「自動車はこれからSoftware Defined(ソフトで規定される)な時代になる」
ソニー・ホンダモビリティの「AFEELA」が発表されたこともあって、このキーワードを再び耳にするようになった。
テスラなどが先行する領域であり、珍しい話ではないが、さて、本当のところ、これはどういう意味を持っているのだろうか?
今回は改めて、その意義を考えてみたい。
Software Defined≠ソフト制御
ソフトウェアで機能が変わる、というのはそんなに珍しい概念ではない。そもそもコンピュータであるPCやゲーム機はちょっと別として、あらゆる機器が「ソフトで機能が決定される」方向へと変わってきた。
その中でも一番わかりやすいのは「携帯電話からフィーチャーフォン、そしてスマートフォンへ」の移行だが、テレビにしても調理家電にしても、掃除機や照明まで、ほぼあらゆるデバイスで起きた現象でもある。
ただ、すべての機器が携帯電話と同じ流れであった、と考えるのは語弊がある。「Software Defined」という概念には複数のレイヤーがある、と考えるのが正しい。
まずは「古典的レイヤー」だ。まだ完全なSoftware Definedではないが、Software Defined・第一フェーズと言っていいかもしれない。
あらゆる機器には「制御」が必要になる。電気ポットを例に考えよう。沸騰後に熱をかけ続けるのはムダだし安全性の面でも問題だ。だから「電気ポット」ではお湯の沸騰を検知し、沸騰を止めて保温に移行する「制御」が行われるようになっている。
そこからさらに複雑化したのが「炊飯器」だ。炊飯は単純に熱し続ければいい作業ではあるのだが、火力のコントロールをした方が美味しくなる。だから米の質や水量、求める硬さなどのパラメータに応じて、炊飯釜のどこを、どれだけの電力で熱するのか、という制御が重要になる。
これはまさに「ソフトで製品の価値を決めている」のであり、Software Definedそのものである、といっていい。
だが、このようなあり方はありふれたものだ。ソフトウェア制御が存在しない機器の方が珍しい。過去から日本メーカーが得意としてきたのはこのやり方だ。
重要なものではあるが、ソフトはあくまでハードを制御するのに必要な「部品」に過ぎず、後からの交換・進化はもちろん想定されていないし、利用者には可視化されない。ハードウェアを動かすために必要なものではあるが、目的はあくまで「ハードを動かす」ことの側にあるので、ソフトのコストは抑えられやすくなり、ソフトが必要とする「コンピュータ」としての性能も、コスト低減のために抑えられたものになりやすい。これは良し悪しというより、コストや優先順位による「違い」と言っていい。だから、今日的な「Software Defined」ではない。
「ソフトが重要」という言葉が使われるようになって、もう30年以上の時間が経過している。だが世の中全体を見回すと、前述のような「ハードウェアを動かすために必要最低限なソフト」という思想の機器の方が多いのが実情だ。
デジタル化=第二フェーズ
ただ、製品の中によりコンピュータ的な要素が増えてくると、ソフトウェアによって実現される要素の価値は、「部品のひとつ」では収まらなくなっていく。
携帯電話からフィーチャーフォンになったこと、CDプレイヤーからデジタルオーディオプレイヤーへ変化したこと、そしてテレビがアナログからデジタルへ変化したタイミングというのは、まさにここだ。
そうなると、差別化点は機能だけではなくなっていく。製品を快適だと感じる要素としての「ユーザーインタフェース」「レスポンス」などが重要になってくるからだ。この変化は急速に進んでいく。
ただ、コストを投下する場所と開発体制の変化はそこまで急速に進まない。コストを下げることは多くの場合至上命題であり、構造を変えるのは難しいことであるからだ。
そうすると、ソフトウェアでの処理を快適にすることにコストをかけたものと、そこに注力しなかったものとの間では「製品としての基礎体力」に違いが生まれていく。
「iPodはなぜ、ウォークマンや他のMP3プレイヤーに勝てたのか」という話があるが、その一端はここにある。また、東芝のテレビ(当時。現REGZA)が価値を伸ばしていったのも、他社に比べて変化に敏感だったからだ。すなわち、ソフトとそれを支えるハードウェアおよびサービスへのコスト投下に敏感だったからでもある。
これがSoftware Definedの第二フェーズである。
■スマホ=第三フェーズ
次の変化はすぐにやってくる。
ソフトウェアによって実現される部分がどんどん拡大していくと、結果的には「コンピュータの上にソフトとして構築し、それでメカを動かす」形へと入れ替わっていく。付加価値が機構や部品からソフトウェアになっていくわけで、コストバランスが完全に入れ替わってしまった結果になる。
フィーチャーフォンからスマートフォンへの変化の本質はこれだ。
少し遅れる形で、テレビやオーディオプレイヤーも同じ形に変化していき、コアとして使われるOSも高度になり、その完成度が最終製品の価値に大きく影響する時代になった。今はこの「Software Defined・第三フェーズ」の只中にある。
ただSoftware Defined・第三フェーズにおいては、「画面を持っていない機器」も、よりSoftware Definedになってくる。
一番わかりやすいのは、スマートホーム連携する家電だろう。
照明はシンプルな家電だが、付加価値が作りにくい。白熱電球から蛍光灯、LEDへと変化はしてきたが、やはり本質的に大きな変化は「発光デバイス」の側にある。
一方でフィリップスの「Hue」は、そこに「コントロール」という要素を重視し、大幅にSoftware Definedな製品に変えてきた。スマホやスマートスピーカーから発光状況を制御することで、「価値がソフトの側にある照明」を作ることができた。
こうした家電が出てきたことは、非常に大きな変化だ。単にUIをスマホにするのではなく、ソフト制御を高度化することで家電に付加価値を拡大できるのがSoftware Definedそのものである。
ただ、付加価値とコスト、ユーザーニーズがマッチするかはまた別の話になる。Hueのような照明はニッチな存在であり、マスはシンプルな制御の製品を使い続けている。
また、Software Definedになるとコピーもされやすくなるので、後続製品が追いついてくるのも速くなる。
これが、Software Definedの抱えるジレンマでもある。
自動車も「ソフトがハードを活かす」時代へ
この流れは、自動車においてもきれいにトレースされ始められている。
スマホと同じレベルである「第三フェーズ」に、ようやく自動車も到達したと考えることができる。
初期の自動車に、ソフトウェアの姿は希薄だ。だが、エンジンや足回りの制御にソフトが使われるようになり、そこからさらに先進安全関連の機構が増えてくると、Software Definedな領域も増えていった。だから、EVに移行する前の現在の自動車は、Software Defined・第二フェーズにあたる。
一方、自動車というハードウェアの中で、ソフトウェアとそれをさせるプロセッサやメモリに割けるコストは限られている。少なくとも、バッテリーやモーターと同等のコストをかけるわけにはいかない。
テスラは第二フェーズと第三フェーズの間にいる存在だし、AFEELAが目指すのは第三フェーズに近い考え方だろうと思う。別の言い方をすれば、ソフトで自動車を快適にするということであり、さらに「自動車が走るために使っている要素を、ソフトを使って別のことに使う」ということでもある。
AFEELAは、車内で空間オーディオが使える。この最適化には「自分の頭の位置」が使われている。現在の自動車では、居眠り防止などのために、ドライバーの頭の位置と表情を認識するシステムがあるのだが、その情報を別のソフトウェアが使い、空間オーディオのクオリティアップに使っているわけである。
これは、スマホで生まれたアプリに近い。Software Defined・第三フェーズの特徴の一つは、ハードが備えている要素をソフトがより広く活用できるようになっていく、ということだと言える。
画面の方向を判断するために搭載された「加速度センサー」は、スマホを傾けてビールを飲んでいるように見せるアプリを作るのに使われた。地図を見せるためのGPSは、通信とセットになることで「Uber」のようなサービスを生み出した。
自動車が第三フェーズに突入するなら、同じように「走るためのハードだったものが別の要素に使われる」ようになり、価値を拡大していくことになるだろう。
では、そこで快適なものを作るには、具体的にどうすべきのか? 消費者が長く支持するものを作るにはどうすべきか?
そこを今、各社が考え始めているところ……と言えばわかりやすいのではないだろうか。
※この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2023年1月23日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。コンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もあります。