Qualcomm、Apple M2を超える性能のOryon CPU発表。Snapdragon X Elite採用製品は来年半ば(笠原一輝)

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笠原一輝

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PCのライターとしてキャリアをスタートし、今はPC、スマホ、自動車の半導体などを中心に取材して幅広い媒体でニュース記事や解説記事などを執筆している。

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Qualcomm 社長 兼 CEO クリスチアーノ・アーモン氏は、マウイ島で開催した年次イベント「Snapdragon Summit 2023」において、ゼロから開発したArm CPU「Oryon CPU」を発表。Apple M2とのベンチマーク比較で上回っていることをアピールし、「われわれのOryonはCPU競争の局面を変えていく」と述べた。

Qualcommは2021年に、元AppleのAシリーズのアーキテクトだったジェラード・ウィリアムズ氏が率いていたArm CPU開発会社「Nuvia」を買収し、同氏をはじめとしたエンジニアを自社の開発チームに組み込み、自社でArm CPUの開発を続けてきた。

従来QualcommのArmアーキテクチャCPUは、Arm自身が開発しIPライセンスとして提供されてきたCortex-X/Aシリーズを採用してきたが、今後はNuvia由来の自社開発CPUに順次切り替えていく計画だ。

その第一弾が今回のSnapdragon Summitで発表されたArm版Windowsを搭載PC向けのSoC「Snapdragon X Elite」になる。

▲Snapdragon X Eliteを搭載したノートPCのリファレンスデザイン

QualcommはCortexから自社開発のOryonにCPU切り替えを選択

▲Qualcomm 社長 兼 CEO クリスチアーノ・アーモン氏

スマートフォンでほぼ100%のシェアを持ち、近年ではPCやサーバーへの浸透が進んでいるArm CPUは、ソフトバンクグループの子会社で先日再上場を果たしたばかりの、イギリスArm社の技術に基づいている。

具体的に何がArmの技術なのかといえば、命令セットアーキテクチャ(以下ISA、Instruction Set Architecture)と呼ばれる、ソフトウエアがCPUに命令を実行させる形式がArmの特許に基づいたものとなっている(一般的にArmのISAをArmアーキテクチャと呼ぶ、以下同)。

ArmはそうしたArmアーキテクチャをAppleやQualcommといった半導体メーカーに対してライセンス形式で提供することで、対価をもらう形をとっている(こうしたArmのライセンスのことをアーキテクチャライセンスと呼ぶ)。

また、Armはアーキテクチャのライセンスを提供するだけでなく、CPUやGPUの設計図そのもの(一般的にIP=知的所有権と呼ばれる)の開発を行ない、それを半導体メーカーに提供することも行なっている(IPのライセンスになるので、ArmではIPライセンスと呼んでいる)。

このIPライセンスのうち、CPUを「Cortex」(コーテックス)と呼び、GPUを「Immortalis」(旧モデルはMali)と呼んでいる。ArmはそうしたCPUやGPUの設計図をArm社内で開発、半導体メーカーに提供し、IPライセンスでもビジネスを行なっている。

Qualcommはこれまで、GPUに関しては自社で「Adreno」(アドリーノ)と呼ばれるブランドで開発してきたが、CPUに関しては、PC向けもモバイル向けもArmのCortexシリーズのIPライセンスを活用して、自社のSoCを構築してきた。

Qualcomm自身は以前、独自のArm CPUも開発しており、Armのアーキテクチャライセンス契約もしていたが、設計にかかるコストや時間などを勘案して近年はArmのIPライセンスを選択してきた形だ。

ところが、AppleがArmとのアーキテクチャライセンスに基づいて自社開発したAシリーズ、そしてその後Aシリーズで開発した技術を元に開発したPC向けのMシリーズを登場させたことで、市場での競争の局面が変わった。

従来は、性能でPC向けのx86 CPU、電力効率でモバイル向けのArm CPUと棲み分けていたが、AppleがArm CPUでMシリーズのSoCを登場させたため、Arm CPUであっても性能が重視されるようになっていったのだ。

その結果、皮肉なことにArm自身が設計していたCortexシリーズは、モバイル向けはともかく、PCのような高性能を求める環境ではx86にもAppleのMシリーズにも歯が立たないという事態になってしまった。

そこで、Qualcommは2021年にNuviaを買収して、再び自社独自設計のArm CPUの開発を始めたのだ。そして、その最初の製品として登場したのがOryon CPUで、今回発表された同社のArm版Windows搭載PC向けのSoC「Snapdragon X Elite」に搭載されたわけである。

シングルスレッドでもマルチスレッドでもApple M2を上回ったOryon CPU、ただし製品の登場は来年の半ば

▲Qualcommは新しいノートPC向けCPUのパフォーマンスリーダーだとアピール

10月24日の午前中にマウイ島で行なったSnapdragon Summit 2023の基調講演の中で、QualcommはそのOryon CPUの性能を明らかにした。

▲Snapdragon X Elite

その鍵となるのは、シングルスレッド(1つの処理を1つのCPUコアで行なうこと)の性能が大きく引き上げられている点だ。

PCのCPUでは、メモリからデータを読み込んできて順次(ないしは順番を入れ替えて)処理していく。今のPC用のCPUは複数のCPUコアを持ち、複数の処理を同時並行的に処理して行くことが可能になっている(マルチスレッド処理と呼ぶ)が、例えばアプリケーションの起動やメニューの表示などでユーザーの体感を決めるのはシングルスレッドの処理になる。

▲Apple M2とのシングルスレッドの性能比較(出典:Day1_keynote.pdf、Qualcomm)
▲第13世代Coreとのシングルスレッドの性能比較(出典:Day1_keynote.pdf、Qualcomm)

AppleがPC向けに投入したM1、そしてその後継となるM2がすごかったのは、それまでArm CPUの弱点だったシングルスレッド処理の性能を大きく引き上げたことだ。それと同時にCPUのコア数を増やすことで、マルチスレッド処理も高速化した。

今回のOryonもまさにそれだ。Oryonはシングルスレッドでの性能が大きく引き上げられている。Geekbenchのシングルスレッドのテストで、M2のスコアを上回り、また消費電力では30%少ない消費電力でそれを実現しているとQualcommは説明している。Windows向けのx86プロセッサとの比較でもIntelの第13世代Coreを性能で上回り、さらに消費電力は70%少ないとQualcommは説明している。

こうしたことを実現できた理由の1つは、Oryon CPUが従来のArm CPUよりも高クロック周波数で動くように設計されているためだ。Oryon CPUは12個のCPUコアがそれぞれ最大3.8GHzで動作し、うち2つのCPUコアが最大4.3GHzに引き上げられる。そうした構造をとることで、シングルスレッドの性能を引き上げているのだ。

▲第13世代Core Pシリーズとのマルチスレッド性能比較(出典:Day2_Compute_PDF.pdf、Qualcomm)
▲第13世代Core Hシリーズとのマルチスレッド性能比較(出典:Day2_Compute_PDF.pdf、Qualcomm)
▲Apple M2とのマルチスレッド性能比較(出典:Day2_Compute_PDF.pdf、Qualcomm)

シングルスレッドの処理が高速になれば、マルチスレッドの処理もそれに比例して高くなる。実際、Qualcommが公開したマルチスレッド時の性能では、Apple M2に比べて50%高い結果になるとQualcommは言及している。

M1/M2が最大8コア(かつbig.LITTLEアーキテクチャに基づいて高性能コア4コア+高効率コア4コア)であるのに対して、Oryonはすべて高性能コアで12コアとなっており、コア数は多い。その結果、同じようなシングルスレッド性能(ほぼほぼイコール1つのCPUの性能)を実現しているため、コア数が多い分マルチスレッドの性能は高まって当然だ。

ただ、このQualcommのOryonを搭載したが出回るのは、来年の半ば以降だとQualcommは説明している。来週にはAppleが発表会を予定しており、毎年10月はMacBook ProやMacBook Airなどの新製品が発売される時期であり、それに合わせてM3のような新しいSoCが発表される可能性がある。

Appleの場合、製品発表に合わせて新しいSoCを発表するので、通例では数週間以内に新しい製品が入手できるようになる可能性が高い。さらに、Intelも次世代のPC向けSoCとしてCore Ultraを12月14日に発表し、こちらも搭載デバイスがすぐにも入手できるようになる可能性が高い。その時にはIntelも大きく性能を引き上げてくるだろう。

そういった意味で、QualcommのOryonを搭載した「Snapdragon X Elite」の真価は、来年の半ばとされているSnapdragon X Eliteを搭載したデバイスが出回るようになった段階でもう一度評価し直す必要があるだろう。


《笠原一輝》

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