歴史的コンピュータ「Alto」の50周年イベントなのにChatGPTのOpenAIがもう一つの主役。現地で見たGPTレトロコンピュータ「SOLAIR-E」

テクノロジー AI
五島正浩

シリコンバレーのIT企業でエンジニアとして働きながら、最新のシリコンバレーの話題を紹介しています。

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パーソナルコンピュータの歴史は長いもので、今のスタイルを作ったPARCのAltoが登場してから今年で50年が経ちます。50年前の1973年当時に日本で何が起きていたかを調べてみると、山口百恵が「としごろ」で歌手デビューしたと書かれていました。こうして考えてみると、筆者の年代にはいかに昔の出来事であったか実感できます。

4月26日にシリコンバレーのComuputer Histroy Museumで、Alto生誕50周年記念イベント「THE LEGENDARY ALTO AND RESEARCH AT THE EDGE」が開催されました。Alan Kayをはじめ当時PARCでAltoの開発に携わった研究者たちが集まり、思い出を語った第一部については前編としてレポートしました。

「Alto」50周年イベントに参加した(前編)。Xerox PARCが蒔いた現在のコンピュータの種


今回はこのイベントの第二部について取り上げます。第一部では50年前にコンピュータの研究者がどんな未来を描いていたのかを振り返りましたが、第二部はAIの最先端を行く研究者が今後50年をどのように考えているのかというテーマです。

OpenAIの共同創業者でありChief ScientistのIlya Sutskeverと、MicrosoftのChief Scientific OfficerであるEric Horvitzを迎えてのセッションでした。

OpenAIとMicrosoft

よく知られているようにOpenAIは今話題のChatGPTを開発している会社です。そしてMicrosoftはこのOpenAIに投資し、ChatGPTの技術を検索エンジン等にいち早く取り入れることで、他に先駆けてサービスを出すことに成功しました。

GoogleもBardで巻き返しを図っていて、競争が激化しています。今回OpenAIとMicrosoftのキーパースンが登壇するというのは、まさ今AIで起きている最先端を語る場だと言っていいでしょう。

OpenAIは2015年にAIの研究者を集めた非営利団体として設立されました。当時の発表文「Introduction OpenAI」には、OpenAIは非営利団体として、株主よりも全ての人々のための価値を作り出すことを目的としていることが述べられています。なお今回登壇したIlya SutskeverはCTOのGreg Brockmanとともにこの文章に名を連ねています。また2018年にはOpenAIのミッションを実行するための原則を憲章「OpenAI Charter」として公開しました。

非営利団体としてスタートを切ったOpenAIですが、2019年には制限付きの営利団体にシフトし、Microsoftからの10億ドルの出資を発表しました。この辺りの経緯については2020年2月のMIT Technology Reviewの記事が詳しいです。

AIの研究開発を行うには膨大な計算リソースが必要です。競合する他の研究機関が3、4カ月に倍のペースで計算リソースを増加させ輝かしい成果を出しているなかで、OpenAIが第一線のAIの研究を継続するためには膨大な資金が必要となったこと、また営利団体となったことで非難があったことが書かれています。

ちなみにOpenAIのオフィスはサンフランシスコにあります。かつてPioneer Truck Factoryがあった歴史的な建物「PIONEER BUILDING」に入っています。実際に現地に行ってみると「OpenAI」の看板はなくひっそりとした感じです。世を賑わせているChatGPTのイメージは全く感じさせません。

▲OpenAIのオフィスが入るサンフランシスコのTHE PIONEER BUILDING

RESEARCH AT THE EDGE

Comuputer Histroy Museumのイベントの話に移りたいと思います。第一部が思い出を振り返るセッションだったため、会場はわりと和やかな感じだったのですが、第二部が始まりOpenAIのIlya Sutskeverが登場すると急にピリッとした雰囲気に変わりました。彼は鋭い目つきで会場の方を見て、司会者からの質問に淡々と答えるだけです。終始真顔で笑顔は一切見せませんでした。最初はOpenAIを崇高な研究機関である印象づけをするための演出かと思ったのですが、どうやら彼のキャラクターのようです。

冒頭でOpenAIとPARCとの違いを聞かれたIlya Sutskeverは、PARCは新しいコンピュータの中で将来何が実現できるようになるかを見つけ出すことにあり、誰も想像していなかった使い方を発見した。しかしOpenAIのゴールは新しいものを発明することではなくて、高度なエンジニアリングのプロダクトを作り出すことにあるところが異なると述べています。OpenAIの設立当初は研究の方向性やアイデアを議論していたが、すぐに大規模エンジニアリングの開発プロジェクトに変わっていったとのこと。

今後のコンピュータの展望については、ここ数年のAIの研究がディープラーニングに注力されてきたこと、また未来の可能性への期待が高まっていることで、より本質的で生産的な成果が得られている現状を高く評価したうえで、今後さらに研究が進むことで温暖化、国際問題、病気の治療や延命など社会が抱える問題が解決できることを期待していると語りました。

Eric Horvitzは、パワーを持ったAIが悪意を持った人や組織、例えばアメリカと敵対する国などにより悪用されることに懸念を抱いていると述べ、AIが人類に対して不安要因になる可能性について言及しました。AIにより現実ではないものをまるで現実かと思えるほどリアルに見せることが可能になることを考えると、政策や法整備、技術の両面から「ガードレール」となる対策に取り組むことが必要だと強調しました。

Ilya Sutskeverも「ガードレール」には複数のレイヤが必要だと指摘しました。まずは技術開発側のガードレール。AIのシステムを間違った使い方をされたくない、受け入れ難い要望は拒否したいといったものシステムの内側で実現するものであり、これまでに多くの議論がなされ実現されてきた。これに加えて、社会レベルで適切なルールを設けることで実現していくガードレールにも期待している。これは容易なことではないが、将来の良い環境の実現のために必要だと述べていました。

▲中央がOpenAIのIlya Sutskever、右がMicrosoftのEric Horvitz

AIの最先端をリードする2人の話を聞いていると、AI技術がもたらすものを「パワー」とか「パワフルなシステム」という言葉で表現しているのが気になりました。世の中でAIに対する期待が高まり、膨大な資金が計算リソースに投入されて日々進化していく姿は、彼らにはAIシステムが「パワー」を得て成長をしているように見えているのでしょう。そしてこうした増強されていく「パワー」に対して、社会的や技術的な「ガードレール」が必要だという理屈は説得力があります。

50年前にPARCの研究者たちはAltoの実現によって、コンピュータの新たな未来を切り開きました。今のAI研究者は、コンピュータが持つパワーに対して人類はどう向き合うのかという難題に取り組む未来を見ているようです。コンピュータに関する研究やイノベーションの考え方がこの50年で大きく変化したことを表しているのかもしれません。

OpenAIの新たな展示「SOLAIR-E」

少し話が逸れますが、このイベントのためにComputer History Museumに行ったところ、新たにOpenAIの展示が追加されているのを見つけました。名前は「SOLAIR-E」で「AN AI-Powered SPLIT FLAP COMPUTER」と書かれています。

「SPLIT FLAP」とは電光掲示板ができる前に駅や空港とかの案内で使われていたディスプレイで、日本語では反転フラップ式案内表示機と呼ぶそうです。パタパタと板が回転することで目的の文字を表示するようになっています。

これに接続された簡易な端末から質問を入力すると、この大型ディスプレイ上にOpenAIのGTP-3からの回答を表示してくれるというものでした。1950年代の技術と最先端のAI技術を組み合わせた体験型の面白い展示です。的を得ない回答が返ってきて、見てる人たちから笑いが起きるのは演出でしょうか。

▲OpenAIのGTP-3を使ったSOLAIR-Eの展示

第一部と第二部を合わせてたった1時間半でしたが、50年前のコンピュータの歴史から一気にAIの未来までカバーしてしまう濃厚な内容のイベントでした。このイベントのためにコアな関係者を一堂に集めてしまうComputer History Museumの企画力のすごさに感心します。

ChatGPTの話題でもちきりの毎日ですが、たまにはコンピュータの歴史を振り返り、そこからみた今のAIの位置付け、そして今後の展望や課題など、AIの本質的な部分に思いをめぐらせてみるのも面白いかもしれません。

《五島正浩》

五島正浩

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