新連載「中国の新技術潮流」。中国企業がシェア9割独占するポータブル電源市場、トップ企業が目を付ける日本独特の需要

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浦上早苗

経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員。福岡市出身。新聞記者、中国留学、中国での大学教員を経て現職。近著に「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。

特集

中国の動きは世界のテクノロジーに大きな影響を与え続けています。日本ではなかなか知り得ない中国のテックトレンドを綿密な取材により報じてきたジャーナリストの浦上早苗さんに、「中国の新技術潮流」と題した連載を執筆していただきます。第1回は、ポータブル電源市場はなぜ中国企業が独占しているのか、について。


コロナ禍のキャンプブームを追い風に市場が拡大しているポータブル電源(小型蓄電池)は中国企業が世界のシェアの9割を占め、日本市場でも大手4社がシェア争いをしている。その中で後発ながら急成長し業界トップの座をうかがっているのが、深圳に本社を置くEcoFlow(エコフロー、深圳市正浩創新科技)だ。自国より先に日本市場に進出した同社は、自治体に防災対策として製品を寄贈したり、地域の伝統行事にクリーン電気を供給するなど、日本に合わせた活用方法を開拓している。

▲キャンプブームを追い風に市場が拡大しているポータブル電源。日本を代表する伝統行事にも使われている EcoFlow提供

「日本企業に勝ち目はない」

EcoFlowは9月5日、東京都港区に同社製品「DELTA Max」7台とソーラーパネル7枚、を寄贈した。同製品は冷蔵庫や電子レンジなど幅広い家電製品への電力供給が可能で、災害や停電時の使用を想定している。

同社広報の伊藤麗雅さんは、「港区はオフィスが集積しており、災害が発生すると多くの帰宅困難者が出る可能性がある。災害時には当社の倉庫から港区の避難所に製品を直接輸送し、スマートフォンの充電などに役立ててもらいたい」と話す。

ポータブル電源はこの数年、市場の拡大が続いている。市場調査会社The Insight Partnersのレポートは、世界のポータブル電源市場が年平均4.9%のペースで成長し、2021年の2億1103万ドル(約310億円)から2028年には2億9591万ドル(約440億円)に拡大すると予測する。そしてその有望な市場の9割を独占しているのが、EcoFlowをはじめとする中国メーカーだ。

日本メーカーも参入しているが、ある中国メーカーの日本法人トップは、「中国は電池の調達コストが低く、サプライチェーンも充実している。日本企業に勝ち目はない」と断言する。特に海外市場ではEcoFlow、「Jackery(ジャクリ、深圳市華宝新能源)」、「BLUETTI(ブルーティ、深圳市徳蘭明海科技)」、「Anker(アンカー、安克創新科技)」の計4社がしのぎを削っている。

創業4年でユニコーン

▲深圳にあるEcoFlowの工場。同社の社員の4割が技術開発を担当している。浦上早苗撮影

4社のうち最も早く立ち上がったブランドはAnker(2011年)で、Jackery(2012年)、BLUETTI(2013年)と続く。BLUETTIの運営会社はOEMメーカーとして2009年に蓄電池生産に参入したため、メーカーとしての歴史は最も長い。

一方、ドローン世界最大手のDJI(大疆創新)で電池開発部門の責任者だった王雷氏が、DJIの仲間たちと2017年に設立したのがEcoFlowだ。後発にもかかわらず、同社は創業早々に有力VCから資金調達し、2021年の4回目の調達で評価額10億ドルを突破。ユニコーン企業(設立10年以内で評価額10億ドルの未上場企業)の仲間入りをした。

短期間で急成長した要因を、広報の伊藤さんは「リチウム電池価格が一気に下がった時期に参入したという点では、タイミングが良かった」と説明する。ポータブル電源に使われるリチウム電池価格は2014年から2017年の3年間で4割以上下落、一般消費者の手の届く価格で製品を供給できるようになり、それまで発電機を使っていた消費者がポータブル電源にスイッチするようになった。EcoFlowは市場が一気に拡大するタイミングを捉えることができたのだ。

中国化学物理電源業界協会によると2020年のポータブル電源の世界シェアはJackeryが16.6%で首位、EcoFlowが6.2%で2位だった。だが、2022年はEcoFlowがJackeryを抜き、トップに立った可能性がある。EcoFlowは同年の売上高が10億ドル(約1490億円)を突破したと公表しており、Jackeryの売上高32億元(約650億円)に倍以上差をつけた。

EcoFlowは好調の要因を、1時間で80%の充電を実現する急速充電システム「X-Stream」の搭載など、消費者ニーズに対応した新製品を出し続けていることと分析している。

創業即グローバル化の理由

ポータブル電源市場は、中国企業のシェアが大きいことの他に、「中国市場が小さい」という特徴もある。同製品はキャンプ・アウトドア愛好家のユーザーに支えられているが、中国はコロナ禍でようやく1回目のキャンプ・アウトドアブームが起きたフェーズで、市場が十分に育っていないからだ。中国企業は足元の14億人の大市場をてこに成長し、その勢いで海外に進出するのが定石だが、ポータブル電源メーカーは海外市場から開拓しなければならない。必然的に、創業と同時にグローバル化を求められる。

各メーカーが最も力を入れているのはアウトドア市場が大きい米国だ。市場だけでなく、国土、住宅、車のどれもが大きいため、より大型で高機能な製品も売れやすい。そしてアウトドア市場が成熟した日本も重要市場の一つだ。現在は100カ国以上で商品を展開しているEcoflowも2017年に世界最大級の家電見本市「CES」に出展して米国に進出したのを皮切りに、2019年に2番目の市場として日本に進出した。その後、中国市場にも進出したが、同国の売上高は全体の10%程度だという。

防災・節電ニーズも掘り起こし

中国メーカーが日本市場を強化するもう一つの理由は、災害大国の日本では防災需要が見込まれるからだ。日本能率協会総合研究所のマーケティング・データ・バンクが2019年に行った調査は、日本の家庭用蓄電池市場の2023年度の市場規模を2020年比2割増の1200億円と見込んでいる。東日本大震災翌年の2012年に家庭用蓄電池の導入を支援する補助金制度が導入されたのを機に、防災食品や補助電源など防災対策市場の成長が始まった。日本に限ったことではないが、電気代高騰を受けた節電への関心の高まりも追い風になっている。

▲参考図。出典

BLUETTI が2022年8月に法人・行政向けのビジネスを展開する子会社を設立し、都内にショールームを設けるなど、「災害」「節電」に焦点を当てた法人向けビジネスの取り組みも活発化しており、EcoFlowは社会貢献の一環として自治体との連携を進める。冒頭の港区への製品寄贈も、同社から働きかけ実現した。

EcoFlowにとって意外で嬉しい使われ方もあった。同社は今年7月、京都の祇園祭で山鉾の駒形提灯の灯りに再生可能エネルギーを使用する取り組みに製品を提供したが、これは祇園祭のごみ減量に長年取り組んできた団体「祇園祭ごみゼロ大作戦」からの協力依頼がきっかけだった。同団体で再エネを担当する井上和彦さんは、「脱炭素の潮流を受け、昨年の祇園祭でEVから駒形提灯に100%再エネの電力を給電して点灯した。ただ、持続的な取り組みにするには手軽に電気を蓄え、給電できるシステムが必要。いろいろ調べた結果、キャンプや防災物資として使われているポータブル電源が使えると思った」と説明した。

▲京都市のプレスリリースより

▲EcoFlow提供のイメージ写真。実際は製品は近くの倉庫に置いてあります。邪魔になるので

EcoFlowの伊藤さんは「新型コロナウイルスでソロキャンプが一大ブームとなったことで、日本は2020年以降ポータブル電源の認知が一層拡大した」と手ごたえを語る。同社の日本市場の2023年1~6月の売上高は前年同期比75%拡大し好調そのものだが、この数年の成長が急だった反動で、業界全体の成長は一服しつつあるという。同社は、幅広い利用シーンの提案と需要掘り起こしを成長の鍵とみており、「アウトドア、防災と用途が特定されがちだが、祇園祭のように地域活動、行事なども通じて、生活のさまざまな場面で役に立つ製品であることを訴求していきたい」としている。

《浦上早苗》

浦上早苗

経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員。福岡市出身。新聞記者、中国留学、中国での大学教員を経て現職。近著に「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。

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