アップルは、2月20日にiPhone 16シリーズの廉価版とも言える「iPhone 16e」を発表しました。
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端末そのものの仕様や、価格、ラインナップ全体における位置づけは様々な記事で取り上げられているので割愛しておきますが、筆者が本モデルの発表を見て一番驚いたのはモデムに同社独自開発の「Apple C1」を採用していることでした。
すでに忘れ去ってしまっている人も多いと思いますが、iPhoneにも以前はインテル製のモデムが搭載されていました。クアルコムとは、その高額な使用料を巡って法廷闘争も繰り広げられていました。その和解を迎えたのが、19年4月のこと。その後は通信技術をリードしていたクアルコムのモデムを採用し、20年にはiPhone 12シリーズで初めて5Gにも対応しています。
その後のiPhoneは、クアルコムのモデムを採用し続けてきましたが、一方で、モデムの自社開発にも取り組んでいました。アップルとクアルコムの和解で大口顧客を失ったインテルは、モデム事業をアップルに売却。Apple C1には、当然ながらその知財やノウハウを生かしていることが推察されます。アップルとしてもいきなりモデムを作ったのではなく、虎視眈々と投入のタイミングを狙っていたというわけです。
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▲2019年のクアルコムとの和解を発表したプレスリリース。その後、iPhone 12シリーズから5Gへの対応が始まった
今後のiPhoneも継続的にApple C1が搭載されるかは未知数ですが、自社開発のモデムという選択肢を持ったことで、クアルコムとの価格交渉も有利に働くはず。今はまだキャッチアップしている段階ですが、クアルコムのモデムにない通信機能を実装していくことができれば、iPhoneシリーズの差別化にもつながりそうです。
とは言え、モデム、特に携帯電話のそれは、非常に複雑なシステムであることが知られています。標準化されているため、使われる周波数などは決まっているものの、国によってばらつきがあるだけでなく、組み合わせには何億通りものパターンがあります。また、世界的に見ると依然として2GのGSMも健在。2G、3G、4G、5Gと入り混じった世代を、1つのモデムでカバーしなければなりません。
実際、過去にはMWCに5Gモデムを引っ提げ出展していたインテルのブースに向かって、クアルコムが「3G、4Gをやってきた会社が手がける5G」という皮肉を込めたメッセージを表示するようなバチバチの争いが繰り広げられていたことがありました。5Gが始まったからと言って3Gや4Gがなくなったわけではなく、そのすべて上手に組み合わせられるノウハウに優位性があるというのがクアルコムの主張です。
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▲アップルと和解前のクアルコムは、Androidでしか5Gを使えないことをMWCでアピール。ブースでは、インテルが3Gや4Gのノウハウに乏しいことをディスりまくっていた
モデムの影響かどうかは分かっていないものの、通信関連の仕様面では、気になる点もありました。iPhone 16eの日本版は、「A3409」というモデルナンバー。eSIMオンリーの米国版や、物理SIMオンリーの中国版とは異なり、その他地域向けのグローバル版という位置づけで、これまでどおり、物理SIMとeSIMを採用しています。このA3409の対応バンドを見ると、ドコモのBand 21や、KDDI、ソフトバンクのBand 11が抜けていることに気づきます。いずれも、1.5GHz帯です。
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▲iPhone 16eの対応バンド。1.5GHz帯の4Gがまとめて非対応になっている
過去にもiPhoneは1.5GHz帯の採用を見送っていたことがありましたが、直近のモデルは、iPhone SE(第3世代)も含めてすべてこれらの周波数帯に対応しています。ドコモの場合、都市部でBand 21を使っていることがあり、Band 3(1.7GHz帯)が利用できない東名阪以外の地域でフル活用しています。東京でも、ネットワークをチェックしているとBand 21をつかむことがしばしばあるほどです。
ご存じのように、ドコモは4Gの周波数帯がひっ迫し、大都市圏でネットワーク品質の低下が目立っており、目下、その改善を急いでいます。5Gでは十分な帯域があるものの、ネックになっているのが4Gの帯域。混雑していると4Gの方が混みやすいのはもちろんですが、NSA(ノンスタンドアローン)方式の5Gの場合、いったん4Gに接続しなければならず、4Gがいっぱいいっぱいだと肝心の5Gに上がれないことがあります。
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▲筆者がよく行く都内の飲食店では、ドコモのBand 21(画面下)をよくつかむ。ここでiPhone 16eがどうなるのか、少々心配だ
ドコモとしては、ある程度4Gの負荷を分散させつつ、うまいこと5Gに上げていくようなチューニングをしたいわけですが、この状況の中、Band 21非対応のスマホを突っ込んでいくのはなかなかチャレンジング。さすがに圏外になることはないと思いますが、iPhone 16eはiPhone SEの後継的な存在で、売れ筋のモデルになりそうなだけに、ネットワークに与える影響は大きくなりそうです。
さすがにプラチナバンドはしっかりカバーしているものの、日本の特殊事情である1.5GHz帯はカットされてしまったところを見ると、初物のモデムを搭載するにあたって、モデル数を減らしてコストカットしていることがうかがえます。端末の導入にあたって周波数の利用効率を考えなければならないキャリアが、このモデルをどこまで推してくるのかは注目しておきたいポイントと言えるでしょう。
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▲総務省がまとめた、24年3月時点での周波数別基地局数。ドコモは比較的1.5GHz帯が多いだけに、少々売りづらい端末になってしまうかもしれない
上記はあくまで仕様から見えてくる変化ですが、実利用環境でどこまでパフォーマンスが出せるのかも未知数な部分です。かつては、インテル製の方がスループットが出ないといったような話もありましたが、今回はそうならないことを期待したいところ。逆に、アップルが売りにしている省電力性能がどこまで発揮されるのかに、注目しています。
もっとも、過去の筐体に半ば無理やり5Gを入れ込んだ結果、MIMOの仕様が2×2と変則的になってしまったiPhone SE(第3世代)より、スペック面では進化しています。ここでピックアップしたのはほぼモデムの話だけですが、Apple Intelligenceに対応するなど、パフォーマンス面もiPhone 16シリーズ譲り。モデムマニアならぜひとも手にしておきたい1台ですが、そうでなくても、コストパフォーマンスの高さはSE譲りと言えることは間違いなさそうです。