三輪高喜教授は、嗅覚の診療と研究を30年続け、嗅覚障害診療ガイドラインの作成も担当しており、「嗅覚障害や慢性副鼻腔炎の診療に嗅覚測定は欠かせないもので、コロナ後遺症の影響もあり測定の必要性は今後も高まるだろう」と言います。
同じく登壇した名古屋大学 大学院医学系研究科 神経内科学の勝野雅央教授は、「神経変性疾患で脳の機能が低下する前ぶれの一つに嗅覚障害があり、正確に測定できるようになれば早期発見つながることから、ソニーがキープレイヤーになることで普及してほしい」とコメントしています。
ソニーのビジネスインキュベーション部 嗅覚事業推進室 室長の藤田修二氏は、「将来的には視力検査のような手軽さで嗅覚測定ができるようにしたい」と話し、製品に対する自信と期待感を伺わせていました。
▲右から金沢医科大学の三輪高喜教授、名古屋大学の勝野雅央教授、ソニーの藤田修二氏
ソニーはメディカル関連機器も開発していますが「本装置は医療機器ではなくあくまでも研究装置であり、使い方も限定していない」と言います。方向としてはエンターテインメントやメタバースでの利用があり、その他にもマーケティングや調査、嗅覚トレーニングなど、多方面で展開に向けたオープンイノベーションにも取り組むとしています。
NOS-DX1000は今後、耳鼻科関連の学会で発表を行い、2023年春の発売を予定しています。専用カートリッジなどの消耗品は、試薬を開発する第一薬品産業などを通じて販売される予定です。