Metaが「Meta Quest 3」を発表した翌週にアップルがWWDC23で「Apple Vision Pro」を発表したことで、またにわかにHMDに注目が集まってきている。
筆者も米・クパチーノのアップル本社で取材し、実機を体験することができた。
▲Vision Pro。アップル本社内のスティーブ・ジョブズ・シアターで撮影
アップルはVision Proを「空間コンピュータ」と定義した。
一方で、Metaは違う考えを持っているようだ。
では両者は具体的にどう違うのか?
筆者はVision Proも取材できたし、MetaのCTOなどにも取材経験がある。だから、アップルのビジョンとMetaのビジョンの違いを、ある程度深掘りできるのではないか、と思っている。
ザッカーバーグが「Quest 3」と「Vision Pro」を語る
アップルがVision Proを発表してから数日後、Metaのマーク・ザッカーバーグCEOは全社集会を開いた、と報じられている。目的は、アップルがVision Proで行なっていることと、自社が進めている「Meta Quest」事業の関係について説明することだ。
そちらをベースに報じている記事も多いが、誰でも発言を確認できるという意味では、6月9日にLex Fridman氏がYouTubeにアップした、ザッカーバーグCEOとのロングインタビューを引用する方が良いかとも思う。
AIから雇用まで多くのことに応えた2時間40分に及ぶインタビューだが、1時間57分頃から、Meta Quest 3とApple Vision Proについて答えている。
ザッカーバーグCEO:私たちは、多くの人々にこの技術をすべての人に届けたい。エリートや富裕層だけを対象にするのではなく、誰もが手にできるようにしたいんです。
私たちは非常に難しい技術的な問題を抱えています。私たちは無制限にハードウェアを使えるわけではないんです。Quest Proは当初1500ドルでした。そして今回、価格を1000ドルに引き下げました。
しかしQuest 3は、Mixed Realityについて、Quest Proで提供しているものより高度で、優れています。
そして、Vision Proについても次のように語る。
ザッカーバーグCEO:まだ試していないのでその点はご了承願いたいのですが、いくつかコメントできます。
私たちは、以前から、Mixed Realityが、次の時代のコンピューティング・プラットフォームになると言ってきました。アップルが参入し、ビジョンを共有することで、アップル製品のファンである多くの人々が、このこと(Mixed Realityが次の時代である)を本当に考慮するようになると思います。
一方で、Quest 3はMixed Reality向けとして、「購入可能な価格」においては最高の製品です。
それぞれの企業は、時間が経つにつれて違う方向を志向するようになるでしょう。我々はより民主的な方向を向いています。そして、ソーシャルなコミュニケーションを志向しています。
コミュニケーションワールドのためには「数が必要」なMeta
Metaの話はシンプルだ。
高くて購入が難しい理想的なデバイスよりも、多くの人が手にできるデバイスの方を選んだのであり、「ソーシャル」な用途を重視した……ということだ。
コストを度外視すれば、ハイクオリティなデバイスを作ることはできるだろう。しかし、3000ドル・5000ドルといった価格の製品を作っても、それを購入できるのは多くの場合企業やプロフェッショナルに限られる。広く普及させようと思えば、一定の機能に限定した上でコストを下げる必要が出てくる。
MetaはFacebookをはじめとした「ネット上での活動空間」を提供する企業だ。だからこそ、Mixed Realityの用途として、より身体性を伴った形でのコミュニケーションスペース=メタバースを思考している。PC的な「道具」としてのありようも否定はしないが、一緒にゲームをすることやコミュニケーションをすることを重視している。
コミュニケーション空間をビジネスとするなら、ゲームをビジネスとするなら、それが動く機器はとにかく大量に普及していなければならない。ライバルはスマホやPCであり、全世界で数千万台規模になっていかなければ、ビジネスが始まらない。そのためには「手に入りやすい価格でなくてはならない」のだ。
▲Meta Quest 3は499ドル(国内では7万4800円)で今秋発売
Vision Proは「Lisa的アプローチ」
一方、アップルは「ネット上での活動空間」をサービスとして提供していない。彼らが作るのは個人の活動をより豊かにするデバイスであり、そのありようは自分・家族・友人といった身近な部分から広がる。その先に他の企業が「ネット上での活動空間」を作るのは自由だが、それはアップルの仕事ではない。
しかもアップルは低価格なデバイスを作ろうとはしなかった。
ビデオパススルーの解像度を上げようとすると、HMDに内蔵されたカメラへの負荷がどんどん上がる。
カメラから得られた映像をプロセッサーとやりとりするための「バス」に負荷がかかり、発熱しやすくなる。カメラの画質をあげると、プロセッサーも高性能である必要があるし、バスも、その先につながるメモリなどのデバイスも高速なものである必要がある。発熱するなら冷却にもこだわる必要が出てくる。
▲Vision ProはM2と新規設計の「R1」の2プロセッサ構成で、冷却などにも多くのコストをかけている「ハイエンド」だ
これらの要素はすべてハードウェアコストに直結し、さらに、OSなどのソフト開発にも負荷がかかってくる。だから当然高くなる。
そこまでしなければならないのは、「現実の空間にアプリが同居している自然さ」を実現する必要があるからだ。
「空間をディスプレイにする必要性は認める。でも、単にディスプレイを大きくするだけのために、頭になにか被るのはいやだ」
そうした声を聞いたことがある。これは正論だ。ディスプレイを3つ置きたいなら、頭にディスプレイをかぶるよりも、目の前にディスプレイを3つ置いた方が楽ではある。
ただ、そのやり方では「3つディスプレイがある場所」でしか体験できないし、仕事に応じてディスプレイのサイズや縦横比を変えることも難しい。
立体のオブジェクトを見ながら作業したいとき、空間コンピュータでは立体そのものを見られるが、普通のディスプレイでは平面のままだ。
▲Vision Proのデモ動画より。立体のオブジェクトをウィンドウと同列で扱える
3人と、画面を参照しながらビデオ会議をするのは意外と不自由なものだが、空間コンピュータなら可能になる。
▲複数人とのビデオ会議もより自然なものになる
自分一人の時に、部屋に巨大なスクリーンを用意して映画を見る……というのも面倒だ。
そうした「自由度」を快適に実現するには、日常空間とコンピュータの画面が自然に融合する必要がある。
影もない平らなウィンドウを不自然に浮かせるなら、パフォーマンスもOSの作り込みもいらない。しかし、「向こうが見える半透明のウィンドウが、床にウィンドウの影を落としている」とか、「空中にどこでもドアのような窓が開き、3Dの動画が再生される」とかいった機能を自然に実現するには、ハードウェアとOSの協調動作を徹底的に突き詰める必要が出てくる。
▲よく見るとウィンドウの影が実景(をビデオから取り込んだ背景)の上に落ちていて、ウィンドウの半透明な部分の向こうも見える。これらをOSが常に、自然に処理している
Vision ProとQuest Proなどの違いは、そういう「空間コンピュータとしての完成度」にどこまでコストをかけて作り込んだのか、という点にある。筆者は世の中にあるHMDのほとんどをつけたことがあると自負しているが、「空間コンピュータ的表現」で、Vision Proほど自然なものは見たことがない。
だが、解像度などの点で似たような映像は見たことがあり、「現実だと感じるVR空間」という意味なら、Vision Proは唯一無二という話ではない。
現状世の中には、空間コンピュータとしての完成度を突き詰めた商品は売られていない。「そういう使い方もできる」ものがほとんど。なぜなら、ゲームやコミュニケーションなど、別の用途を志向しつつ、コストも勘案して作られているからだ。
だがアップルは、自身の目指す方向性として、「そういう作り方では差別化できない」と思ったのだろう。ハンパなものを作って差別化できないよりも、とにかく理想を示すために、いきなり全力投球したのがVision Proなのだ。
そういうことができるのは、アップルが「iPhoneやMacですでに儲かっている会社」だからでもある。
アップルの歴史では、過去にそういう作りの製品もあった。
GUIを最初に導入した「Lisa」(1983年)だ。
▲Apple Lisa(正確にはMacintosh XL)
初代のLisaは1万ドル弱という高価なものだったが、当時としては他にないレベルのGUI環境を用意していた。その後に、低価格でよりまとまった製品として出てきたのが「Macintosh」だ。
さて、Vision Proは「Lisaのように失敗した」と言われるのか、それとも「その後のMacが普及する礎になったように、理想を示した」と言われるのか。筆者としては後者だと思うが、その辺がわかるのは預言者だけだろう。
テクノエッジ編集部では、6月16日に、Apple Vision Proを体験した西田宗千佳さん、村上タクタさんらによるWWDCオンライン報告会を開催いたします。ご参加をお待ちしております。