シンセよ俺を取り囲め!「鍵盤の城」を叶える「KORG Gadget VR」体験。そしてわかった、Vision Pro非対応な理由(CloseBox)

ガジェット XR / VR / AR
松尾公也

テクノエッジ編集部 シニアエディター / コミュニティストラテジスト @mazzo

特集

新しいデバイスが出たら、そこではまっさきにKORGのシンセサイザーが動く。そんな流れがここ15年ほど続いています。今回はその最新の例として。MetaのVRヘッドセットに対応した「KORG Gadget VR」を使ってみたよという記事です。

Nintendo DS上で1978年発売のアナログシンセKORG MS-10を動かす「DS-10」(2008年)、iPadではMS-10の上位機種であるMS-20を動かせるようにした「iMS-20 for iPad」が登場しました(2010年)。Nintendo 3DSではミュージックワークステーションことKORG M1を移植した「KORG M01」が生まれました(2010年)。そして、DAW(デジタルオーディオワークステーション)のKORG GadgetがNintendo Switchで動くようになりました。それが「KORG Gadget for Nintendo Switch」(2018年)。

筆者はこの手の楽器と電子機器が融合したようなガジェット楽器が大好物で、過去にもこんな取材記事を書いています。

DSでフル動作するアナログシンセを作り出した人たち
iPadでアナログシンセの名器復活! 「iMS-20」開発チームに聞いてみた

KORG Gadget for Nintendo Switchから5年。今度はこのKORG GadgetがVRの世界にやってきました。それが「KORG Gadget VR」。2021年に開発意向表明とデモ動画が公開されていたのが、2年を経て製品として登場したというわけです。

面白いのが、これらのシンセサイザーの移植にあたっては、KORGの開発陣だけではなく、もう1社がずっと関わっているというところ。DS-10はAQインタラクティブですが、その次からはDETUNEという企業が開発協力をしています。そしてそれらのプロジェクト全てに関わっているのが、佐野信義さん。

いや、佐野電磁さんと言ったほうがゲーマーには通りがいいでしょう。「リッジレーサー」をはじめとする数々のゲームミュージックをナムコ在籍時代に作り出したことで知られていますが、現在はDETUNEの代表取締役を務めています。

その佐野電磁さんの現在のお姿。

さすがの勇姿です。

KORG Gadget VRはKORGとDETUNEの共同開発ですが、販売はDETUNEが担当します。

鍵盤の城を作りたい、四方をシンセで囲まれたい

なぜシンセをバーチャル空間に持ってくる必要があるのか。

キース・エマーソン、リック・ウェイクマン、エディー・ジョブソンといった偉大なキーボードプレーヤーのように、自分の四方にMoogモジュラーシンセサイザー(タンス)、Hammondオルガン、ピアノを配置し、さらに2段、3段とシンセサイザーを重ねていく「鍵盤の城」を構築するのはシンセサイザー少年少女の夢。シンセ少年がシンセ老人になってもその夢は続いています。

▲リック・ウェイクマン公式サイトより

筆者宅もある程度は鍵盤の城化できているのですが、若輩者ゆえまだまだ。メロトロンもローズエレピも持ってませんし。サブミキサーや、今時はMacBookや大型ディスプレイも置かなくてはならないので、どんどん高さが増してしまいます。四方を囲むと出入りが面倒だったりもします。

じゃあそれをバーチャル化しちゃえばいいじゃない、ということで、Oculus Riftが登場したときからずっと「空間に自由に配置できるシンセはまだかのう」と心待ちにしていました。

でも、いつまで経ってもそんなものは出てきません。そこへ唯一の希望として登場したのが先述の「KORG Gadget VR」だったというわけです。

KORG Gadgetとは何か

ではここで、KORG Gadgetについて軽くおさらいをしておきましょう。

このアプリはDAWとは言いながら、Cubase、Logicなどとは違う、相当に変わったソフトです。KORGが独自開発した、クセの強いシンセサイザーやドラムマシン(物理では存在しない)を複数台使い、それぞれの音色をパネルで操作し、ピアノロールでループさせて音作りをしていくというもの。リアルなシンセサイザーをソフトウェア化しているということだと、PropellerheadsのReason、その前身であるReBirth RB-338に近い製品です。ReBirthは、TB-303、TR-808、TR-909を統合したソフトウェアシンセサイザーでした。

KORG Gadget、元々はiPad用とiPhone用でしたが、Mac、Windows、Nintendo Switchへと移植されて、さらにMeta Quest 2 / Proでも使えるようになったというわけです。

KORGは内蔵している楽器1つひとつを「ガジェット」と呼んでいます。

iOS / iPadOS版では、29種類ものガジェットが使えます。基本モジュール以外はアプリ内課金で購入できますが、別販売の独立したアプリを購入しておくと、単体での使用だけでなく、KORG Gadget内の音源「ガジェット」として使えるものもあります(MS-20、ARP Odysseyなど)。KORG Gadget for Nintendo Switchでも16種類のガジェットがプリセットされています

▲iPad版KORG Gadgetのガジェットたち

KORG Gadget VRでは、拡張性が大幅に制限されており、使えるガジェットの種類は6。6台のシンセ / ドラムマシンやミキサーで自分を取り囲み、中央にいる自分がそれらを操作できるという仕組みです。

利用できるヘッドセットは現在のところ、Meta Quest 2とQuest Proの2種類。さらに、アプリも2種類に分かれています。アプリはPCで計算してその結果をヘッドセットに送る、SteamVRを使ったSteam版と、ヘッドセット単体で動作するApp Lab版があり、それぞれ3980円、2980円と価格が違います。

今回はApp Lab版を試してみました。App Labというのは、Metaの通常のアプリストアでは審査に通過できないような製品を流通させるための場所。しかしMetaの公式です。でもいったん購入すれば、Questヘッドセット単体で動作するので、まずはこちらでやってみましょう。

最初はQuest 2で試してみました。

KORGの製品ページには、VR版に入っているガジェットの種類が明記されていないので、まず何が入っているかを確かめます。

※執筆時点では記載がないと思っていたのですが、別ページにあるということを教えていただきました。ありがとうございます。「Gadget Collection」というリンクをたどるといけます。でもこのリンクはわかりにくいので、修正してほしいです。

緑のやつは「Miami」。Monophonic Wobble Synthesizerとあるので、ウォブルベースをブンブンいわすならぴったりのベースラインシンセ。

ゲーム筐体っぽい作りになっているのはPolyphonic Chip Synthesizer「Kingston」。8bitゲーム機のPSG音源をベースにしたチップチューン専用です。

中央に大きなディスプレイがあって波形が波打っているシンセは「Warszawa」。Wavetable Synthesizerと説明がある通りのウェーブテーブルシンセ。

黄色い筐体は「Kiev」。Advanced Spatial Digital Synthesizer。4種類のオシレーターを中央のX-Yパッドでモーフィングさせる「ベクターシンセシス」が可能です。

黒くて横長のシンセは「Chiang Mai」。Variable Phase Modulation Synthesizerと名付けられています。通常のアナログシンセに加え、ハーモニクス、デプス、エンベロープをいじれる2VCOシンセ。ベル系のサウンドが得意らしい。

最後にドラムマシン。Hypersonic PCM Drum Module「London」。これは、モジュールが2つ用意されています。それぞれ8個のパーカッションがアサインされているので、合計16個のドラムサウンドが同時に鳴らせます。

正面にはミキサーが配置されていて、時計回りにKiev、Kingston、London、London、Warszawa、Chiang Mai、Miamiという並びです。

パネルなどの文字は身を乗り出してガジェットに近づかないと読み取れないため、直感的な操作は難しいと思います。操作方法を熟読して覚えてしまいましょう。DETUNEのサイトにはマニュアルがあります。まずこちらをよく読んでおきましょう。

習熟すればヘッドセットをかぶるだけで四方八方に配置したピアノロールとその下のガジェットを駆使した音色コントロールができるので、音楽制作に没入できると思います。操作はハンドコントローラーを使い、さらにジョイスティックで上下左右にフォーカスを移動させるので、位置決めはわりとアバウトでもいい感じです。

左右2つのコントローラーを使う操作は、Switch版から引き継がれたものと言えるでしょう。

コントローラーの使い方は次のとおり。音符の移動は左手のスティック、プレイ / ストップは左手のXボタン、パネルのノブの値を上下させるときには右手のスティックを使う、といった具合。これらは体に叩き込んでおく必要があります。

上位機種であるQuest Proでも試しました。

Quest ProではQuest 2で気になっていた画面のチラツキが軽減されていて、ガジェットのパネルもなんとか読み取れそうなくらいにはなっています。これならば普通に音楽制作に使えそうです。

四方を囲むガジェットと、その上に配置されているピアノロール。体を回転させると、それぞれのガジェットの音色をパネルで操作し、音符をピアノロールに置いていきます。

これまでのKORG Gadgetでは複数の楽器、複数のピアノロールを同時に表示することはできませんでしたが、KORG Gadget VRは自分の頭を回転させれば他の楽器も一望できます。これらの楽器は全て同期しているので、どのようにシーケンスが進み、どんな音が鳴っているのかを体感しながら音作りができるのです。これはたいていのDAWでもできないこと。

クルクル回りながら作ってみた動画がこちら。後半はアプリ内マニュアルを見ていますが、この時点ではDETUNEサイトに取扱説明書があることに気づいてませんでした。

Apple Vision Proへの移植は不可能?

一方で、KORG Gadget VRの今後の進化には難しさも感じます。それはどこかというと、製品ページで「Apple Vision Pro」への対応予定なし、と明言しているところです。

* 対応している VR ヘッドセットは Meta Quest 2 / Pro になります。Apple Vision Pro への対応予定はありません。(2023/07/07 現在)

日本で発売されるのはおそらく1年以上先であろうことなのにわざわざ言及するというのは、それだけ期待されてしまうということの表れなんでしょうが、「いやいやまだ諦めないでよ。iPadだってiPhoneだってやってきたでしょう? iPad版もあるんだから、それをそのままコンパイルすれば動くんではないでしょうか?」と言いたくなります。

それでもVision Pro版を作るのが非常に難しいのは2つの点で明らかです。

まず、操作には2台のハンドコントローラーを前提としていること。コントローラーを排してアイトラッキングと手元での指操作だけというVision Proでは操作体系を完全に作り変えなければなりません。これだけでも大問題です。

もう1つは、このアプリ自体がUnreal Engineで開発されていること。Vision ProではUnityサポートはうたっていますがライバルのゲームエンジンであるUnreal Engineは対象外。KORG Gadget VRはUnreal Engineで作っているので、Unityでの作り直しは、モデリングデータの流用が効いたとしても困難が伴うでしょう。

いや、DETUNEのプレスリリースではちょっとニュアンスが違います。

Apple Vision Pro 対応は未定です。

未定ってことは可能性はあるってこと、と期待しましょう。

Vision Proでガジェット楽器をあちこちに配置し、パッチを繋ぎ換え、空中にカオスパッドで描くメロディーで自由かつ壮大なサウンドを作り出す、Vision Proの発売時にはそんな夢も実現してくれるといいなあと思っています。AppleはVision Proサードパーティアプリの1つとして、djayを取り上げてましたが、空間コンピューティングでまずやるべきなのはむしろ空間シンセサイジングでしょ!

《松尾公也》

松尾公也

テクノエッジ編集部 シニアエディター / コミュニティストラテジスト @mazzo

特集

BECOME A MEMBER

『テクノエッジ アルファ』会員募集中

最新テック・ガジェット情報コミュニティ『テクノエッジ アルファ』を開設しました。会員専用Discrodサーバ参加権やイベント招待、会員限定コンテンツなど特典多数です。