Twitterへの懸念が広がるにつれて、移行先となるSNSが注目されるようになっています。それらについて、ソーシャルネットに詳しい堀正岳さんに前後編で解説してもらいます。前編は、Twitter創業者が支援していることで注目を浴びている「Nostr」についてフォーカスします。
イーロン・マスク氏がTwitterを買収して以来、サードパーティアプリの急な締め出し、説明のないアカウントの集団凍結、あるいは純粋にサービスの不安定さが増えるといった、ユーザーの不安をかきたてるニュースが毎日のように報じられています。
そうした状況もあって、Twitterに似通った機能を提供している他のSNSにユーザーが移行する動きも活発化しています。分散型SNSのMastodonや、メディア会社が記事を盛んにシェアしているPost.news、あるいはコミュニティそのものをDiscordに移すケースも増えてきました。
そこにもう一つ、最近注目を集めているSNSの仕組みが加わりました。元TwitterのCEOジャック・ドーシー氏が出資したことで名前が知られるようになった「Nostr」(発音はノスターとノストラと間のような、少し曖昧な音)です。
NostrはどんなSNSなのでしょうか? そして Nostr を含む、Twitterを代替するSNSに未来はあるのでしょうか? こうした点について前後編でご紹介したいと思います。前編はまず、いま話題の新SNS、Nostrの紹介です。
これはSNSなのか? Nostrの驚くべき手軽さと割り切り
Nostrが日本で注目されたのは、ちょうどTwitterにおいて謎のアカウント大量凍結が発生しているタイミングでした。これと前後して、ジャック・ドーシー氏がNostrのiOS向けクライアントアプリ「Damus」を紹介したのがきっかけです(Nostrと合わせるとノストラダムスになります)。
いきなり用語がいろいろと出てきてわかりにくいと思いますが、実はNostrはメッセージをやりとりするための仕組みを定義しているプロトコルの名前で、ユーザーはiOSならばDamus、AndroidならばAmethyst、ブラウザ上ならばSnort.social、Iris.toといったクライアントを使って接続します。
▲Damusアプリを開いた初期画面
たとえばDamusを初めて開くと、このような画面が表示され、アカウント名を入力するだけですぐに始めることができます。
Nostrが特徴的なのは、この際に「公開鍵」と「秘密鍵」という2種類の文字列が発行されるところです。「公開鍵」はユーザーを一意に特定するためのもので、フォローしてもらう際にシェアします。たとえば私の公開鍵は次のようになっています:
npub1jmadu2yk4mcjwzamyhu3jkecj9n7dtj355lsejaj0d77tq69259sd4zg9r
この長い文字列をDamusの検索窓に入力するとユーザーを特定できるので、その人をフォローできるようになります。この公開鍵を使うからこそ、ユーザー名自体は被っていてもかまわないところが他のSNSとは違います。
一方、「秘密鍵」はパスワードに似ていますが、Nostrではクライアントにログインする際に「ユーザーID」と「パスワード」の対ではなく、秘密鍵しか使いません。変更はできませんので、流出した場合はアカウントごと放棄するしかないという制限もあります。パスワードというよりも、秘密鍵という名前が表すように投稿するメッセージを署名するのに利用している鍵と説明するほうが正確でしょう。
▲Damusで自分のプロフィールやリプライを閲覧する
こうした違いを除けば、NostrはまるでTwitterのように利用することができます。文字数に特に制限のない投稿、他のユーザーのフォロー、投稿の再投稿、リプライ、DMといった機能はすべてそろっています。
Nostrで送信できるのはいまのところテキストだけですので画像や動画は送信できません。しかし多くのクライアントは投稿に含まれているリンクを展開する機能をもっていますので、ツイートへのリンクやImgurに投稿された画像へのリンクなどを含めれば問題なくメディアが表示されるようになっています。
こういったところは、Twitterが誕生した当初を思い起こさせると同時に、当時とは比べ物にならないくらい画像や動画の置き場所や冗長性に困らない時代だからこそできる割り切った実装だと言えます。
▲アカウントの設定画面とリレーサーバの一覧。リレーサーバは自分で追加や削除ができる
NostrにはいくつかTwitterやMastodonと様子が違う点もあります。たとえばアイコンやバナーの画像はサーバにアップロードするのではなく、どこか別のサーバに置かれた画像ファイルへのリンクを入力します。アカウントの横に "Relays" と書かれた欄があって、ここからリレーサーバと呼ばれる、クライアントが情報を投稿したり取得するサーバを指定することができます。
また、Nostrが検閲に強い仕組みであることから、エドワード・スノーデン氏のような政治的な検閲に反対する立場の人や、仮想通貨を推進する人々がNostrを推す傾向もあります。それもあって、クライアントにはLightning Networkを通してビットコインを扱えるようにしているものも存在します。
しかしNostr自体はブロックチェーン技術を使っていませんし、P2P の仕組みというわけでもありません。Twitterのような中央集権的なサーバはありませんし、Mastodonのように互いに連携する分散したサービスというわけでもありません。いったいNostrは、どうやって成立しているSNSなのでしょうか?
リレーサーバによって生まれるゆるやかな伝言ゲーム
Nostrという名前自体は「Notes and Other Stuff Transmitted by Relays」(リレーによって通信されるノートやそれ以外のもの)の頭文字をとっています。
Nostrにメッセージを投稿したり、他のユーザーの投稿を読む際に、Damusのようなクライアントはさきほど紹介した複数のリレーサーバと通信を行っています。たとえばDamusは初期状態で7つのリレーサーバに接続していますが、ユーザーが投稿を行うとユーザーの鍵で署名されたメッセージがこの7つのリレーサーバすべてに送信されます。
Mastodonとの大きな違いは、リレーサーバ同士は連携はしてはいないという点です。リレーサーバはユーザーからやってくる投稿を受け取り、データに対する照会に答えるだけです。例えばフォローしているユーザーの投稿を読みたいと思った場合、クライアントはユーザーの公開IDでリレーサーバに照会をかけ、タイムラインの表示を行います。逆に、リレーサーバ間で情報のやりとりがないということはそもそも投稿がお互い見えないし、届かないユーザー同士も存在することを意味します。
▲Nostrのリレーサーバの仕組みの模式図
このことを図で説明してみると上のようになります。丸で表現されているリレーサーバに対して、ひとりひとりのユーザーが複数のリレーサーバに投稿を送信し、自分のフォローしているユーザーの投稿がないか照会をかけています。
ここでAさんとBさんは互いに同じリレーサーバ(紫色)に情報をおくっていますので、お互いの投稿を見ることができます。BさんとCさんも送信しているリレーサーバが一つ重なっていますので(緑色)お互いの投稿がみえますが、AさんとCさんは互いに別のサーバ群をみていますのでお互いをフォローすることはできませんし、投稿もみえません。
投稿が届くかどうかが保証されていないにもかかわらず、なんとなくSNSっぽく振る舞うことができるのは、たとえばDamusアプリを使っている人はおおむね同じリレーサーバを使っていたり、それなりの数のリレーサーバに投稿を送っているためであったりします。こうした割り切りがあるからこそ、リレーサーバは比較的低い負荷で運用できるというメリットもあります。
Nostrプロトコル自体はパブリックドメインで提供されており、リレーサーバの実装やDamusといったアプリもオープンソースのものがほとんどです。誰かがNostrという仕組みを所有したり支配することはできないのです。
また、Mastodonのようにアカウントが存在するサーバといった仕組みもありませんので、ある日突然利用できなくなるという危険もありません。利用していたリレーサーバが使えなくなったら、別のものを指定するか、自分で立ち上げれば済むのです。一方で、クライアントアプリからいったん流してしまった投稿は後で消すことができませんし、企業が公式アカウントを作る際にはそれがリスクとなりえます。大きな遅延があるという指摘も受けています。
しかしこれを、SNSと呼んでいいのでしょうか? 少なくとも仕組みから分類すると、Nostrは分散SNSの総称である「Fediverse」の一員ではありません。このプロトコルの詳細を読んだユーザーの何人かは「まるでIRCやチャットのようだ」と驚嘆の声を挙げました。
仕組みはチャットなのに、SNSっぽく感じさせてしまう。そこにNostrの魅力があるといってもいいでしょう。
Nostrの使い道
Nostrは実装によってTwitterらしいコミュニケーションを表現することにも使えますが、柔軟性の高いプロトコルですのでさまざまな用途に応用することもできます。たとえば長文を投稿してブログのCMSのように利用したりコメント欄のやりとりを表現するために利用する実装を作ることもできますし、なかにはNostrプロトコル越しにチェスの対局をおこなう仕組みを開発した人もいます。
▲ブラウザ上のNostrクライアントIrisでタイムラインを表示した様子
一方で、NostrはSNSが宿命的に直面するさまざまな課題も浮き彫りにしています。たとえばリレーサーバにやってくるすべての投稿を表示しているグローバルのタイムラインはすでにスパムで溢れかえっていますが、利用開始のハードルが低いこともあってそれを排除するのは至難です。
また、ユーザーが拡大するにつれてリレーサーバの仕組みがスケールせずに破綻することも考えられます。たとえば筆者は現時点で1000人ほどのユーザーにフォローされていますが、リレーサーバに「誰が自分をフォローしているのか」の照会をかけるたびに応答が返ってくるまでに十数秒の時間がかかり、その応答速度は日に日に遅くなりつつあります。いったん投稿すると削除できない仕組みも企業が手を出すにはリスクが大きいとの懸念もあるでしょう。
これまでやりとりしたことのない誰かとコミュニケーションを手軽に始められる。NostrはそんなSNSの楽しさをもう一度思い出させてくれる新鮮な体験であるとともに、どんなSNSも拡大するにつれて直面するスパムとモデレーションの壁を感じ取ることができる仕組みとも言えます。
Nostrが今後伸びるかどうかにかかわらず、今しか体験できない若いSNSの空気を吸い込むことには意味があるでしょう。
さて後半では、Nostrを含むさまざまなプロトコルが生み出す新興SNSの世界を概観して見たいと思います。Twitterがあてにならなくなってきたいま、これらの新しいプロトコルに未来を託していいのでしょうか?