Beats Studio Proレビュー。Apple Musicの空間オーディオをカジュアルに愉しめるひとつの選択肢(本田雅一)

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本田雅一

本田雅一

ジャーナリスト/コラムニスト

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ネット社会、スマホなどテック製品のトレンドを分析、コラムを執筆するネット/デジタルトレンド分析家。ネットやテックデバイスの普及を背景にした、現代のさまざまな社会問題やトレンドについて、テクノロジ、ビジネス、コンシューマなど多様な視点から森羅万象さまざまなジャンルを分析。

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Beatsが発表したBeats Studio Proは、軽量コンパクトで強力なアクティブノイズキャンセリング(ANC)機能を備える同ブランドの最上位ワイヤレスヘッドフォンだ。

結論から言うと、空間オーディオを存分に愉しめる、Apple Musicや空間オーディオ対応の各種映像配信サービスで立体音響を愉しめる、低価格なワイヤレスヘッドフォンを求めているなら注目すべき製品だ。

Apple Musicの豊富な空間オーディオライブラリを最高の状態で楽しめるオーバーイヤー型の空間オーディオ対応ヘッドフォンとしては、アップルのAirPods Maxが最上位に君臨している。その音質や価格、仕上げなどの仕様は議論の対象になることもあるが、贅沢にコストをかけた最高峰モデルであることは間違いない。

アップル製品と同じように空間オーディオを楽しみたい場合、選択肢はBeatsブランドの製品しかない(空間オーディオ再生を強制オンにすることも可能だが、同様の立体感は楽しめない)。

Beats Studio ProはAirPods Maxよりもカジュアルかつシンプルな構成で、価格的にも購入しやすい。その部分をどう評価するかが、本機を積極的に選ぶか否かのポイントになる。


アップルが"Apple"ではなく"Beats"を持つ理由とは?

音楽カルチャーに根差したブランドとして、ミュージシャン、スポーツ選手などの著名人を通じたマーケティングやアイコニックなデザインで、とりわけ若年層に人気のあるブランドでもあるBeats。

ご存知の方も多いだろうが、Beatsはアップル傘下の企業だ。

高級オーディオケーブルメーカー"Monster Cable"との協業で始まったBeatsはその後、独立したブランドとして発展し、イヤホン、ヘッドフォン、スピーカーを販売するBeats ElectronicsとBeats Musicとなっていたが、2014年にアップルが買収している。

Beats Musicは買収後のApple Musicへとつながる流れを生み出したが、オーディオ機器ブランドとしてのBeatsはその後、独自の製品企画や設計が施されつつも、全面的あるいは部分的に"アップルの技術"を取り込むことで商品としての魅力を高めている。

Beats Studio Proも「一目でわかるBeatsらしい」ヘッドフォンという側面もあるが、Beatsブランドを知らない、あるいはこれまでに興味を持ってこなかった読者にとっては「アップルのコンピュテーショナルオーディオ技術が組み込まれたより購入しやすい価格帯のヘッドフォン」という側面が大きい。ただし、"廉価版"のアップル技術搭載ヘッドフォンと結論づけたいわけではない。

良くも悪くもBeatsはBeatsだ。アップル製品ほど洗練はされていないが、アップル製ヘッドフォンの良さを取り込み、製品の魅力として取り込んでいる。

Beats Studioというブランドは、まだ有線方式かつノイズキャンセリングもアナログ方式だった初代モデルから引き継いでいるものだ。こまかな意匠は異なるが、押し出しの強い"b"ロゴは引き継がれており、折りたたみ可能な幅広いヘッドバンドなど、当時から引き継いでいるイメージもある。

それ以降、Studioという製品ラインはヘッドフォン最上位モデルに与えられてきたが、アップルに買収されてからのBeats製品は、最先端のデザインアプローチや提案をモデルよりも、アップル技術を搭載したよりカジュアルな価格帯、カラフルで幅広いバリエーションといった方向に変化していた。

近年はここに"Android対応"も加わっており、本機もiPhoneやiPad、Macといったアップル製品だけではなく、Android端末との接続、ファームウェアアップデートなどがサポートされている。

若年層向けにブランドが浸透しているBeatsを通じて、アップルブランドとは異なる価値観の製品を、というのを意識しているのだろうか。価格帯がアップルブランドよりも下に設定されている(AirPods Maxに比べるとおよそ2万円安い)が、実際のインプレッションもそうしたイメージから受ける印象、想像に近いものだった。

間口は広く、コストは抑えめ、そして"空間オーディオ対応"

アイコニックなBeatsらしいデザインは見た通りとして、ハードウェアそのものはコストの掛けどころを取捨選択し、間口を広げることでターゲットの顧客を広く取って作り上げた中価格帯のワイヤレスヘッドフォンという印象だ。

低反発フォームを用いたイヤーパッドは良好、側圧が強めの印象があるBeatsヘッドフォンだが、本製品は適度、比較的軽量コンパクトで折畳時に薄くはならないものの、かなり"小さく"なる。その上、重さは260gと軽量。出先で毎日使う普段使いのワイヤレスイヤホンとしてのハンドリングは良い。

一方でプラスティック部品の質感は特別なものではなく、ヘッドバンドの金属部品とプラ部品の嵌合部にちょっとした隙間を感じるなど、コスト抑制を意識しているようだ。

しかし悪い話ばかりではなく、操作性の面ではセンサーに頼らず、機械的なスイッチであらゆる操作を行うところはクラシカルではあるが、確実な操作性に好感を持つ人もいるだろう。

たとえば装着検出のセンサーがないため、ヘッドフォンを外しても自動オフにはならず、電源やANCのオン/オフ、再生制御、音量調整などもメカスイッチに割り当てられているため、不意なタッチ操作による誤操作もない。

受け取り方には個人差があるだろうが、確実に操作できるという意味で好ましいと感じる。電源に関しても、自分自身でオン/オフを確実にしておきたいなら悪い仕様ではない。

iPhoneをはじめとするアップル製品の周辺デバイスとして設計されているAirPods Maxとは異なり、本機はAndroid端末での利用も意識しているだけではなく、アナログケーブルによる入力やUSB Type-CケーブルでPCやMacと接続、ハイレゾ再生も可能なDACモードも備える。

一方で(アップル製品と組み合わせた場合の)空間オーディオへの対応やiPhone内蔵深度センサーを用いて耳の形状を計測する個人向け最適化に対応する。iOS/iPadOSなら、機能へのアクセスがOSに統合されているため、コントロールセンターから各種機能を使いこなせ、ヘッドトラッキングにも対応、"Hey, Siri"によるボイスリクエストも可能だ。

本機には"アップル製の半導体チップ"は搭載されていないため、"一度、アップル製品とペアリングすると他所有デバイスにも登録される"といった面での連携は可能だが、使用中のデバイスに接続デバイスが自動で切り替わるといったことはできない。

必要十分なANC能力とバッテリー持続

Beats Studio Proは内蔵マイクを増やすことでANC能力が高められているというが、筆者の手元にはBeats Studio 3がないため前モデルとの比較はできない。

しかしAirPods Max、ソニーのWH-1000XM5などと比べてみると、やや高域のANC能力が低いかもしれないが、Bang&OlufsenのBeoplay H95よりはキャンセリング能力が高いと感じる。ただし、ここでいう「ANC能力の体感」は除去するノイズ音圧ではなく、主に除去する周波数帯の幅。もちろん厳密には全帯域での除去量には違いがあり、WH-1000XM5は流石の効き具合。しかし、オーバーイヤー式はそもそも、パッシブのノイズ遮蔽能力(特に高域)がイヤホン系よりも高い。ANCの効き味にしてもドライバの低域再生能力がイヤホンよりも高いため、低域の補正能力も十分だ。

つまり違いはあるけれども、実用上の違いとして大きな差があるかといえば、「製品選びにおける優先事項じゃないよ」ということだ。十分なANC能力があり、それはBeoplay H95よりも良く感じたぐらいだから、まぁいいじゃないか、というのが本音である。なお、付け加えるとBeoplay H95のANC能力にも不満があるわけではない。

能力に違いはあっても、ANC能力は競争軸の中心ではないな、というのが率直な感想だ。ただし絶対的な能力以外での違いは感じる。

ここで名前をあげた製品で言うと、AirPods MAX、WH-1000XM5は、屋外でANCを効かせた場合、あるいは外音取り込みモード時の風切り音がうまく処理されているが、Beoplay H95とBeats Studio Proは少しばかり耳につく。

とはいえ、それも選択肢から外すほどの違いではない。

それはバッテリー駆動時間にも言えることで、最長40時間とされるバッテリー持続時間は音量やANCのオン/オフなどで左右されるものの「まぁ、細かいことはいいじゃないか」という程度には長持ちする。ライバルが30時間であるにしろ、50時間であるにせよ、そこはやはり本製品を評価する上での中心ではない。


作り込みの難しさを感じるDACモード

ところで本機をPCやMac、iPadなどに直接接続してハイレゾ音源が再生できる機能に注目している人もいるだろう。しかし、この機能は本機を選ぶ上での参考程度に見ておくほうがいいと思う。

同様の機能を持つマークレビンソンのNo5909は、聴き比べると明らかにUSB接続時の音がよく、音場再現性や細かな情報量に格段の差があった。出先は手軽にワイヤレス。自宅やオフィスでは落ち着いてUSB接続といった使い方ができる。

本気も同じ使い方が可能で48kHz/24bitのデジタル信号をPCMデータで受け取り、再生できる。しかし音質はと言うと微妙だ。より明瞭で情報量も多く、元気の良い音にはなるのだが、高域がややキツめで歪みっぽさはむしろ悪化する。エンジニアがきちんと聴いて音をチューニングしたようには思えない。また、USB接続時は空間オーディオが利用できなくなるという制約もある。

オーディオ装置では、信号経路が変化するとチップ内の動作がまるで変化する上、電気的にコンピュータと接続することで電源からGNDまでPCやMacが出すノイズにも影響される。

こうした入力経路、端子ごとにオーディオ的な品質を合わせるのはなかなか難しいもので、もっとサイズが大きなAVアンプなどでもかなり気を遣う。ましてや極小基盤で異なる信号経路をいくつもサポートとなると、音質を整えることは難しい(のだろうな)というのが率直な感想だ。

このUSB接続でのモードは、電池残量がない場合などに充電しながら利用できるという大きな利点があるので無駄ではないのだが"DACモードに高音質"を求める向きにはちょっと違うよとはお伝えしておく。

しかしBeats Studio Proには、大きな優位性がある。それは前半でも書いた通り、空間オーディオに対応していることだ。

"難を隠す"、空間オーディオでのリスニング

Beats Studio Proの基本的な音作りは素直で、そこにはあまり強い意志を感じない。もともと、ブラックミュージックの重鎮であるドクター・ドレーが共同創設者ということもあり、低域の量感や力強さがやや強調されているんじゃないか? といったイメージを抱かれがちだが、初代モデルから一貫して(ベースを強調するような)チューニングのバイアスはない。

このことは、製品全体の作りにも良い影響を与えている。というのも、ドン! という力強いイメージの低音感、あるいはドーン! と量感をたっぷり出す音作りになっていると、どうしても高域側のエネルギー感も多めに盛らないとバランスが取れなくなる。

いわゆる"ドンシャリ"傾向になるわけだが、ワイヤレスヘッドフォンのように、デジタルとアナログが混在し、そこに無線技術までがコンパクトに統合されているような場合、高域を盛ってしまうと"嫌な音"まで大きくなる。直接的にノイズを感じるというのではなく、全体に硬く、長時間のリスニングで疲れやすくなったり、あるいは音像のシャープさの割にその周囲にフワッと広がるはずのニュアンスが感じにくくなったりする。

これはアップルブランドの製品にも共通する部分だが、低域や中低域に強い演出を与えていないため、高域でバランスを取る必要がなく、不自然さが強調されない無難な作りだ。

ただし情報量が多いかというとそうではない。音作りとしては素直だが、ハードウェアのプラットフォームとしては中庸だ。前モデルからは改善されているのだろうが、音質に(大きな不満もないが)特別感はない。人によっては低域再生能力に物足りなさを感じることもあるだろう。

しかしBeats Studio Proには大きな武器がある。それは空間オーディオ対応だ。特にiPhone、iPad、Macといったアップル製品でApple Musicと組み合わせて楽しむなら、細かな音作りよりも"音場全体をふんわりと心地よく聴かせる"という面で良い体験を与えてくれるからだ。

Apple Musicは空間オーディオ対応楽曲が多く(特に洋楽のポピュラー系は多いがクラシックも意外に少なくない)、またiOS/iPadOSではステレオ音声の左右位相差を検出しての"空間オーディオ化"も思いのほか、うまく機能してくれる。これらのデバイスを使っているなら、空間オーディオ化を固定モード(ヘッドトラッキングを使わないモード)にすれば、グンと体験レベルが上がる。

"空間オーディオ"重視なら費用対効果で最も高い選択肢

Beats Studio Proは純粋な音質を、静かな部屋で鎮座して評価するような人にはおすすめはしない。そのブランドやファッション性への共感を持つ人、あるいは空間オーディオに対応したオーバーイヤーのヘッドフォンを求めるなら、それなりの価格ではあるが、それでも費用対効果が高い選択肢だと思う。

そろそろアップルのAirPods Maxも新モデルが登場しそうな時期ではあるが、おそらく価格的には別クラスになるだろう。iOS/iPadOSと組み合わせて良い空間オーディオ体験が得られるヘッドフォンのブランドが、さらに多くのメーカーに広がる可能性は今のところなさそう、ということを考えれば、その一点でこの製品を選ぶ価値がある。


《本田雅一》
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