米IBMの高性能コンピュータ「ワトソン(Watson)」が、人気クイズ番組で歴代チャンピオン2人に圧勝したのが2011年のこと。25人が4年がかりで開発したワトソンは、病気の診断や治療方法の提案に活躍すると期待がかけられましたが、現在の大規模言語モデルのように大きな影響力を持つには至りませんでした。
それから12年、その名を受け継ぐ法人顧客向けのAI開発スタジオ「ワトソンX(WatsonX)」が誕生しました。
IBMは現地時間9日、年次イベントThinkにてワトソンXを発表。企業が信頼できるデータを用いて最先端のAI活用の拡大・加速を可能とする、新たなAIとデータを組み合わせた基盤と謳います。2023年7月から提供予定です。
同社のクリシュナCEOは、イベントに先立つ囲み取材でワトソンXの概要や、開発した背景を説明。最近AIをめぐる盛り上がりを認めつつ、企業顧客、特に規制のある業界や精度、スケーリングにこだわる会社には警戒心があるとのこと。そこで一般ユーザー向けの生成AIプラットフォームではなく、企業ユーザーのニーズに特化したと強調しています。
より具体的には、ワトソンXは企業が独自のAIモデルを訓練するために使える基盤モデルとスタジオ(ツール・機能群)やデータ・ストア、ガバナンス・ツールキット(データのセキュリティ保護や正確性を管理するもの)の総体です。つまり、各企業が持つ独自データを反映させて、安全に自社専用のAIプラットフォームが開発できるというわけです。
これに最も近いものは、最近NVIDIAが発表した「AI Foundations」かもしれません。どちらも、企業がAIプラットフォームを独自に構築、訓練、拡張、展開するソリューションを提供するように設計されています。
すでにIBMはNASAと共同でAI基盤モデルを活用しており、衛星画像を自然災害や気候変動による変化を追跡する地図に変換することに貢献しているとのこと。
初代ワトソンはクイズ番組で華々しい注目を集めたものの、実際の業務に一大変革をもたらすことにはならず、ヘルスケア部門「Watson Health」も2022年には売却しています。しかし売却額は約10億ドルに上り、当時IBMの幹部は「プラットフォームベースのハイブリッドクラウドとAI戦略にさらに注力するための明確な次のステップである」と述べていたことから、単純に失敗と見なしたわけではなく、最近のトレンドであるクラウドコンピューティングと大規模言語モデルにリソースを再配分する戦略の一環だったようです。
ともあれ、その志を継ぎつつ細やかに企業のニーズに寄り添うよう設計された新生ワトソンXは、やがて社会の隅々に浸透し、一般の人々と対話するのかもしれません。