30周年を迎えたThinkPad、その進化の過程を探る【前編】大和研究所 塚本泰通 氏と製品開発担当VP Luis Hernandez 氏に聞く(西田宗千佳)

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西田宗千佳

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フリーライター/ジャーナリスト

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1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。

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祝・ThinkPad 30周年。10月5日に会見が開かれ、記念モデルなども登場したが、過去の歴史にはどのようなことがあったのだろうか? どんな流れで製品は生まれてきたのだろうか? そして、今はどう変わりつつあるのだろうか?

レノボ・ジャパン合同会社 大和研究所 執行役員 Distinguished Engineerの塚本泰通氏と、レノボ・コマーシャルソリューション製品開発担当バイスプレジデントのLuis Hernandez 氏に、それぞれの立場から「ThinkPadの変化と大和研究所」についてのロングインタビューを行った。

ThinkPadは「変わらないこと」を求められる一方、積極的に新しい製品にもチャレンジしている。そうした背景がどこにあるのかが、このインタビューから見えてきた。(以下敬称略)

ユーザーを大切にしつつ「声を聞きすぎない」

──ThinkPadには30年の歴史がありますが、お二人が「転機だ」と感じた製品はどれになりますか?

Hernandez:やっぱりThinkPad 700C(1992年秋発売)ですかね。非常に大きなターニングポイントで、みなさんの知る「ThinkPad」の要素が生まれたモデルですし。TFT液晶・トラックポイント・7列のキーボードを最初に搭載し、これまでにない価値をつくりあげたと思います。圧倒的に好評だったので、すぐに次の製品に取り掛かりましたよ。以来、絶え間ない革新を設計し、より良いソリューションのための製品を推進しています。

塚本:"この製品"というのはなかなか難しいのですが、時代に合わせた変化は明確にありますね。技術とお客様のご要望・使い方の変化で、私たちの設計のポイントも、変わってきています。

私が大和研究所に入ったのは2002年のことで、その頃すでにThinkPadが生まれて10年が経過していたんですよね。

その頃はまだ、ノートPCが「3スピンドル」(注:回転するデバイスが3つあるPCのこと。3つとは、ハードディスク・フロッピーディスク・光ディスクの各ドライブを指す)だった時代ですよ。まだPCの中に、回転するものが多かった。それが「もうフロッピーいらないよね」「じゃあCD/DVD取ろうか」という話になり、最終的にはハードディスクがSSDになりました。

昔は「いかに回転するハードディスクを守るのか」に心血を注いできたわけです。とはいえ、それらが無くなっても熱設計だったり別の部分の堅牢さだったり、それこそセキュリティだったりと、また別の部分が出てくる。設計の節目とお客様の要望がすごく変わってきた、という実感はあります。

──ThinkPadには多数のファンがいます。一方で、そのファンからは「もう変えないでくれ」という声が上がることも少なくない。キーボードが7列なのか6列なのか、という話はその典型でしょう。そういったファンの期待に応えるということと、ファンが持っている常識を変えて新しくしていくこと、このバランスをどう取るかというのは、非常に難しいところだと思います。この点、大和研究所から見た考え方と、レノボのグローバルな組織全体から見た考え方は違うのではないかと思うのですが、それぞれ、いかがですか。

Hernandez:一番大事なことはお客様をよく理解すること、そしてお客様のリードが何年もかけてどう変化していくかを理解することだと思います。そしてその視点、つまり、長年にわたって起こっているデジタル変革の中で、私たちがより良くしようとしている顧客体験は何か、魂は何かというところから始めます。

冒頭でお話ししたように、象徴的なブランドには、長年にわたって変わらない象徴的なバリューがあります。しかし、それは顧客体験に基づいて進化し、変化していくものです。

例えばこの「ThinkPad X1 Fold」。「いかに大きな画面にするか」を考えて、ユーザーシナリオを構築しました。

前のモデルのキーボードは小さかったし、トラックポイントもなかった。でも、今回のモデルはX1 Carbonと同じ大きさにしましたし、トラックポイントもつけ、トラックパッドも大きくしました。新しいフォームファクターでありながら、その象徴的な価値を詰め込んだものを作っているのです。

このように、常に顧客価値を念頭に置き、将来の新しい体験に対応できるようデザインを進化させ続けています。

塚本:そうですね。当然お客様の声を聞くことはとても大事なことです。それと技術とを合わせての成功がある、というのはお話しさせていただいた通りです。けれども「お客様の話を聞きすぎると進化できない」という場合も、当然出てくるかなという風に思います。

私は常に技術の力でできることならば、お客様が「いい」と言っているものは変えずに、そのまま進化していくことを目指します。

どうしてもトレードオフの関係はある。そういう状況に陥った時に、常に私たちは優先度を考えながら、どちらに進むかを考えます。変わることによる、新しい使い方による進歩と進化、それによる新しいユーザーの気づきもあると思うんです。「あ、これだったらいいじゃん」っていう。

そういうバランスの取り方はとても難しいことですが、お客様に近いマーケティングチームと常にコミュニケーションを取りながら進めていくというのは開発陣としても大事なことかな、と思います。

ただ、1つ言えるのは、なにか新しいチャレンジするときはやはり自分たちで試します。なにより自分たちも「ヘビーなThinkPadユーザー」なんですよね。自分たちが使いにくかったら、それはお客様にとっても絶対許せない変化なので。なにか非常に大きい変化を起こす時は、まず自分たちでプロトタイプを使ってみて、その後一気に全部には適用せず、まずは「特定の製品」で選択的に試して、それでお客様の声を聞いて、よかったら全部に展開していく……。そういうステップで、進化を遂げていくのがセオリーです。

若い世代への対応とキーボードの変化とは

──キーボードについてお聞きします。ThinkPadのキーボードは高く評価されている一方で、昔とは価値が大きく異なる。今求められる良いキーボードとはどういうものなのか、その点を教えてください。

Hernandez:私たちが改善しようとしているカスタマーエクスペリエンスを理解する上では、バランスが重要なのです。ですが時には、私たちが変化し、進化しなければならないような場合もあります。

「ThinkPadのキーボードは最高」と世界中でおっしゃっていただいているので、私たちは非常に慎重な変更を加えています。たとえ厚みを減らしても、体験を維持するため、適切なテクノロジー投入しています。

新しいユーザーが増え、さまざまな方法でコンピューターを使用するようになっていますが、私たちはキーボードやトラックポイントのタッチパッドの使い勝手を向上させ、大多数のユーザーが満足できるように努めています。

塚本:「ThinkPadはあのキーボードがあるから買うんだ」と言っていただいている部分も多いので、キーボードはとても大事にしているところではあります。ただですね、「薄くしてほしい」「軽くしたい」というご要望もある中で、じゃあいつまでも2ミリを超えるストロークのキーボードを作り続けられるかというと、そこはやっぱりチャレンジをしていく必要があります。

当然ストロークを短くしていく、あるいは7列から6列にシュリンクするにあたっては、ユーザービリティがなるべく変わらないようにチャレンジしていくわけなんですけれども。そこは毎年少しずつ。少しずつ、2.2から2ミリ、2ミリから1.5、1.3ミリへと、進化を遂げながら変えています。

ただお客様の要望は、若い人とそうでない人では全然違うんですよね。

今の若い人に昔の2.2ミリを超えるキーボード使っていただくと「重くて使えない。これはイヤだ」と言われるし、1.5ミリのキーボードでも、「もっと薄い、1ミリのものがいい」っていうお客様もいらっしゃいます。もう既に、お客様の求めるもののベクトルに違いが存在しているので、そこでどうやっていくかというのは、私たち技術陣にとっても、大きな課題です。

──年齢による違いという意味では、外観の好みという点もあるかと思います。ThinkPadといえば漆黒というイメージですが、現在はそればかりではない。そのあたりの変化はいかがですか。

Hernandez:7列キーボードから6列へ変えたことも、7列のためにできなかったことを組み合わせることで実現する、というアプローチでした。

アートデザインの特性をどのように変えるかについても、私たちはかなり熟考した部分ですね。

塚本:ThinkPadファンが望むものと、新しく開拓していかなければいけない若い層が望むもののバッティングで迷うことはありますかね。

私たちが取ったアプローチでいえば「ThinkPad Zシリーズ」がそれにあたるのですが、あのシリーズは、Z世代を狙ってデザインしています。昔ながらのThinkPadファンは当然、従来通りのデザインをお求めいただけるようにし、デバイスの選択肢を広げる形で新たにZシリーズを投入しました。新しいお客様に使っていただき、得られた声をまたクラシックなシリーズに反映していく、という形で進めています。

いきなり全部、なにも考えずにミックスすると、やはり今までのThinkPadファンを裏切ってしまうことになりますので、そこをうまくバランスをとりながらチャレンジしていきます。

後編に続きます

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《西田宗千佳》
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