Apple M3搭載の新MacBook Airが発売となった。結論から先に書いておこう。
M3を搭載したことによる変化は、M2搭載のMacBook Airと比較した場合であれば、些細なものだと感じるかもしれない。ハードの設計はほとんど共通で、ざっとスペックシートを見ただけでは、違いがわからないという人もいるだろう。
そうした意味では、今回のM3 MacBook Airは静かなアップデートだ。
しかしそれは同時に、もっとも人気のあるノートブックコンピューターがそのままの魅力と価値を、ライバルとの関係を変えずに、確実にアップデートし前進したということでもある。
もしあなたがMacを使い始めようと思っているならば、MacBook Airは従来の製品と同じく、ほとんどの人にとって最も適したMacだ。学生であれ、社会人であれ、外出先にもコンピュータを持ち歩きたいと考えているのなら、MacBook Airを選んでおけば後悔することはほとんどないだろう。
もしあなたが初めて買うコンピューターとして、WindowsなのかMacなのかを迷っているのであれば、まずは最新のMacBook Airを1つの基準として捉えて、価格や性能、様々なアプリケーションや使いやすさなどをその他のマシンと比較してみるといい。
とりわけバッテリーで運用することが多い、持ち歩くためのコンピューターとしてあらゆる面をカバーしているMacBook Airは、まさに業界のベンチマークと言える存在だ。
これらは13インチモデル、15インチモデルいずれにも共通しており、全て従来のM2搭載機にも共通して言えたことだ。
つまり、コンセプトそのものは全く変わっていない。そして、ライバルも含めた業界の勢力地図、あるいはAppleのMacBookのラインアップの中での位置づけについても変化していない。
プロセッサの進化だけではない細かなアップデート
M2を搭載したMacBook Airは大胆に設計変更された最初のモデルとは思えないほど、高い完成度の仕上がりだった。しかし、M3 MacBook Airは、その高い完成度にさらに磨きをかけて、見た目はほとんど同じながら、細かな使い勝手や満足感を高める工夫がされている。
M3搭載が大きな要素として語られる面がある今回のアップデートだが、実はそうした細かなアップデートこそが、今回の新製品における1番の魅力だと思う。
例えば、人気モデルであるがゆえに可能なカラーバリエーションの展開だが、その中でもミッドナイトの仕上がりに関しては、今回細かなチューニングが行われた。
M2 MacBook Airで導入されたミッドナイトは、久々に黒に近いMacBookとして発売当時から人気を誇っていたが、一部には指紋が目立ちやすいという不満の声があった。しかし今回は新しい表面仕上げを採用することで、同じ色合いをキープしながらも指紋が目立ちにくいようになっている。
また、内蔵マイクの音声処理にもブラッシュアップが行われている。
macOS Monterey 12以降では「声を分離」と「ワイドスペクトル」、2つのマイクモードを持つようになっていた。「声を分離」では音声のみを分離することにより、オンライン会議ソフトなどで明瞭に自分の声を聞かせることができる。一方で「ワイドスペクトル」に設定しておけば、楽器演奏の録音にも使える録音品質を得られる。
実は執筆時点では、この機能がM3専用の機能として日本語のページが書かれているが、実は英語ページにはM3専用とはなっておらず、macOSの標準機能になっている。(※現在は日本語ページも修正されています)
「声を分離」では何らかのAI処理のアプローチが採用されているようで、M3のニューラルエンジンを用いることにより、声の抽出がより明瞭になり、うるさい環境でも相手に自分の声を的確に伝えられるようになっているという。
おそらくではあるが、iPhoneで導入されていた音声分離の新しいアルゴリズムが、搭載するAppleシリコンのアップデートによってMacにも反映されたのかもしれない。
通話相手とのコラボレーションでしか検証できないため、現時点でどのように改善されたのかを確認することができていないが、より明瞭にバックグラウンドノイズを消去して声を分離することができるとするならば、オンラインでのコミュニケーションが多いユーザにとっては有益なアップデートだと言えるだろう。
見落とせないWi-Fi 6E対応
さらに落とすことができないのがWi-Fi 6E対応だ。Wi-Fi 6Eへの対応は決してスピードが向上することだけが価値ではない。また自宅に対応するルーターや基地局がなかったとしても、MacBook Airを外出先に持ち運ぶ機会が多いのであれば重視すべきだ。
Wi-Fi 6(802.11ax規格)が2.4GHzおよび5GHz帯を使用するのに対し、Wi-Fi 6Eでは6GHz帯を加えることでより広い帯域と高速なデータ転送を実現する。
その実行スループットは最大で2倍に相当する。自宅のルーターをWi-Fi 6Eに対応させればその恩恵を受けることができるが、速度が上がることよりも大切な要素がある。
それは多くの人が集中する大規模のイベントにおける実効速度の向上だ。
6GHz帯の追加でより多くのチャンネルが利用可能になり、2.4GHzおよび5GHz帯域が分散することで干渉が少なくなる。同周波数帯はスマートフォンでの対応が進んでいることから、多くの人が集中するため、イベント会場、スポーツアリーナなどでの導入が進むことが期待されている。もちろん、国際会議の会場など、トレードショーやカンファレンスにおける会場でも導入は進むはずだ。
以前よりも無線LANの技術が向上し、大規模なイベント会場でも全く通信できないという状況は減っているが、Wi-Fi 6Eに対応することで将来的な通信トラフィックのトラブルを回避することができるだろう。
インテルプロセッサを搭載していた頃のMacは、Wi-Fi技術に関してもiPhoneより遅れを取る場合があり、新しい技術への対応が後手に回ることが多かった。Appleシリコンになったことで、iPhone向けの開発成果がいち早く導入されるようになった点も恩恵だ。
ここまでで言える事は、たとえパフォーマンス的にM2で充分だと感じていたとしても、これから新しいMacBook Airを購入するのであれば、1万6000円の価格差があったとしてもM3モデルを選んだ方が満足度は高いということだ。
M3の性能が生きるデュアルディスプレイサポート
実は実機でのレビューを始める前は、MacBook AirへのM3搭載に対してやや疑問を持っていた。それはファンレスのシステムであるMacBook Airにおいて、M3の高性能が活かし切れないのではないかという懸念だ。
24インチiMacや14インチMacBook Proでの評価では、極めて高い性能を示していたM3だが、いずれも冷却ファンを搭載したシステムであり、どこまでファンレスで性能を引き出せるかは未知数だった。
しかし、実際にテストをしてみると、例えばCinebench 2024でのスロットリングテストにおいては、長時間の負荷における熱だれ、つまり連続した稼働による熱により性能低下がほとんど見られなかった。これは嬉しい驚きだ。
Cinebench 2024でのテスト結果 |
M3の絶対的な性能に関しては、ベンチマークテストの結果を参照していただきたいが、継続して高い性能を使い続けるアプリケーションでも性能が落ちにくいということであれば、デスクトップ環境を含めてこの1台だけですべての作業が完結できる。
GeekBench 6でのテスト結果 |
実際、もし現時点においてMacのラインナップの中から1台だけを自分のために選ぶならば、15インチのMacBook Airを選ぶだろう。なぜなら、性能的に自分自身が求める全てを備えているからだ。
ここまで高性能なのであれば、MacBook Airを唯一の自分のパーソナルコンピューターとして、デスクトップでもキーボードやトラックパッドを接続し、そしてディスプレイを接続して使いたいと思うだろう。
MacBookの設計チームはこの点に関しても細かくフォローアップしている。MacBook Airを閉じた状態で使う時限定ではあるものの、M3では本来サポートできない2枚目のディスプレイを使うことができるようになった。
M3だけでなく無印のAppleシリコンは、どれもフラットパネルディスプレイの表示を行うインターフェイスが2系統しか搭載されていない。MacBook Airの場合、そのうちの1つは内蔵ディスプレイに割り当てられているため、外部ディスプレイとして接続できる数は1台に限られている。
しかし、デスクトップで使う場合に限定するならば、外部のキーボードやトラックパッドを接続することで、MacBook Air自身の内蔵インターフェイスを使う必要がなくなる。つまり、画面を閉じた状態で利用できるということなのだが、この時は内蔵ディスプレイが使われないため、その分のインターフェース回路を使って2枚目のディスプレイを表示できるようにしたのだ。
ちょっとした工夫と言えば、確かにその通りなのだが、実際に製品に盛り込むのはなかなか難しかったのではないだろうか。何よりも実際のユースケースにおいて、実に細かな点ではあるものの実用的な変更だと思う。
もちろん最新は最高性能
メカニカルな設計については全くと言っていいほど変化していないM3搭載モデルだが、こうしてみると、様々な点で手が加えられていることがわかると思う。
だが、もちろんM3はAppleシリコンにおける大きなステップアップの世代であるため、その性能は確実に底上げされている。この点についてはさらなる深掘りの検証が必要だと思っているが、検証用の機材を受け取った直後の現時点で言うならば、Appleが言う通りのパフォーマンスを発揮し、しかも熱だれすることなく動作してくれる。
どのような場合でも、最新の半導体が、最も高いパフォーマンスを発揮できるという意味では、Macを欲しいと思っている人がM3搭載モデル以外を検討する必要は無い。
さらに言及するならば、M1搭載、Mac miniなどデスクトップでMacを使っているユーザに対しても、実は大きな魅力を持つ製品になっている。
使い古された言葉ではあるが、最新の製品は最も高い価値がある。これはMacBook Airのように薄く、冷却ファンのないシステムにおいては、いまだに通用するセオリーなのだと再確認することができた。
GPUに関しても、M3内蔵GPUはM2内蔵GPUに比べ、処理スループットそのものがそれほど大きく向上しているわけではない。いや、ほぼ同じと考えて良い。これはGPGPU処理、すなわちGPUを使った一般的な演算処理に関して、パフォーマンスが向上してないことを意味している。
代表的な例で言えば、GPUを活用した動画、編集ソフト等では、両者の違いはほとんどわからないレベルになるだろう。もちろんCPUのスピードは少し速くなっているのだが、大きな違いは無いと言っても過言ではない。
しかし、ハードウェアによるレイトレーシングアクセラレータや、メッシュシェーダのアクセラレータなどは、リアルタイムの3D処理では大きなパフォーマンスの差をもたらしてくれる。代表的なところではもちろんゲーム。Mac用のゲームはそのバリエーションが少ない事は否めないが、それでもちょっとした時に流麗なグラフィックスが快適に動くということは嬉しい。
さらにM3のGPUが持つ新しい機能には、統合型3DCG製作、2Dアニメーション製作、VFX向けデジタル合成、動画編集ソフトウェアBlenderが対応している。これは他のオープンソースAIプロジェクトなどと同様に、Apple自身がオープンソースのコミュニティーで開発したものだと考えられる。
長時間バッテリー駆動ができるMacBook Airの軽快な操作環境でBlenderでの作業が行えるというのはなかなか魅力的だろう。
多くの3DデザイナーはWindowsを用いていると思うが、例えば将来的に3Dモデリングの3Dアニメーションの制作に興味を持ってるような学生などのニーズには対応できるはずだ。
M1 MacBook Airからでも乗り換えの検討余地あり
さて、まとめに入ることにしよう。
M3 MacBook Airは、M2 MacBook Airと メカニカルな設計は全く同じで、外見からは区別することができない。性能についても、CPU性能はもちろん向上しているが大きな違いはない。GPU性能に関しては、3Dのリアルタイムレンダリングを除けば大きな違いはこちらにもない。
しかし、M1に対しては魅力的なアップデートとなっている。M1を搭載したMacBook Airは、メカニカルな設計がインテル時代のものと共通しており、内蔵するFaceTimeカメラの画素数も、現在のものに比べ半分でしかない。
ディスプレイも単に縦方向に少し伸びただけではなく色再現域が異なる。マイクの品質やスピーカーの品質に関しても、インテル時代に比べればかなり良いものである事は確かだが、M2 MacBook以降の設計に比べると見劣りするのは致し方ないところだろう。
パフォーマンスそのものはCPUベースで30%ほどの向上なので、GPUの性能を求めない限りは、M1 MacBook Airからの買い替えも必要はないかもしれない。しかし、前半で勉強したように、見た目は同じでも細かな熟成が施されていることもあり、トータルで考えるならばM1 MacBook Airからでも買い替えを検討する価値があると思う。
もしインテル時代のMacBook Air持っているのであれば、問答無用で買い換えたほうが満足度は高くなる。それだけではなく作業の効率も大きく向上するはずだ。ここは議論の余地があまりないところだが、議論があるとすれば、MacBook Proからの買い替えになるだろうか。
M2以降の設計で大きく変化している点はGPUのパフォーマンスが上がったこともあるが、M1からの1番大きな違いはMedia Engineの搭載である。つまり動画編集をどれだけ使うかに依存しているので、Media Engine を搭載したM1 Pro以降のMacBook Proを使っている ユーザが積極的にM3 MacBook Airに乗り換える理由はない。
14インチMacBook ProにM3が搭載された現在、MacBook Airの最も大きな違いはパフォーマンスではなく、SDカードスロットの有無やHDMIポートの搭載 など周辺機器との接続性が主な要素だ。
言い換えれば、そうした外部接続ポートが必須では無いのであれば、あるいは外部のポートリプリケータなどに依存しても構わないと考えるのであれば、パフォーマンス的にはインテル時代のMacBook Proユーザはそのまま今回のモデルに買い換えたとしても、十分に大きな満足を得られるはずだ。