リッチではなくお手軽がトレンドになる? PC不要のQuest版VRChatに注目するべき理由(武者良太)

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武者良太

フリーライター。クリエイターコミュニティとしてのソーシャルVRに注目し、東洋経済オンラインにて「メタバースの世界」を連載中。xR関連の共著に「仮想空間とVR」「アバターワーク」(共にMdNコーポレーション)がある。

特集

今年中にリリースが予告されているスマートフォン版によって、さらに多くのユーザーがログインすると考えられるモバイルプラットフォーム対応のQuest版VRChat。デバイスのハードウェア性能の違いから、自由度の高いPC版と比較して強い表現制限があるなか、仮想空間をどう作り込んでいくべきか。

韓国VTuberの配信では、再生数7.5万人を超えるほどの注目を集めたQuest版VRChatワールド制作者のムシコロリさん(@coloriLab)に、Quest版ワールド作りにおいて重要なポイントをお聞きしました。

まずVRChatについて軽く説明をしておきましょう。VRChatはメタバースと呼ばれるプラットフォームの1つ。フォートナイトやRobloxのようなゲームで遊ぶことを軸としたコミュニケーションではなく、仮想空間=ワールドのなかでアバター姿となり、他のアバター(プレイヤー)とのダイレクトな会話を楽しむコミュニケーションが求められる場です。

ソーシャルVRとも呼ばれますが、テキストや写真、動画ベースのSNSとは接し方が大きく異なるんです。基本的にリアルタイムなトークor身振り手振りで感情を伝え合うので、感覚としてはDiscordなどのボイスチャットや、Zoom飲みの延長線上にあると言えます。

実際に飲み会の場として使う人も多く、他にも演劇や音楽ライブ、クラブイベントなど、一人でログインしても楽しめるイベントも多数存在しています。

▲大海原でヨット旅ができる「Sailing」(PCオンリー)。波の描写も音もリアルそのもので高精細。潮の香りを感じてくるほど脳がバグる。

そんなVRChat、実は大きくわけて2つの世界があります。1つはMeta Quest 2単体でもPC環境でも見られるクロスプラットフォームな世界(VRChatはWindows PC版とQuest版が提供されている)。ワールドもアバターも軽量かつ、シンプルなギミックに限定されます。例えばワールドの総データ容量は100MBまで。木々や葉の揺れる動きなどは画一的にせざるを得ないところがあり、モバイルデバイスのCG表現だなあと感じちゃうところも。

▲スタジアムめがけて降ってくる超巨大隕石をバットでカッキーンと打ち上げる「Meteo Knock」(クロスプラットフォーム)。

もう1つはPCがないと見られない世界です。1GBを超える超美麗なワールドも堪能できるし、豪華絢爛に着飾ったアバターが多数踊りまくるイベントでも遊べます。容量がかさむナチュラルな表現にもこだわれます。

このことから、表現の場としてVRChatに注目する方の多くは、PC Onlyなワールドや、リッチな作りのアバターを好む傾向があります。筆者自身も、そうです。

Questユーザーのほうが多く集まる時間帯も

制限はあるけどアクセスするためのハードルが低いクロスプラットフォームワールドと、クオリティを追求できるもののハイスペックなPCが必要なPCワールド(中にはハイエンドグラフィックスカードGeForce RTX 4090でも低FPSとなる世界もある)。どっちが人気なのでしょうか。VRChatのワールド紹介を行っている「VRChatの世界(β)」で調べてみました。

15万近くあるワールドのリストを総訪問回数順(Visits)でソートすると、上位100ワールド中、クロスプラットフォームワールドは79件。基本ホームワールドである「VRChat Home」や、以前までは「VRChat Home」から直接移動できる「The Black Cat」(共にクロスプラットフォームワールド)のスコアが高いのは必然とはいえ、この差には驚きます。

もしかして、Quest版VRChatユーザーって増えているの?

▲VRヘッドセットを用いるメタバースの中で多くのユーザーを集めているVRChatの通算アクセス数。

そこでSimilarWebでVRChatへの通算アクセス数を見ると2023年4月は720万(うち日本からのアクセス数は10.45%、約75万アクセス)。またVRChat API Metricsで4月に最もアクセスが多かった時間のユーザー数を調べると、トータルで7万8695ユーザーのうちSteamユーザー(PC VRユーザー)は3万5915ユーザー、Quest/Quest 2ユーザー数は4万2780ユーザーでした。

▲VRChat API Metricsで見えてくる日々のVRChatユーザー数。

PC VRユーザーのほうが多い時間帯もありますが、Questユーザーは明らかに拡大傾向にありますね……。

スマートフォン版によってクロスプラットフォームの注目度が高まる

そういった状況のなか、VRChatは今年の夏くらいに、Androidスマートフォン版のリリースを予告しています

最初に使えるのはVRChat Plusというサブスク利用ユーザーのみ。その後、秋から冬にかけて一般公開。また(時間がかかると明言しているものの)iPhone版のリリースも視野に入れているそうです。

Quest 2のOSはAndroidをカスタマイズしたものゆえに、Androidスマートフォン版のほうが早く開発できるということでしょう。またVRChatに慣れ親しんだVRChat Plusユーザーから利用してもらうことで、手持ちフラットディスプレイでのUI/UXを詰めていく狙いがあると考えられます。

ともあれスマートフォン版VRChatがリリースされれば、クロスプラットフォームワールドやクロスプラットフォーム対応アバターの注目度がより高まることに間違いないでしょう。

VRChatの限界を超えるワールドを目指して

VRChatでは様々なイベントが開催されてきましたが、近年はクロスプラットフォーム対応ワールドを使うイベントが増えてきました。容量や使用できるギミック等に制限があるだけに、多くの人が満足するクロスプラットフォーム対応ワールドは難しいものがあるかなとも感じます。

というわけで前段が長くなりましたがここからが本題。そこでVRChatの人気イベント・VRCボクシング大会の会場ワールドや、VRCボクシング練習会で使用している「VRC BOXING GYM JP/EN/KR」の制作を行ってきたムシコロリさん(@coloriLab)に、Questで楽しめる(きっとスマートフォン版でも楽しめる)ワールド作りについて尋ねてみました。

▲ホテルカデシュ(VRChat映画撮影団体)、 VRCボクシング(VRChatボクシング団体)、VEGA(VRChatゲームクリエイター団体)に所属しているムシコロリさん。

「VRCボクシング大会、VRCボクシング練習会ですが、以前までは海外のユーザーが制作した『Udon Boxing』というワールドを使っていました。しかしこのワールドの更新が止まり、VRChat側の仕様変更により将来的に使えなくなるかもしれないということで、新規に開発することになりました」(ムシコロリさん)

▲激しい攻防となると、3D CG表現を活かしたエフェクトが場を盛り上げる。

最初は基礎部分となる、グローブギミックが対戦相手の当たり判定部分に当たった際のCGエフェクトを開発。続いて体力ゲージやスタミナゲージ、ゲージ消費技などのギミックを追加していったそうです。

しかし、単体のVRゲームとしても成り立つ完成度のゲームワールドの開発期間が2カ月というのは、すごい。

「当たり判定の処理やゲージの増減といったギミックそのものは簡単だったんです。しかし同期が難しいんです。ネットワーク関連の処理をできるだけ高速化するタスクで苦戦しました」(ムシコロリさん)

ユーザーごとに異なる回線状況だけではなく、ハードウェアやアプリの選択によっても同期速度の差が出てきます。特に競技として成り立つほどのレスポンスを重視したムシコロリさんのワールドでは、Steam VRやVirtual Desktopなど他のアプリが起動している環境ほど同期遅延が起きるそうです。

▲VRCボクシング大会はeSportsの1つとして行われるため、厳格なレギュレーションが定められている。

対戦アクションゲームにおいての同期ズレは確かに致命的。その難題にクロスプラットフォームワールドで取り組んだムシコロリさんですが、実はQuest 2単体でも入れるワールド作成は今回が2回目だったそうです。

▲データ容量を抑えながら広い空間や、VRボクシングゲームの面白さを支えるギミックを盛り込んでいる。

「主に総データ容量が200MBを超えるようなPC VRワールドを作ってきました。VRCボクシング大会の会場ワールドとVRC BOXING GYM JP/EN/KRは、Questでも遊べることが前提だったので、ワールド内にあまりオブジェクトを置かないように配慮しています。それでもリングだけが見えるものではなく、戦っている間でも開放感が感じられるような空間が感じられるようにしました。大会の会場ワールドは2階席や実況席、花道なども作り、後楽園ホールの雰囲気が感じられるようにアレンジしています」(ムシコロリさん)

定期的に行われているVRCボクシング大会では、選手や関係者、観客を含めて80人ものユーザーが入れます。これだけ多くの様々なアバターがログインしていると、Quest 2では多大な負荷がかかるため、選手や観客向けの軽量アバターを用意しています。また開発の初期段階から、Quest環境に合わせたシェーダーを用いて見た目を統一するなどの工夫もなされています。

「VRChatの一部には『しょせんVRChatだから』といった諦めの空気があるんです。データは軽くしないと快適にならないとか、1つのインスタンスに多くのユーザーが入れないといったVRChatの仕様からくるものなのですが、『PROJECT: SUMMER FLARE』(アドベンチャーゲームワールド)や、『ORGANISM』(リミナルスペースワールド)などのように、閉塞感を壊したワールドもあるんです。僕もそういう、いろんな意味でVRChatの限界を超えるワールドを作ってみたいんです」(ムシコロリさん)

VRCボクシング大会の会場ワールドや「VRC BOXING GYM JP/EN/KR」でも、できるだけ多くの人に、VRボクシングで競い合っている現場の雰囲気を味わってほしかったというムシコロリさん。多くの人が集い、腕を振り声を上げるスポーツ試合会場の体験をクロスプラットフォームワールドで実現したその実力は確かなもの。Quest 2を持っているVRChatユーザーにとって彼のクリエイティブは見逃せないものとなりそうです。

また、企業が取り組むVRChat案件においてもクロスプラットフォームワールドが注目されてきており、Quest 2に合わせた、そして今後はスマートフォンの画面での見栄えに合わせたワールド制作ができるクリエイターに注目が集まっていくとみました。


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(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
《武者良太》
武者良太

フリーライター。クリエイターコミュニティとしてのソーシャルVRに注目し、東洋経済オンラインにて「メタバースの世界」を連載中。xR関連の共著に「仮想空間とVR」「アバターワーク」(共にMdNコーポレーション)がある。

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