ケンブリッジ大学とジョンズ・ホプキンス大学の科学者が、世界で初めてキイロショウジョウバエの幼虫(つまりウジ虫)の完全な脳配線図(コネクトーム)を完成させました。
これは、これまでに構築されたあらゆる動物の脳のコネクトームのなかで、最も複雑で入り組んだ構造のものです。ちなみに、研究者らは過去に線虫、カタユウレイボヤの幼生、イソツルヒゲゴカイの脳の完全なコネクトームをマッピングしてきましたが、これらはせいぜい数百のニューロンが数千のシナプスでつながっている程度のものでした。
今回のキイロショウジョウバエの幼虫の脳は、3016個のニューロンが54万8000本のシナプスで接続されているとのこと。昆虫と哺乳類の間にはまだ差があるものの、多くの点で基本的な生態に共通点がある昆虫の脳が完全にマッピングできたことは、科学者たちにとっては非常に大きな出来事と言えそうです。
ケンブリッジ大学の研究者らは生後6時間のウジ虫の、塩粒ほどの大きさの脳配線を調べるため、電子顕微鏡を使い無数の組織サンプルにスライスする必要がありました。そして、そのスライスひとつひとつを画像化し、個々のニューロンとシナプスの接続を厳密に追跡しました。
そのデータをケンブリッジ大学から引き受けたジョンズ・ホプキンス大学のチームは、脳の接続性を分析するために作成した独自のソフトウェアを用い、共有された接続パターンに基づいてニューロンをグループごとに分類、情報が脳内をどのようにして伝播するのかを調べました。
そして、最終的に両大学のチームが協力して全ニューロンとシナプスの繋がりを3DCG化、脳内での役割によって各ニューロンを分類しました。これはいわば微細な脳のリバースエンジニアリングを実行、完遂したと言えるかもしれません。ちなみに、この研究は、配線図の完成までに12年の歳月を要しました。
キイロショウジョウバエは、複雑な学習行動と意思決定行動を持っており、神経科学研究において最も研究されている動物のひとつです。しかも、今回作られた脳のマップは、機械学習アーキテクチャーを思わせる回路の特徴を明らかにし、新しい人工知能の開発のヒントになる可能性もあると説明されています。
ジョンズ・ホプキンスの生物医学技術者、Joshua T. Vogelstein氏は「ハエの脳の接続について学んだことは、人間の脳の解析にも影響を与えるだろう」「それこそが、我々が理解したいと思っていることだ」と述べました。そしてこの成果から「いつか人間の脳ネットワークに接続して作用するプログラムを、どのように書けば良いかが分かるかもしれない」としています。
研究者らは、すでにハエの成虫の脳のマッピングにも取り組んでいるとしています。それは成長によって現れる脳の発達の変化を比較できるからですが、成虫の脳は幼虫の100万倍の大きさがあるともいわれ、途方もない量の作業が要求されることになりそうです。それでも、Vogelstein氏は「今後10年以内に実現するかもしれない」と述べています。
ちなみに、現在研究者が使っている脳接続分析ソフトウェアは数百万の神経回路を追跡できるとされています。しかし、人間の脳の神経回路は数兆本とも言われており、人間の持つ意識や複雑な思考のカギとなる、ヒトの脳の配線図が完全に解明されるのは、まだかなり先の話になりそうです。