「X68000 Z」の実機を触り、あの時代にできた「なんだかよくわからないけど作って楽しかったこと」を思い出した(西田宗千佳)

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西田宗千佳

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フリーライター/ジャーナリスト

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1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。

特集

シャープのホビー向けPC「X68000」のレプリカ機である「X68000 Z」の出荷が始まった。正確には、クラウドファンディングを介して提供される「EARLY ACCESS KIT」が出荷を開始した……ということになる。

筆者もX68000に育てられたクチであり、クラウドファンディングに申し込んだ。「ひとこと、ぜひ」という先方の申し出に従い、応援コメントも提供させていただいている。

(なお、コメントは提供したが、金銭の授受などの関係は一切ないことを申し添えておく)

筆者の元にもEARLY ACCESS KITが、思いのほか大きな段ボールに入って届けられた。

▲X68000 Z EARLY ACCESS KIT。フルサイズのキーボードが入っているので思った以上に大きい箱だ。

それほど時間がかけられたわけではないので、「X68000のエミュレータの出来」などを云々できる状況にはない。だが、触れてみると確かに、レトロゲームハードなどにはない、ちょっとした特別な感慨があった。

今回はその正体の話をしたいと思う。


※この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2023年4月3日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。コンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もあります。



X68000 Zとはなにか

X68000 Zは、瑞起が開発した、X68000互換機である。瑞起はエミュレータを使った「レトロゲームハード」の開発経験が多い。中国の半導体メーカー、Allwinner TechnologyのArm系SoC「Allwinner R16」のカスタマイズ版である「ZUIKI Z7213」を開発、それを使い、「メガドライブミニ」「PCエンジン mini」「アストロシティミニ」などを作った。

そのノウハウを使い、自社プロダクトとして展開するのが「X68000 Z」である。

▲X68000 Z本体。コンパクトなミニチュアサイズになっている

X68000の歴史的な意味はのちほど紹介するが、このハードウェアに育てられたゲーム業界人・メディア関係者・ソフトウェアエンジニアは数多くいる。かくいう筆者も、X68000に育てられた人間の一人だ。

そんな事情から、「X68000にできるだけそっくりな外観」「X68000が採用していたキーボードとマウス」をセットにし、X68000を現代に再現しよう……という流れで作られた製品、ということになるだろうか。

クラウドファンディングで提供された製品は、完全な製品というより「わかっている人向け」のEARLY ACCESS KITだ。ただ、何も入っていないエミュレータを組み込んだハードが提供されたわけではなく、「X68000として最低限楽しめる」組み合わせにはなっている。

再現度で言えば、

・マウスのギミックが「トラックボールになる」くらいしか再現されていない
・ジョイスティックポートなどはお飾り

であるのが残念だが、まあ、それはそれとしておこう。

▲X68000 Z付属のマウス。トラックボールになるが、「トラックボールとして使う方向を変えられる」「ボタンが左右にある」というギミックは再現されていない

キーボードは、いわゆる赤軸が採用されていて、さらに鉄板が底にあって残響している音がしている。筆者の好みからするとうるさい感じだし(これなら青軸で欲しかった)、テンキーはなくてもいいのだが、当時の再現+今への最適化という意味で、これはこれで良いものだと思う。

▲X68000 Zのキーボード。フルサイズでWindowsでも使える。その上で各所のギミックやモチーフはX68000に合わせたものになっている

▲ちなみに、キースイッチは赤軸

ハードの作りとしてはそれぞれ、コストもかけたちゃんとした作りで、満足感が高い。

ちなみにこの原稿は、MacにX68000 Zのキーボードをつけて書いている。

「X68000」だから難しいこと

ただ、X68000を名乗る場合、単にハードウェアが用意されていればそれでいいか、というとそうはいかない。

また「エミュレーション」という意味でも、他のミニゲーム機とは違う難しさがある。

ポイントは、X68000は「ゲーム機」的でありつつも「PCそのものである」という点だ。

表には見えづらいが、各種ミニゲーム機は「エミュレータの上で単純にゲームが動いている」もの、すなわち汎用機ではない。理由は、エミュレータが完全ではないし、処理性能にも余裕があるわけではないからだ。

今のPCやハイエンドスマホのように、プロセッサだけで500ドルを超えるような高性能パーツを用意できるなら話は違うだろう。だが、数万円以内で販売しないといけないミニゲーム機に使えるのはもっと低コストなSoC。「ZUIKI Z7213」はそういう性質のものだ。

そのため、各種ゲームでは、動作的に厳しいところや違和感が出る部分に、個別の改変を加えて最適化する場合が多い。重要なのはプレイヤーが満足にゲームを遊べることであり、汎用のコンピュータであることではないからだ。

だが、「X68000」となると話は違う。

X68000は、1987年にシャープから発売されたPCだ。

(ここでは「パーソナルコンピュータ」という意味で使っており、狭義の「Windows+x86系アーキテクチャで動作する機器」という意味ではない)

最高6万5536色同時表示・スプライトの搭載といった、当時のPCとしてゲームに向いたハードウェア構成であったことから、「質の高いゲームが多い機器」として使われていた部分もある。実のところ、瑞起も当初はその部分を中心に再現しようとしていたようだ。

だが、X68000には「プログラミングをしてなにかを作るホビーPC」としての側面が色濃くある。多くのホビイストがX68000向けのソフトを作り、そこで何かを学んでプロに育っていった。そのノスタルジーをどうしても期待したくなる。

すなわち「特定のゲームが動く機器」としてでなく、「X68000系列のソフトが開発できて、そのまま動くエミュレーション環境」として求められている部分が多分にある。

後者は非常に難しい。前述のように、「ZUIKI Z7213」は高性能なプロセッサではなく、すべての面で完璧なX68000の再現を目指すにはギリギリの環境でもあるからだ。

また、完全な再現を目指すということは、「ハードウェアの特質に起因する、いまとなっては微妙な挙動」の再現も必要になってきてしまう。

現状、EARLY ACCESS KITではその辺に微妙なところもある。

例えば、X68000に接続されたハードディスクの再現ができておらず、SDカードをフロッピーディスクに見立てているものの、ディスク書き込みの反映には「EJECT」ボタンを押して反映する(もしくはX68000側からイジェクト操作をする)必要がある。この辺は、特定のゲームだけでならさほど問題ではないが、「PCの再現」としては大きな制限だ。

本体自体、特定のゲームタイトルを選んで起動する「X68000 Zランチャー」と、汎用のエミュレータを起動する「X68000エミュレータ」を別に扱っており、「ゲーム機的にプラットフォーム展開する」ことを想定していた部分と、「X68000そのものの再現」の間で苦慮していることがみて取れる。

▲起動するとX68000のロゴが

▲ブート時に、「X68000 Zランチャー」と汎用のエミュレータを起動する「X68000エミュレータ」のどちらを優先するか、設定が存在する

ユーザーの期待とビジネス展開の間でなんとかバランスを保ち、良い方向へと努力している最中だから「EARLY ACCESS KIT」なのだろう。

「なんだかよくわからないこと」をする空間

冒頭で述べたように、そんなに長い時間触っているわけではないので、エミュレーションの精度などについて言及できるわけではない。

筆者は、X68000を使っていたといっても、ゲームのようにリアルタイム性を重視し、ハードを叩くソフトはほとんど書いた経験がないので、正直コメントするのが難しい。

だがそれでも、エミュレータから「ビジュアルシェル(VS.X)」が立ち上がった時は、なんとも言えない感慨があった。

▲X68000には、マウスで操作する「ビジュアルシェル」があった。当時のMac OS(漢字Talk)と比べても機能は貧弱で、アプリの起動とファイル操作くらいしかできないのだが、筆者にとっては懐かしく、原点の1つだ

筆者がX68000を欲しいと思ったのは、CGに憧れたからだ。当時としては動作が速く、6万5536色も表示できるので、「コンピュータに演算で絵を描かせる」ことができると思ったのだ。

実際筆者が作っていたのは、数学パズルを解くソフトや、ごく簡単なレイトレーシングのレンダラー、物理シミュレーション、フラクタル図形の描画ソフトなどだった。ほぼ独学で、さほどリアルタイム性を求めずに、BASIC+Cで記述していた。なにしろ、周囲に「速いコンピュータ」なんてどこにも置いていない時代だったし、高速化のテクニックなども知らなかった。とにかく数式をなんとかコンピュータの画面に再現するので精一杯だった。

夜中にプログラミングしてそのまま動かし、学校から帰ってくると数画面分が描き上がっている……というレベルだったが、それが楽しかった。本に乗っている数式とサンプルコードを読み解き、自分なりに、X68000向けに色数や表面のスペキュラー、解像度などを変えて描き出していたのだが、まあ、ほぼ自己満足だったろうと思う。

ゲームは、プロが作ったものをプレイできるから、自分で作るのは諦め、遊ぶ側に回っていた。それで十分だったのだ。

田舎の高校生で、情報源は雑誌と、図書館にあった本しかない。ゲームを楽しむ友人や、ゲームを作る友人はいても、シェーディングの隠面処理について語り合える相手なんていなかった。インターネットはまだなく、パソコン通信も電話代の問題で使わせてもらえていなかった。

VS.XからX-BASICを起動すると、そんな時代を強く思い出した。

X-BASICも、いまでは命令の書式すら思い出すのに四苦八苦するレベルで忘れてしまっている。でも、これを毎日のようにいじっていた時間があったのは間違いない。

たぶん、変わった子供だったのだろう。

今年の1月、父が亡くなった。

父はアナログ人間で、最後までITのことがよくわからなかったようだ。PCは使えたが、自分から中身を理解しようとはしなかったし、特に高校から大学にかけては、私がなにをしているのか「さっぱりわからなかった」と言われた。学校の成績もそっちのけだったことにずいぶん文句も言われた。

だが「まあ、わからんが遊んでいるだけではなさそうだ」と思い、PCを私に与えてくれたことには感謝しか感じない。

今も変わった子はいるはずだ。

昔と違って情報もあり、コミュニケーションする相手もいるかもしれない。でも同じように、「なんかまだよくわからないけど作ってみて、動いたら楽しかった」という体験はしてもらいたく思う。

学校でPCを与えられるようになったいま、そういう「先生からはなんだかよくわからないこと」を、子供に許容する度量はあるだろうか。


《西田宗千佳》

西田宗千佳

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